篝火花の試練-七松先輩について2
七松先輩について2の善法寺視点
----------
ある日いつも通り薬草園へ行ったら恐ろしいほどの更地になっていた。たちの悪い冗談もしくは夢だと思って、思わず三度見したのはつい先日のこと。
「なんでこんなことになっちゃったのかなぁ…」
誰へ掛けるともなく一人ぼやきながら、せかせかと新しい苗を植えていく。
災害があったわけでも動物が荒らしたわけでもなく明らかに人手の犯行なのだけれど、みんなには「おなじみの不運だね」で済まされてしまった。理不尽だなあと思って申し立てしようか考えたんだけど、先生方もさすがにうちの委員会を不憫と感じたらしくて予算とは別に新しい苗を購入してくれたから、ここは敢えて事を荒立てないことにした。
「ア、イテテ…」
土塗れの手で腰をとんとん叩いてみる。ずっと同じ姿勢でいたから疲れてきちゃったなあ。まるでお爺さんだ。
「おや?」
ふと、顔を上げた先に桃色の制服が横切って行くのが見えた。よくよく見れば見覚えのある顔。
「あ、ななしちゃーん!」
聞こえたかな? とりあえず手を振ってみる。
何か考え事をしていたらしい彼女は急に声を掛けられてビクリとしていた。あ、前触れも無く大声出しちゃって悪かったかも。そのままゆっくりとこっちへ振り向く彼女。
「久しぶりだねぇ!」
僕の姿を確認したあとトテトテと傍まで走り寄って来る。
「お久しぶりです!」
何をしてるんだろう?と言いたげな顔で僕の足元を見てから、隣へちょこんとしゃがみ込んだ。
「新しい薬草を植えてるんですか?」
「うん。本当は栽培途中の薬草がたくさん植わってたんだけど、ある日何者かに全部抜き取られちゃってさー。たった一日で、広範囲に渡ってごっそりとだよ。曲者の集団でも来たのかなぁ。酷いことする奴がいるよねぇ」
途端、ななしちゃんは有り得ない程の苦い表情を浮かべた。あれ? ななしちゃん、薬草の件について何か知って…
「私、手伝います!」
「え?」
それも束の間、今度は勢いよく言葉を発してくる。な、なんだろ? 何か知ってるのかと思ったけど、気のせいだったかな。
「もうすぐ授業が始まるので、少ししか手伝えませんけど…」
「そうかい? 助かるよ! ありがとう」
さすがに腰が痛み始めたので、彼女の気遣いに甘えることにした。一人と二人では作業効率もだいぶ違うから大助かりだ。
僕がいくつか苗を植えて見せれば、見様見真似で彼女も苗を植え始める。彼女は保健委員じゃないから本来こんなことをする義理なんてありはしないのに。つくづく優しい子だな。
なんとなく、彼女と僕はどこか似ている気がする。言葉にするなら、ええと…たぶん、"お人好し"。
「最近、小平太どう?」
お人好し過ぎて強引な小平太に押し切られることも多々なんじゃないだろうか。なんて、作業しながらちょっと野暮な詮索。
「ワガママばっかり言ってななしちゃんを困らせたりはしてない?」
「え? いえ、とんでもないです。むしろ私がワガママで…」
「そう。うまくいってるなら良かった」
「・・・」
「小平太、この前みんなに自慢してたよ。ななしちゃんとデートしたんだぞって、凄く嬉しそうだった」
そう、本当に嬉しそうだった。見てるこっちが釣られて嬉しくなるぐらい、幸せいっぱいな顔してた。ノロケるならどっか行けよーなんて留三郎に厄介払いされてたけど。
「・・・」
急に会話が途切れてしまったので何事かとななしちゃんの様子をうかがう。いきなり静かになっちゃった。僕、何か悪いこと言っただろうか。
「善法寺先輩…」
「うん?」
彼女は苗を見つめたまま至極険しい表情をしていた。いったいどうしたんだろう。
「私、最低です」
「え?」
「私、本当は…」
気力無く止まる彼女の手。それからきゅっと拳を握って見せる。
「本当は、七松先輩のことよく知らなくて…流されてお付き合いしちゃったんです…」
「・・・」
…なんだ、そのことか。別段改まって言うことでも無いだろうに。ああでも彼女は僕ら六年生がそのことに気付いてないと思ってたんだろうな。
うーん、まずなんと声を掛けてあげようか。思案しながら作業を再開する。
「あ、の…せんぱ…」
ななしちゃんの声が震え出す。何もそこまで深刻にならなくていいのに。けどお人好しな彼女には深刻な問題なのかもしれない。今までそれだけ心の負担だったんだろう。
「知ってたよ」
「…え?」
「小平太の一方的な求愛だってこと、初めから知ってた」
あまり気負いしてほしくないし無理もしてほしくないけど、僕としては小平太とななしちゃんの関係を応援したいわけで…
「ななしちゃん、小平太をどう思う?」
「えっ?」
「気持ちが有るか無いかは別としてさ。ここ数日、たとえ流されただけだとしても、小平太と一緒に居てどうだった?」
「一緒に、居て…」
「小平太ってけっこう損な奴でさ。根は良い奴なのに暴君の印象が強いから、どうしても女の子から敬遠されちゃうんだ。女より男にモテるタイプなんだよ」
僕の言葉に暫し考え込むななしちゃん。どんなことでも真面目に考えて返答するあたりがこの子の人柄だと思う。
「…七松先輩は、素敵な人です」
「・・・」
「優しくて頼もしくて、私にはもったいないと思うぐらい…」
「…そっか」
思い出したように作業を再開する彼女。
「だったら流されたままでも良いから、小平太の傍に居てやってくれないかなぁ」
「えっ、でっ、でも、」
アドバイスというより、これは僕からのお願いだ。
本当に嬉しそうだった先日の小平太の顔が再び脳裏をよぎる。
「…あんまりたくさん喋っちゃうと、あとで小平太に怒られるかもしれないんだけど」
「?」
「小平太は優秀な忍者だけど、決定的な弱点があってさ」
「弱点?」
「うん。…言い方は悪いんだけどね、」
「はい」
「あいつは"死にたがり"だよ」
以前、それで口論になったこともある。そしたらあいつは僕に言ったんだ。
『仲間を捨てたら自分も死んだ気がするんだ』って。
「自己犠牲心が人一倍強いんだ」
「自己犠牲、ですか…」
「忍者は歩兵と違って鍛錬を積んだ者にしか出来ない。たった一人の忍者がもたらした情報が、数千の兵の命を左右することだってある。僕ら忍者に武士のような切腹の概念があまり無いのはその為だよ。そりゃあ影武者になって犠牲にならなきゃいけない時もあるけど、生き恥をかいても泥水を啜ってでも主のところへ戻らなければならないことの方が大半だ」
「・・・」
「だけど小平太はそれが出来ないんだ。忍者としての冷徹さがどうにも身に付かなくてね。仲間が窮地に陥った時、自分を犠牲に仲間を助けようとする」
けど、それでも僕は説いたんだ。仲間を捨てて生き延びようとするのも忍には必要なことなんだって。
忍務でボロボロになって帰ってきたあいつを手当てしつつ、泣きながら説得した。小平太に死なれるなんて、僕らとしてはまっぴらごめんだから。
だけどあいつはそれすら全部分かってる。分かってる上でこう言うんだ。
『私もそう思うんだよ。でもなあ、気が付いたら先に身体が動いてんだ』
ほんと駄目な忍者だよなあ、なんて言いながらいつもの笑顔を向けられて。
だから僕らは、いつも何も言えなくなってしまう。
たまには他の誰かに忍務を代わってもらえばいいじゃないか、って言ったこともあった。だけどあいつは首を横に振った。自分の手を汚すのは辛いけれど、仲間が手を汚して苦しんでるのを見る方がもっと嫌なんだろう。あいつはそういう奴だ。
あいつはいつだって、他人の為に生き過ぎている。
自分自身の扱いは酷く粗末なくせして、周りのものを両手いっぱいに抱え込もうとする。何もかもを守ろうとする。
僕の言葉はいつだって聞ききやしないんだ。
「だからね、」
「?」
「小平太に好きな子が出来たって知った時、僕は嬉しかったんだ」
一筋の救いだとすら、思った。
「好きな子が出来たら"死にたくない"って思うだろ? 自己犠牲心を犠牲にして、あいつはななしちゃんのところへ意地でも帰ってくる」
今まで他人の為に生きていたあいつが、初めて自分の為に生きる道を見付けたんだと。
「ああ小平太にも帰る場所が出来たんだって、そう思ったんだ」
「・・・」
だから僕は、
出来ることなら、ななしちゃんにはこのまま"小平太の帰る場所"でいてほしい。
そう思うんだ。
途中で切れてますがこのあと善法寺先輩はカッカして理性を失うだけなので(笑)、ここで終わった方が善法寺視点としてはキレイに終われるかなと!
なんて都合良く言い訳しつつ単に力尽きただけなnゲホゴホ
咲様のみお持ち帰りぉkmです!
リクありがとうございました☆
- 2 -
prev | next
back