冬の陽だまり
冬の陽だまりの中在家視点
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「先輩、また図書室で居眠りしに来たんでしょう」
図書室の外で久作が何やらもめていたので、耳を澄ましてみればそんな言葉が聞こえてきた。
どうやら今日もあいつが来たらしい。
「そうだけど…どうしても寒くって」
「会話が繋がってません」
予感的中。聞こえてきたのは案の定あいつの声。
なんて会話をしてるんだか。あれじゃどっちが先輩なのか分かりゃしない。
図書室内は私語厳禁だが、図書室の外なら良いというわけでもない。入り口で騒ぎ立てられては利用者が来た際に読書の邪魔になってしまう。仲裁するため重い腰を上げ、仕方なく受付を離れた。
「今日、長次いないのかな」
「居ませんっ」
まさしく門前払い。端から見たら少し滑稽なので笑いたくもなったが、久作があまりに無下に追い返そうとしているものだから少々不憫にも思えた。まあ、不憫と思う時点で私はあいつに甘いのだろう。
「久作…」
図書委員として熱心に業務を貫徹している後輩の背へ歩み寄り、声を掛ける。番犬の如くそれまで前方を見据えていた彼は、不意に私に名を呼ばれて慌てて振り向いた。
「あああ出てきちゃ駄目ですよ中在家先輩」
しどろもどろになりながら私を室内へ押し込めようとする。
「なぞの先輩にバレちゃったじゃないですか」
久作越しに視線をやれば、こちらを見て拗ねたように口を尖らせているあいつが居た。
「久作くんのウソつきー」
「だって、なぞの先輩は中在家先輩に会うために図書室へ来たんでしょ? 居るって言ったら帰らないじゃないですか」
「そうだけど…。久作くん、私のこと嫌いなの? 悲しいなぁ」
「べ、べつに嫌いなわけじゃなくて…図書室へ来る目的がですね…」
「じゃあ、本を借りるからさ。駄目かな?」
こうきたもんだ。本を借りればそれでいいというわけでもないが、本を借りたいという奴を門前払いするわけにもいかない。こいつときたらこういうことにだけは知恵が働く。
判断に困ったのか、久作が助けを求めるようにちらりと私を見上げてくる。はて、どうしたものか。久作とななしを交互に見やりながら思案したけれど、ななしがあまりにも視線で訴えてくるものだからなんだか考えるのも面倒臭くなってきた。私ときたら近頃同室者に似て来たかもしれない。
好きにすればいい、そう思って再び受付へと戻ることにした。
「あっ、やったぁ。委員長はいいみたいだね」
「中在家先輩ってば、なぞの先輩に甘いんだから…」
呆れたような久作の呟きに自分でも全くその通りだと思ってしまった。
本当、この場に三人もいて誰が先輩なんだか分かりゃしないな。
受付で貸出カードの整理をしていると目の前に、つい、と一冊の本が差し出された。本を辿って顔を上げればななしが緩い表情を作ったままこちらを見ている。どうやら借りたい本が決まったらしい。本を受け取り、貸出カードを抜き取った。本の題名を見て少々驚いた。確かこの本はシリーズものの第一冊目だったように思う。果たしてこいつは分かって借りているんだろうか。
まあいいか、何を借りようと個人の自由だ。
カードに名前を記入して本を返す。彼女はそれを受け取ると、さも当然のように私の背へ寄り掛かってきた。ぱらり、背後で本の表紙をめくる気配。
以前自室で小平太が「長次の背はあったかいよなあ」と笑いながら私へ寄り掛かってきたことがある。きっとこいつも同じ理由でこれを目当てに来ているのだろう。まるで暖を探す猫のようだ。私自身、自分が温かいと思ったことはないが寒さには強い方なので、ひょっとしたら私は人より体温が高いのかもしれない。
べつに咎める気も無い。仕事の邪魔をしてくるわけでも騒がしいわけでもない、これといって害は無い。だからいつも好きにさせておく。それに私もこの時間が嫌いではなかった。日ごろ誰かの体温をこうして身近に感じることなど無いので、背から伝わる体温に妙な安堵を覚える。大袈裟かもしれないが、生きている実感が湧いてくるのだ。誰かと体温を分け合えることに幸福感を得る。これがただの平和ボケだとしても。
表紙をめくったまま次のページをめくる音が一向に聞こえてこない。背に掛かる重みが段々と増してくる。どうやら一ページも読み進めないうちから寝始めたようだ。やはり本選びを失敗したに違いない。分かりやすい奴め。
小さな寝息が聞こえて来た頃、本棚を整理していた久作がこちらを見て溜め息を吐いた。これが雷蔵だったならさして気にも留めないんだろうが、真面目な彼には気掛かりで仕方ないんだろう。心労の種になっていると思えば少し申し訳ない気もする。
すまない、と視線で送れば、何を今更、といった呆れ顔を返された。最近この後輩には全く頭が上がらない、自分で自分を苦笑した。
図書当番終了の時間がきたものの、子泣きななしは一向に目を覚まさない。私へ全体重を預けながら夢の世界で楽しそうに駆けまわっている。起こしてやっても良かったが、あまり気持ち良さそうに眠っているものだからなんだか起こすのも忍びなくて、仕方なく久作だけ先に帰すことにした。
机上での仕事が何もなくなって、普段ならここで本の整理や室内清掃に励むところなのだが今は動けない。何をするでもなくぼうっと物思いに耽る。たまにはこんな日もいいだろう。
こいつと過ごす時間はいつだって会話が無い。こうしてここで私に寄り掛かって来るだけ、けれどこいつはそれでいいと言う。言葉も無くただ一緒にいるだけ、けれどこいつはそれがいいと言う。
私には過ぎた幸せだと、背に掛かる体温が語っている。
「…ありがとう」
こんな私と居てくれて――
いつか、そう伝えられる日が来るだろうか。
平和ボケした頭でぼんやり考えながら、私も釣られて微睡み出すのだった。
自分でも思った以上に久作が前に出てビックリです(゚ロ゚屮)屮
二年生スキーが自重出来なかった…(笑)
愛すべき狐桜さんに捧げます!
リクエストありがとうございました^^☆
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