冬の陽だまり


寒い寒い冬。
暖を取るために私が向かう場所はただひとつ。

「あ、なぞの先輩ってばまた来ましたね!」
「そんな恐い顔しないで、久作くん」
図書室へ向けて足を運べば、本を抱えた久作くんと入り口で出くわした。
「先輩、また図書室で居眠りしに来たんでしょう。ここは本を借りて読む人のための場なんですよ?」
「そうだけど…どうしても寒くって」
「会話が繋がってません」
恐いなあ。仕事真面目な良い子なんだけど、ちょっとぐらい許しをくれてもいいのに。
せっかくここまで来たのに門前払いされるのも悲しいから、ちょっとだけ食い下がってみる。
「今日、長次いないのかな」
「居ませんっ」
そんなに力強く言わなくたって分かるよう。
「そっか、なら仕方ないね」
しょんぼりして踵を返す。
と、その時。たったいま背を向けた図書室の入り口から例のボソボソという囁きが聞こえた。
あれっと思って振り返ればそこに、
「あああ出てきちゃ駄目ですよ中在家先輩。なぞの先輩にバレちゃったじゃないですか」
久作くんに図書室へ押し込められる長次の姿。
なんだ、長次居たんじゃないか。
「久作くんのウソつきー」
「だって、なぞの先輩は中在家先輩に会うために図書室へ来たんでしょ? 居るって言ったら帰らないじゃないですか」
「そうだけど…。久作くん、私のこと嫌いなの? 悲しいなぁ」
「べ、べつに嫌いなわけじゃなくて…図書室へ来る目的がですね…」
「じゃあ、本を借りるからさ。駄目かな?」
困った顔をして、すぐ後ろに立つ長次をちらりと見上げる久作くん。長次は久作くんと私を交互に見てから、何も言わずに図書室の中へと戻っていった。
「あっ、やったぁ。委員長はいいみたいだね」
長次が何も言わないときは、好きにしろの意。たぶん久作くんにも伝わってる。
「中在家先輩ってば、なぞの先輩に甘いんだから…」
やれやれと呟く久作くんの横を通り、図書室の中へと踏み入った。

長次は受付で貸出カードの整理をしてた。今日は利用者はいないみたい。
いつもなら入室してすぐ長次に引っ付くんだけど、今日は久作くんが居るからいつも通りのことをしたら怒られちゃうだろうな。ちゃんと借りていこう。
どの本を借りようかな。
本棚と本棚の間をきょろきょろしながら歩いていたら、くしゃみが出た。
図書室は寒い。
火気厳禁のこの部屋では暖を取るための手段が何もない。だから真冬の利用者は少ない。本を借りたら自室へ戻る人が大半だ。
けれどこの極寒の部屋でたった一つ、素晴らしい暖があることを私は知っている。
私の恋人、中在家長次その人である。
彼は人より体温が高いのか、くっつくとまるで冬の陽でも浴びているかのように暖かい。広い背に寄りかかればとても心地良くて、いつもついウトウトしてしまう。私はその時間が大好きだ。
久作くんには悪いけれど、私はいつも長次に寄りかかりたくて図書室へ来てる。裏を返せば長次に引っ付けるならべつにどこでもいい。ただ長次が図書委員長としていつも図書室に居るから、必然私も図書室へ足が向く。
それだけ。
「・・・」
喜劇小説らしい本。これ、借りてみようかな。せっかく借りるなら心もあったまる話がいい。
本棚から一冊手に取って受付の長次へ渡す。長次は私から本を受け取ると、本から貸出カードを抜き取って貸出表に私の名前を記入する。
返された本を手に取ってそのまま長次の後ろへ回り、今度こそいつも通り寄りかかって座った。
寄りかかっていいよね、なんていちいち許可は取らない。いつものことだし、図書室は私語厳禁だから。
長次も何も言わない。黙って引っ付くだけで仕事の邪魔をするわけではないから、きっと私のことは圧し掛かってくる置物程度にしか思ってないんだろう。
だけど私はそれでいい。
合わせた背中からじんわりと熱が広がってくる。あったかいなぁ。
いつもならすぐさま寝る準備に入るんだけれど、今日はせっかく本を借りたから読書に励むことにしよう。
ぱらぱらとページをめくってみれば、思ってたより幾分小さい文字の羅列がそこにあって、読む前からああなんだか本選びに失敗したかもなんて思ってしまった。こんなに細かい文字を辿っていたら読み終える前に絶対寝落ちてしまう。漢字多いし。
あ、ほら、もう眠たくなってきた。
やっぱり長次の背中はあったかい。私が長次を温かく感じるということは、長次にとって私は冷たいんだろう。心の中で少しだけ謝ってみる。でも離れる気はさらさら無い。
長次は無口だからあまり人が寄り付かないし、長次自身も気の分かる人しか寄せ付けないところがある。だから長次がこんなにあったかいことを知っているのは、おそらく長次と同室の七松くん、それから私ぐらい。そう思ったら本なんか読まなくても心がほかほかしてきた。女子ではおよそ私しか知らない事実だもん、優越感でおなかいっぱい。
ここは静かだから、きっとそれも眠気を誘う要因の一つ。しんとした部屋の奥から時々、久作くんが本の整理をする音が聞こえるだけ。
落ち着くなぁ。私はやっぱりここが好き。あったかい長次の背中が好き。長次がすき。このじかんがすき
しずかでさむくて、でもあったかくて、へやのなかに、ある、ひだまり

ぽかぽか す る












ふっと目が覚めたらまだ図書室に居た。
あたりはだいぶ暗い。結構寝入ってしまったみたいだ。今何時ぐらいなんだろう?
背中のぬくもりにハッと気が付いて、慌てて起き上がった。
私ってばずっと長次に圧し掛かっていたみたい。こんなに長時間重石になっていたのは初めてだ。さすがに申し訳ないと思う。
「ごめん長次! 私、」
あ、いけない。図書室は私語厳禁なんだった。怒られるかな。
「・・・」
「…?」
予想外なことに何も反応が無い。長次ってば読書に夢中なのかな。
「長次…?」
恐る恐る名を呼びながら長次の顔を覗き込む。と、
「…あれれ」
長次は夢の世界へ舟を漕いでる途中だった。
珍しいもの見ちゃった。なんだかちょっと可愛いな。
「いいもん見たっ」
首をかくりかくりとさせるその様子が、いつもの私にそっくりで。

ああ明日もまた来よう、なんて頭の隅で呑気に考えた。







中在家、一言も喋ってねぇ


- 8 -

prev | next


back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -