三郎


「三郎ってさ」
「何?」
「いっつも不破くんの変装してるのに、私の前だと必ず利吉さんの変装だよね。なんで?」
「なんでって…サービス」
「サービス?」
「お前、利吉さんが好きなんだろう?」
…いつからそうなったんだろう。
確かに私は利吉さんに憧れていて、クラスのみんなと一緒に利吉さんについて盛り上がったりするけれど、べつに意中の人というわけではない。
「べつに好きじゃないよ」
「嘘つかなくていい」
「ついてない!」
なんなんだよこいつ。やけにつっかかってくるな。
「じゃあ、試してみようか」
急に三郎から利吉さんの声が飛び出した。驚いて思わず一歩後ずさる。
「試すって、何を?」
質問した瞬間、正面から両手首を捕らえられ、後ろの壁に追い詰められた。三郎の力は強い。
手首が、痛い。
「何すん…!」
「可愛いね」
利吉さんの顔と利吉さんの声で、そんなことを言う。だけどこいつは三郎だ。展開が急過ぎて頭がついていかない。
何これ、何これっ!
「おびえなくて大丈夫」
利吉さんの、いや、三郎の顔が近づいてくる。
鼻と鼻が擦れ合う位置から、お互いの呼吸が分かる位置まできて、ああ、もう、だめだ。
私は諦めてぎゅっと目をつぶった。
「・・・」
「・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・・」
…おや?
いつまでたっても、くると思ったはずの接吻がこない。
そっと目を開けると、三郎はものすごく不機嫌な表情で私の顔を眺めていた。
「…いい顔」
フン、と鼻で笑って私から離れる彼。
…いい顔ってどんな顔だ。私、今、茹で蛸で泣き顔寸前なんだから、きっとものすごく不細工だ。てか、乙女の接吻前の顔眺めるなんて、こいつ最低だな!
三郎はくるりと踵を返し、私に背中を見せて言った。
「私にはそんな顔、しやしないくせに…」
ぼそっ、と一言。
私の中でブチッと何かが音をたてた。

「あんた馬鹿! べつに知ってたけど、知ってた以上に馬鹿! 誰のせーでこんな顔してるって!? 利吉さんのせいだって!? 勘違いも甚だしんだよ馬鹿野郎! 利吉さん関係ねーし! つか、どーでもいーし!」

ああ、いけない
言 っ て し ま う

「三郎だから、こんな顔してんじゃん!」

言っちゃったああああ!!!
私の馬鹿野郎おぉ!!

途端に三郎は耳まで赤くした。
え?
え?
なんだよ、そういうこと!?
「ちょ、三郎、こっち向いて」
「うるさい!」
「あんた変装名人なんだから、今更隠す顔なんてないじゃん」
「ああもう!こっち来るなよ!」
肩をつかんで無理やり振り向かせた三郎は、利吉さんの顔のままだったものの
真っ赤で、すごく情けない表情をしていた。
変装名人も、表情までは隠しきれないんだな。
本当の三郎を見た気がした。
「…いい顔」
してやったり。


「じゃあ続きしようか」と三郎が言い出すのは、この3秒後の話。


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