与四郎


うちの団子屋には変わった常連客が居る。
「じょーやのくれ!」
彼の名は錫高野与四郎。足柄訛りが色濃い若者である。今でこそ多少分かるものの、当初は何を言ってるか全く分からなくてそりゃあ苦労したもんだ。何せ初めは"よしろう"じゃなくて"よすろう"だと思ってたぐらいだし。
「三色団子ですね」
ちなみに"じょーや"というのは相模の言葉で"いつも"のことらしい。いつも言われる台詞だからさすがにこれは覚えた。…これは、ね。
「しっかしあちーじこーだなー! せんみもけーろもうるせーうるせー」
だがその先の変化球はいまだに理解不能である。とりあえず向こうはお客様だから機嫌を損ねてはなるまいと思い、ひたすら愛想笑いを浮かべてにこにこするより他無い。私が何一つ理解していないことに絶対気付いてるはずなのに、彼はいつも団子を摘まみながら満足そうに足柄訛りで喋繰り倒すのだ。
言葉の通じない相手にひたすら話し掛けて何が楽しいのだろう。というか、どうして彼は毎度ここへ訪れるのだろう。私には到底理解出来ない。
あ、じょーや以外に彼が毎度言う台詞、もう一つあった。あれなら私にもなんとなく意味が分かる。
店を出る時、彼は決まって私に、
「おめーは本当にかえーらしーなぁ」
と言う。正直悪い気はしない。というかむしろ嬉しい。与四郎さんは格好良いし良い人だっていうのも分かるから、素直に諸手を上げて喜びたいところなんだけど、
「はらさんざんなったし、またれーしゅう、うさっから!」
言葉の壁はいかんともし難い…残念ッ。


その翌週、彼はまたやって来た。
ああそうか、先週彼が去り際に言ってた"れーしゅう"っていうのは"来週"のことだったんだ。また一つ覚えたぞ。
いつも通りに三色団子を出して、彼の隣でひたすらにこにこ笑うこと数分。それまでいつも通り饒舌に足柄訛りを振るっていた彼が急に黙り込んだ。こんなことは初めてでちょっと心配になる。どうしたんだろう。私、何かやらかしちゃったかな。やっぱり愛想笑いだけってのはマズかったかな。
「そ、っ…、おめー、は…」
私と視線を合わせずにぼそぼそ話し出す彼。なんだなんだ、何を言いたいんだ。
「はい?」
「アレは、いんのか…」
「アレ?」
アレって何?
「えーや、つ、みてーな…」
「へ?」
あまりに小声でよく聞こえなかった。悪いけどもっかい言ってくれないかな。訊き返しの意を込めて与四郎さんに視線をやれば、
「っ、なんでもねー!」
突然大声を出して団子に齧りついていた。心なしか顔が赤い彼。えええなんだろう、余計に気になる! 言い掛けてやめないでくれよー!
そのままあっという間に団子を食べ終えると、彼は慌ただしく椅子の上に銭を置いた。
「またれーしゅうな」
まるで逃げ出すような動作。どうやら今日はいつものように私のことを可愛いと言ってくれないらしい。
「また来週、ですね」
彼の言葉を範唱してみる。どうせ通じないと思ってたのか、彼は瞳を大きくして驚いてた。それから、
「ああ!」
凄く凄く、嬉しそうに微笑んだ。


その次の週。
与四郎さんが来るかと思って、店をちょっぴり綺麗に掃除しておいた。
のに、
「金目のもんはこれだけか?」
一番に来店したのは強盗共だった。ちくしょう。
「それだけです」
「嘘ついてねーだろうな」
強盗共に後ろ手に捻り上げられて、痛くて痛くて泣き喚いた。こんな奴らを呼び込むために店を綺麗にしたんじゃないのに!
このまま斬り捨てられたらどうしよう、どうしよう。不安でぐずぐずになった頃、
「お前ら何してんだ」
ようやく待ちわびていた常連客が訪れた。

まぁ、そこから先は言うまでも無く。

彼はものの数秒で強盗共をノシてしまった。
相当頭に来たらしく、近寄るのも怖いぐらいの怒気を放っていた。いつもの彼の雰囲気とは掛け離れていて、少し戸惑ったんだけど。
ぐい、と。
彼の右手が私の腰を引き寄せたもんだから、いろんなことが一気に頭から吹っ飛んだ。
「俺の女、泣かせんな」
もう、頭まっしろ。
…え、あれ? 待って待って、ちょっと待って。流されたらいけない。まずツッコみたいことがあるよ。
「与四郎さん、標準語話せるんですか?」
「・・・」
あっ、しまった!みたいな顔。何それ、どういうこと。
「いや…」
「いや?」
「…通じない方が、好きなだけ告白出来ると思って」

反 則 だ

この人、ずるい!

「私、今日から足柄の言葉勉強しますっ!!」


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