尊奈門


見慣れた背中が見慣れた場所で見慣れたことしてる。
声を掛けたのは興味本位。
「尊奈門、組頭の服また洗濯してんの?」
井戸の前でどれだけの時間そうしていたのだろう、大量の洗濯物から私の方へぐるりと向き直った彼の目はショボショボしていた。
「マメに出して下さいって言ってるのに…組頭ってばいつも溜め込むんだ…」
私に話しているのか独り言なのか、どちらとも分かり兼ねるほどの弱々しい声。疲労と悲愴の両方を醸し出していてなんだか不憫。
「おっ、見ろよアレ」
ふと、私達から少し離れた場所で声がした。目をやれば、うちの忍者隊数名がこちらを指差して笑いながら通り過ぎていく。
「チョーくんてばまた洗濯してんよ」
「熱心だねー。あれって忍務のうちに入んの?」
「んなわけないって。だから簿っちゃんがやってんだろー」
丸聞こえな悪口。酷い奴らだなあ、尊奈門がやらなきゃ他の誰かがやらなきゃならないってのに。尊奈門にはむしろ感謝するべきだろ。
阿呆な隊員達が遠ざかったのを見てから尊奈門へ視線を戻せば、彼は何事も無かったように洗濯を続けていた。
今の悪口、ゼッタイ尊奈門にも聞こえてたと思う。だって組頭の洗濯物を握る手に若干の憎しみが籠もってる。ちょっとちょっと、そんなに強く洗濯板に擦り付けたらさすがに服が切れちゃうよ!
文句の一つでも言い返せば良かったのに。本当、損な性分だなあコイツ。
「…手伝おうか?」
「えっ」
尊奈門の返事を聞く前に隣へしゃがみ、残りの洗濯物を手に取る。桶の中に思ってた以上の洗濯物を見付けてさすがにゲンナリした。こりゃヒドイよ組頭。尊奈門が本気で可哀想。
「水、冷たいけど…」
「いいって別に。ちょうど暇だったから、いい暇潰しになるよ」
「あ…ありがとう」
「苛々を溜め込むの、よくないと思うよ。次に悪口言われたらちゃんと言い返してやりな」
「仕方ないさ」
「なんで」
「私が土井半助に負け続けてるから」
「…は?」
「次に挑むときはチョークケースや出席簿に負けたりしないっ!」
思わずズッコケそうになった。どこに苛々してんのお前! 私はてっきり組頭が与えた大量の洗濯物に苛々してんのかと思った。
「近いうちに絶対汚名返上してやるんだ! もうチョーくんやら簿っちゃんやらの情けない名前で呼ばれたりしない!」
いや、苛々するとこオカシイから。これってツッコむべき?
「チョーくんやら簿っちゃんやら言われる前から『しょせんそんなもん』言われてたじゃんかよ」
「う…」
「もとに戻るだけだから、大して変わんなくね?」
「・・・」
しょんぼりと肩を落とす彼。
あ、ヤバイ。私いまだいぶ余計なこと言ったかも。軽いノリで言っただけで、そんなつもりじゃなかったんだけど。
「…私、名前運が無いのかなぁ…」
ぽつり。ねずみ色に濁った桶の水へ目を落としながら、元気無く呟く尊奈門。
尊奈門は前々から何かと名前でからかわれることが多かった。隊員のみならず、時々組頭にまでからかわれてたぐらいだ。気にしてないフリをしてても実は結構気にするタイプの繊細なA型だということを、私は知っていた。
うーん、悪いこと言っちゃったな。
「私は…イイ名前だと思うけど」
「…え?」
「"尊奈門"てさ、カッコイイじゃん」
「そ、そうかな」
「うん。組頭から二文字も頂いてる上に"尊"の字がついてんだよ? こんな良い名前なかなか無いよ」
「初めて言われた…」
「自信持ちなって。"尊奈門"なんて誰でも名乗れるわけじゃないんだから。高坂なんてきっと咽喉から手が出るほど名乗りたかっただろうし」
「・・・」
「私は好きだよ? "尊奈門"」
嘘ではない。少なくとも私は"尊"という漢字についての悪い意味を知らない。素直に、高貴で素敵な名前だと思う。
「それにさ、組頭の名前が"昆奈門"でしょ?」
「ああ」
「だから将来もし尊奈門が組頭になったら、案外しっくりくると思うんだよねー」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
ジャブジャブと洗濯をする音だけが辺りに響く。急に静かになったからおかしいと思い、洗濯物から尊奈門へと視線を移せば、彼は真っ赤になったままぎこちない手付きで洗濯板を洗っていた。心なしか視線が泳いでいる。
え? つか、なんで板を洗ってんのさ。おかしくね?
「…じゃ、じゃあ!」
途端、大声を出して組頭の服を鷲掴みする。明らかに挙動不審だ。そのまま力いっぱい板の上で服を滑らせていた。びりっ、という音が聞こえた気がするけど、コワいから聞かなかったことにしよう。
「きっと、その時はっ!」
ぎゅっと目を瞑ってから、勢いよく私の方を向く。いきなり目が合って少し驚いた。尊奈門、顔が茹蛸だ。

「私の苗字、貰って下さい!」

「…ェ」
まさかそうくるとは思ってなかった。
ド真面目なこいつは今の短時間で自分を奮い立たせてたんだろう。
なんだよ、めちゃくちゃ可愛いじゃないか!
「しょ…しょせんはヤダっ」
「え゛」
ホントは凄く嬉しかったんだけど、気恥ずかしさのあまり、照れ隠しに真逆の言葉が口を突いて出た。

このあと、撃沈したデリケートなA型を慰めるのに洗濯の六倍の労力を要したのだった。


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