紅団扇の恋-曲折


曲折の大木先生視点
----------

帰宅して一番。井戸水で口周りの血を洗い流した。
「いでっ」
思っていたより深く噛み切られてたようだ。凍える季節でもないのに、僅かばかりの水の冷たさが傷口に沁みる。
格好悪い、と我ながら思う。
まあ今更誰に対して格好つけるわけでもないのだけれど。結果的にはこれで良かったのだから。
「・・・」

『私には土井先生しか居ないから』

「…ハッキリ言ってくれる」
何を言ってもワシが傷付かんと思ってるのか。
いいや違う、アレはワシをわざと傷付けようとしていた。そう、わざとだ。だから余計に腹が立つ。
「馬鹿正直め…」



始まりは、何だったか。
ああそうだ。
始まりは、ワシがたまたまあいつの店に立ち寄ったこと。
出された定食がやけに美味くて「おお、こんな穴場な店があったのか」と感心した。その日はそれで帰宅した。
次に店を訪れた時、前回に同じく従業員があいつ一人しか居なくて、何気なく「女手ひとつなのか」と訊ねた。その通りです、と笑って返答された。
その次に来店した際、カウンター席で調理の仕方を眺めていたら包丁の抜き方に見覚えのある癖を見付けて、なんだこいつくノ一なのかと気になった。というか思った時には口に出ていた。
四度目、話し掛けたらいろいろ愛想良く返答するあいつに、親近感のような安堵感のような何とも言えない感情が湧いた。楽しいというよりは落ち着くという感情に近かった。
五度目、気付いたら常連になっていた。さすがに向こうもワシの顔を覚えたらしく、今度は向こうから素性を訪ねてきた。ケラケラ笑う顔を見ながら馬鹿に明るい女だなあと感心した。
六度目、もう飯を食いに来てるんだかあいつと話すために来てるんだか分からなくなった。どさくさ紛れに商売の交渉をしたら想定外に喜ばれてむず痒かった。
七度目、年甲斐も無く色恋の感情を抱いている自分に気付いた。この歳になって好いた惚れたで右往左往するのも馬鹿らしかったので早々にカマをかけてみたのだが、これまた想定外に軽くあしらわれた。
何度目かはっきりしなくなった頃、ワシの感情に気付きながら線を引くあいつがもどかしかった。あとあとややこしくなるならまあ今のままでもいいかなんて思い始めてた。
町へ越すと告げられた時は引っ越しの手伝いでもしてやろうかとぼんやり考えてたのに、あいつは何も言わずにワシの前から姿を消した。



「くだらんなあ」
桶の水を捨てながら一人ぼやく。
面倒臭いと自分で思った端から右往左往している。どこまで単純なんじゃ男って生き物は。
深く考えるのは苦手な性分ゆえに、さっさと手籠めにしてやっても良かった。そうすりゃよっぽど話が早い。けどそれもあいつが恥を知ってる生娘ならばの話。手籠めにしたところで翌日には何食わぬ顔を見せるに違いないのだ。
そういう女なんだ、あいつは。
毎度毎度、ワシの誘いを全部無かったことにしてくれる。非道い女。
だからこんなに頭悩ますハメになるんじゃ。ああ、ああ、くだらん!
「クソッ」
投げ捨てた桶がカランと粗雑な音を立てる。不貞腐れて家の中へ乱暴に引っ込んだ。そういやしんべヱと喜三太がラッキョウを貰いに来たのが始まりだったような…あいつらどこへ行ったんだ。まあ今日はもうどうでもいいか。他のことは何も考えたくない。

――もたもたしてるからだ。

去り際に見た土井先生の表情は見れたもんじゃなかった。ワシが吐き捨てた言葉へ無意識に殺気を放った様子が背で感じられたんだが、果たしてあのニブチン女はそれに気付いただろうか。いいや、気付きやしないだろうな。
いい気味だとすら思った。しんべヱの話によればあの若僧はななしを傍へ置いておきながら指一本触れていないらしいじゃないか。ワシがあいつに手を出したところで、今頃あいつに説教出来やしないだろう。因果応報だ。
「…ばかばかしい」
悔しくないと言えば嘘になるが、大概自分も大人げないと思う。ななしがワシでなく土井先生を選んだだけの話。ワシよりも土井先生が魅力的だっただけの話。素直に受け入れられない辺り、ワシはまだまだガキだな。この歳にもなって。
『お前がどう思ってようと諦めんからな』
だが、まあいい。とりあえず一線は越えた。どうせ結果が同じならとことん悪足掻きしてやるつもりだったのだ、土井先生の家に向かった瞬間から。
長いことずっと吐き出せなかった想いを吐き出せて、だいぶスッキリしたように感じる。



いつか、分からせてやる。
お前はおそらく今までワシを単なる臆病者と思っていたんだろう。それは大きな勘違いだ。

ワシは、他人より何倍も我慢に弱い性分なんだ――






















少し前からアフター話の生産にすっかりハマってしまいまして(もはや開き直り/笑)、リク違い状態が続きまくってます…すみませんww
当初書こうとしてたのとだいぶ違うなあコレ!なっはっは←

一人悶々とするオトメン大木先生も可愛いですよね(´//`)っていうただの願望ェ

紅弥様のみお持ち帰りぉkmです!
リクありがとうございました☆


- 9 -

prev | next


back

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -