篝火花の試練-かんざし


かんざしの時友視点
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天気の好い休日。
中庭を歩いて正門の前を通り過ぎた時だった。
「しろっ!」
名前を呼ばれたのと羽交い絞めにされたのは同じ瞬間。突然のことにびっくりして顔を上げれば、にこにこ顔の委員長が僕を見下ろしてた。
「お前、今日ヒマ!?」
見れば彼は私服だった。これからどこか行くのかな。
今日は特に予定もなくて、三郎次のところへでも遊びに行こうかなあなんてぼんやり考えてたんだけど…。
「ヒマです」
「じゃあ町へ行こう! 私、奢るぞ!」
外出のお供に誘われた。これも何かのご縁だろう、僕はのんびり頷いた。



「七松先輩が僕をお供にするなんて珍しいですねえ」
行きの道中、思ったことを素直に訊ねてみる。ここ最近はなぞの先輩とセットで見掛ける機会が多いから、てっきり二人は今日もデートするものかと思ってた。
「んー…そうかあ?」
隣を歩きながら頭の後ろで手を組む先輩。
「ほんとはななしを誘ったんだけどさー。くのたまは今日も試験なんだと」
ああそうか。なぞの先輩には用があってフラれちゃったから、僕をお供に連れ出したんだ。なるほど。
「残念でしたね。なぞの先輩と休みが合わなくて…」
本当は今日、七松先輩の隣を歩くのは僕じゃなかったろうに。なんだか役不足で申し訳ないなあ。
「まあいいさ!細かいことは気にしない! しろと出掛けるのも久し振りだから、これはこれで楽しいしな!」
いつも通りの屈託無い笑顔を向けてくる。そう言ってもらえると僕も嬉しい。
「なぞの先輩、試験成功するといいですねえ」
「だな!」
彼女の名前を出せばそれだけで顔が綻ぶ。七松先輩、本当になぞの先輩のことが好きなんだなあ。
でもその気持ち、ちょっと分かる。僕ら体育委員会もなぞの先輩が大好きだ。優しくてあったかくて、いつも僕らのことを気に掛けてくれる。とっても良い人だと思う。
七松先輩に抱いている想いを尊敬とするなら、なぞの先輩に抱く想いはたぶん、安意。話をすれば癒されてまるで優しい実姉が出来た気分になる。
「どした?しろ。私の顔、なんか付いてる?」
「いえ、べつに」
七松先輩はなぞの先輩との出逢いを「衝撃だった」って僕らに語ったけど、本当、端から見ても二人は運命の出逢いだったと思う。うまくバランスを取れてるというか、とってもお似合いだ。
そう思ったらなんだか可笑しくてつい笑ってしまったんだけど本人には言わない。ここだけの秘密にしておこう。



町へと辿り着けば人だらけで、そこは相変わらずの賑わいだった。
「お! あれ、新しい団子屋か!?」
町の一角にある目新しい団子屋の旗を指差して七松先輩が楽しそうに笑う。
「確かに、前来た時は見なかった気がします」
「よし!行ってみよう!」
来店理由は、目に入ったから。そんな計画性の無いぶらり旅。
二人並んで店先の椅子に座ると、店主が注文をとりにやって来た。とりあえず団子を二人前注文してからのほほんと空を見上げる。足を投げ出してぷらぷらさせながら何となく隣の先輩へ目をやれば、彼の懐できらりと何か光るものが見えた。
「七松先輩、それ何ですか?」
「ん?」
指差した先を視線で追う先輩。
「ああ、これか!」
じゃじゃん、と先輩はこれまた楽しそうにそれを取り出して見せた。
「本当は今日ななしにこれをあげようと思ってたんだ!」
「…簪?」
凄く綺麗。今までに見たこと無いほどきらきら光ってる。
「ほれっ」
「え?手に取っていいんですか?」
「悪いはずないだろ」
恐る恐る受け取ってみる。両手の中に収まった簪は翠やら碧やら、きらきらといろんな色に光って見えた。まるで手の中に虹があるみたい。
「これ、どうしたんですか?」
「このあいだ忍務で成功した時、城主が褒美にくれたんだ」
「えっ!?」
それってとっても高価なものじゃないか! 僕なんかが手に取って本当に良かったのかな。
「『お前は好きなおなごがぉるらしいな〜これをくれてやるといぃ』なんつってさ」
「先輩のところのお殿様、そんな喋り方なんですか」
「変だろ。実際聞くと結構面白いぞ」
「城主を面白いって…」
「褒美なんて期待してなかったからケッコー得した」
「先輩、職場でもノロケてるんですね…」
「当たり前だ。言わずにいられないだろー! ななしの可愛さ、まだまだ自慢したりないぞ私は!」
「自慢しなくてもなぞの先輩の魅力はもう充分わかってますよ。七松先輩、このままだと滝夜叉丸先輩と横並びになっちゃいますよ?」
「え?そうか?それはヤバいな」
だらだらとくだらない会話を区切るように一つ、七松先輩のフアァという大あくび。
「悪ィしろ、ちょっと団子が来る前に用足してくる」
「はーい」
席を立って角を曲がる先輩の背を見送った。椅子の上で一人お留守番。平和な午後の昼下がり。
特にやることもなくて、手の中に残された簪を青空にかざしてみる。
「綺麗だなァ」
陽差しを受けてもっときらきら。深みのある色、淡い色、明るい色に暗い色。いろんな色が入り混じってる。だけど決して派手じゃない。
「…なぞの先輩みたい」
もともと綺麗な簪だけど、光を浴びたらもっともっと輝いてくれるんだ。少しでもお日様に近付けたくて、めいっぱい両手を上へ伸ばしてみた。
なぞの先輩が簪なら、たぶんお日様は七松先輩。ほらね、やっぱり運命の出逢い。
途端、ヌッと影が出来る。あれ?なんだ?雲じゃない…
「小僧。ソレ、俺に三文で売ってくれないか」
降ってきた声に慌てて両手を下げた。いつの間にかごろつきみたいなオジサンが目の前に立ってて、威圧的な目で僕を見下ろしてた。
「な、何言ってるんですか。これは売り物じゃないです」
僕の言葉にオジサンは右の口端をぐにゃりと下げた。怒った顔でわざと聞こえるように舌打ちする。
何だこの人、恐い!
「いいから寄越せ!」
次の瞬間、僕の両腕を力いっぱい握り締めて来る。
「痛い!放して!」
この人、先輩の簪を力ずくで奪う気だ! いやだいやだ、渡すもんか!
「ちょっとアンタ、お客さんに何してるんですか!」
団子を持って来た店のオヤジさんが咄嗟に叫んだ。ただ事じゃないと感じて、僕の腕を掴むごろつきの手を払い除けようとしてくれたんだけど、
「うるせえ!」
「ひぃっ!」
あろうことか、ごろつきはオヤジさんへ懐の小刀を向けた。よほどびっくりしたんだろう、オヤジさんは皿をひっくり返して尻餅をついてしまった。
「クソ、人目につく…」
奴は小声でそう吐き捨てたあと、簪から手を離さない僕の身体を丸ごと持ち上げた。
「な、何をする!」
「黙れ!」
そのまま僕を左肩へ担ぎ上げると、あっという間に店を離れ町の外へと走り出した。



町の外へ出た瞬間、ごろつきは僕を地面へ叩き付けた。
「ぎゃっ!」
それまで握り締めていた簪が手から零れ落ちてしまう。
「いただき!」
その隙に奴は簪を拾い上げた。
いけない!絶対に渡すもんか!
「返せっ!」
無我夢中で奴の足にぶら下がる。
「返せ!!」
ごろつきは苛々した表情で僕のお腹を蹴った。
「放せよ!しつけえガキだな!」
それでも絶対放してやらない。渡すもんか、渡すもんか!
忍務を頑張った七松先輩の大切な簪なんだ!
なぞの先輩にあげるための大切な簪なんだ!!
七松先輩がなぞの先輩の笑顔を見るための大事なものなんだ!!!
「返してよ!!」
無理矢理起き上がって奴が握ってる簪へ手を伸ばす。
「ああっクソ!なんだよこいつ!!」
悔しい! 僕が七松先輩や滝夜叉丸先輩みたいに強かったらこんな奴、きっと相手じゃないのに!
「しつけーんだよ!! 気色わりぃガキだな!!」
頭に血が上ったらしいごろつきはいきなり簪を地面へと叩き付けた。
「ああもう!いらねーよ!!こんな簪!!」
パキン、と。
石の上から欠ける音が聞こえてくる。
「あっ!」
簪は、手の施しようがないぐらいポッキリと折れてしまって。
呆然と立ち尽くす僕に怒り沸騰のごろつきはなおも追い打ちをかけた。
「ふざけやがって! このガキ、たたっ斬ってやる!」
ハッと我に返った頃、時既に遅し。
奴は既に僕へ向かって小刀を振り上げていた。
どうしよう…斬られる…!
「しろ!!!」

覚悟していた痛みは少しも訪れなくて。
その何倍も辛い、真っ暗な視界と温もりと衝撃だけが伝わった。
その一瞬だけ、僕には酷く永く思えた。
「が、っ…!」

七松先輩は、僕を庇って背中から奴に斬られた。

「な、なまつせんぱ、」
状況が呑み込めなくて言葉も上手く吐けない。
先輩は鋭い視線で懐から苦無を取り出すと、振り向き様に柄の部分で奴の咽喉を一突きした。
ごろつきはぐるりと白目を剥き、意識をなくして後ろへ倒れこむ。
張り詰めていた何かが切れるように先輩の膝がカクリと折れて、僕はようやくそこで思考が追い付いた。
「七松先輩!!」
急いで先輩の肩を担ぐ。重いけどそんなの気にしていられない。
「しろ、悪ィ、目、離したりして、」
違う。
違う、違う、違う! 僕のせいだ。僕が悪いんだ。僕があんな風に空へ堂々とかざしたりしてたから。僕が簪を手放したりしたから。僕が弱くて太刀打ち出来なかったから。七松先輩は何も悪くない、みんなみんな僕のせい!
「ごめんなさい、ごめんなさい、」
「謝るなよ、お前、悪くないし、」
目の奥が熱くなってきたけど泣いてる暇はない。七松先輩の意識があるうちに学園へ辿り着かなきゃ。僕一人じゃとても七松先輩を運べない。
僕、ほんとに情けない。
「しろ…」
「はい?」
ズルズルと引きずられるように歩きながら、七松先輩は隣の僕を見て、
「休日潰して、悪かったなあ、」
薄い気力の中、へらりと笑った。
ああもう、どうしてこの先輩は。
こんな時にまで笑うのか。


たまには自分を大事にしたっていいじゃないか。
痛い痛いって泣き叫べばいいじゃないか。
どうしてそんなに何もかも背負い込もうとするんだ。何もかもを守ろうとするんだ。
僕らはいつだってこの人の背に甘えて、頼ってばっかりで。
この人自身はいつどこで泣き叫べばいいんだ。いったい誰に甘えればいいんだ。

「また今度、団子、食べよう、な、」

「…ええ、食べましょう。今度は、三人で、」



願わくば
簪のようなあの人の存在が、
これからもずっと、この人の救いでありますように
























せっかくなので回想部分を掘り下げてみますたー。私はいったいリクエストを何だと思ってるんでしょうかねごねんなさい。

楢白サンに捧げます!
リクありがとうございました☆


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