虫草


「♪ほーたいはーしっかーりまーいてもきーつすっぎっずー♪」
みんなで仲良く川に向かって歩いてる途中。平太が枯葉色の繁みを見つめて、あっ怪士丸、と声をあげた。
「あやかしまる?」
平太に倣って茂みへ目を凝らす。視線の先でひょろひょろの男の子が体育座りしていた。うおぉ!? 地味にビビったぞ! まさかこんなとこに生徒が居るなんて!
「木陰ぼっこしてるの?」
「うん」
伏木蔵に訊ねられて頷く彼。私と目が合い、繁みの中からもぞもぞと出てくる。
「初めまして。二ノ坪怪士丸です」
「あ、うん。なぞのななしです。よろしくね」
この時期は良い木陰が無いもんねー、探すのに一苦労だよねー、なんて笑顔で語る子供達。そもそも木陰ぼっことはなんぞや。初めて聞いたわ。
せっかくだからここは声かけてみようかし。
「良かったら怪士丸も一緒に川へ行かない?」
「川?」
「うん。今からみんなで行くところなんだ」
みんなで木陰ぼっこするにはそこの繁みじゃ小さいしさ、と適当に補足してみれば、怪士丸は繁みを振り返ってから少し考えて「そうですね」と笑った。
かくして道中のお供が一人増えました。なんだか桃太郎みたい。





四人でまた少し歩いたところで。
今度は枯れ木の根元にしゃがみ込んで何かを観察中の男の子が居た。
「あれ?孫次郎」
「何してるの〜?」
怪士丸と平太が揃って声を掛けたら、その孫次郎なる男の子は私達を振り返る。
「初めましてー。なぞのななしです」
さっきから生徒に先を越されてばっかなので、ここは負けじと私の方から名乗り出てみた。孫次郎はちょっと慌てたように頭を下げる。
「あっ、初めまして。初島孫次郎です」
今更だけど忍たまってみんな可愛いよな。素直で礼儀正しい子ばっかだわ。…一年は組の礼儀はまあ言わずもがなだけど。
孫次郎の頭を軽く撫でてから彼の隣にしゃがみ込んだ。みんなも私に倣い、孫次郎を取り囲んで座る。
「木の根元に何かあるの?」
「あ、はい。コレ…」
孫次郎が指差した先。コレって言われてもただの木にしか見えないんだけど…んん? あ!? 違う!
「蛾がいる!」
「はい。フユシャクです」
孫次郎ってば凄い! この蛾、木と同化してて全然分かんなかった! こんなのよく見付けられたな。
「こんな時期に虫がいるなんて珍しいねえ」
「フユシャクは冬に成虫になるんですよ」
「へえ。孫次郎詳しいんだね」
「孫次郎は生物委員会だもんね」
「うん。竹谷先輩がいろいろ教えてくれるんだ」
竹谷先輩って…ああ、ハチのことか。ハチって生物委員会だったんだ。縁日で会ったきりだけど元気してるかな。
「ほんとはもっといろんな生き物を観察したいんだけど、時期が時期だからあんまり見付けられなくて…」
しゅんとして呟く孫次郎になんだか申し訳ない気持ちになってきた。ごめんね。夏になったらまた改めて農村体験させるよう、逆に私から学園長先生へ手紙出してやろうか。
「孫次郎はホントはどんなのを一番観察したかったの?」
「虫草です。このあいだ竹谷先輩が教えてくれたばっかりなので」
「ちゅうそう?」
「虫草ってなあに?」
怪士丸と平太が首を傾げた。私も知らない。虫草って何?
みんなで勝手に想像してたら伏木蔵が、僕知ってる、と笑って説明し出した。
「虫に付く草のことだよね」
「凄い。伏木蔵、なんで知ってるの?」
「伊作先輩が教えてくれたんだ。成長した虫草はいい薬になるんだよって」
それでも私達三人にはよく分からない。虫に付く草? どういうこと??
「どんなの?」
「虫に取り付いて、虫の身体を栄養にする寄生草なんです」
「えっ!?」
「寄生草!?」
知らなかった! 寄生虫は聞いたことあるけど、寄生草なんてのもいるのか! こわっ!
「どんな形? それって一目見て"あっ虫草だ"って分かるの?」
「僕も見たことないんですけど、分かりやすいぞって竹谷先輩は言ってました」
視界の端に都合よく棒切れを発見。会話しながらそれを手に取って地面へ立てれば、孫次郎は私の行動を汲み取ったらしく、虫草の外観を細かく教えてくれた。
「えっと…竹谷先輩が言うには、一般的にまず幼虫が多くて、」
「ふんふん。幼虫ね」
ガリガリと棒切れで地面にお絵かき。自分なりに芋虫っぽい一般的な幼虫を描いたつもりが、なんだかちょっと失敗してしまった。潰れた団子みたいだなコレ。
「ぷっ」
「ななしさん、絵うまくないですね」
「う、うるさいなっ」
子供達に笑われてしまう。恥ずかしくて頬を膨らませるしかない。ちぇっ、いーやい私の画力について感想文書けやい。
潰れ団子をヤケクソ気味に足裏で擦り消せば「拗ねなくていいのに」なんて言いつつ怪士丸が私から棒切れを受け取る。それから今度こそ幼虫の図を難なく地面に生み出しだ。
「怪士丸は絵うまいねえ」
「僕は図書委員なので…筆を執る時間も人一倍長いから」
えへへ、と照れ笑いする怪士丸。可愛いやつめ。
「で、ここの先っぽの方を突き破って、きのこみたいのが生えてくるんだってー」
「きのこ?」
「うん。なんかツクシみたいな形らしいよ」
「こう?」
怪士丸がガリガリと描き加える。うわあ、イイ感じに気持ち悪い。小心者の平太に至っては拒否反応起こしたのか、ひゃああ、なんて言いながら顔を隠してた。
「えええ気持ち悪い。ってか信じらんない。善法寺くん曰く、これがいい薬になるんでしょ?」
「伊作先輩はそう言ってましたけど…」
「えーやだよー。こんなの道端にあっても見て見ぬフリしたいよー。ねえ、平太?」
「したいです…」
「道端に落ちてはないらしいですよ。キノコのところだけ地面から生えてて、根っこが虫らしいんです」
「ひゃああ!」
「なおキモいじゃん! ツクシ?と思って引き抜いたら根っこが幼虫とか卒倒する!」
「でも見付けてみるのも面白いかも…すごいスリル…」
「伏木蔵ハート強いな!」
「でも虫草って珍しいから、探したところですぐには見付からないんだって。今の時期は寒いから特に難しいと思う」
「ねえ孫次郎、その虫草っていつ虫にくっ付いて、いつ生えてくるの? ある日いきなり虫の身体を突き破っちゃうの?」
「わあああ!」
「怪士丸もコワいこと訊くね!」
「ううん。虫草は菌類だから、正確にいつとは限られてないみたいだけど…何日もかけて虫の体内をじわじわ侵食するみたい」
単なる虫と草の話なのに、それって考えようによっちゃ物凄くホラーだ。虫の方は草に知らぬ間に寄生されて内側から食い荒らされるわけだし、草の方は自分の"住み処"を食い荒らして自分の"身体"にしちゃうわけでしょ? ひぃぃキモいを通り越して怖い!
「・・・」
…ああでも冷静に思ってみれば。
似てる、かもしれないな。
草の立場からしてみたらそうするしか生きる道が無いんだろうから。もしも住み処である虫に恩を返したい、共存したいと思っても、考えたところでどうしようもない。
かといって供に居ようが離れようが、どちらか一方は生きられなくなる。
何を願ったところで叶いやしないんだ。
それって、まるで、
「きゃあああ!!」
突然の絶叫に思考が遮られる。小っちゃい世界のホラー現場を脳内再生したのはどうやら私だけじゃなかったみたい。
「ちょっ、平太落ち着け!」
「ぼっ、僕ちょっとチビっちゃったかも…」
「え!? まぢ!?」
その時。
しゃがみ込んでる私の頭を、後ろからガシッと鷲掴みしてくる大きな掌。掴まれたまま顔を上げたら旦那様が私達を上から覗き込んでた。
「何やっとんだお前らは」
更にその後ろから日向先生の馬鹿に明るい声。
「みんな揃ってこんなトコでお絵描きかー?」
その隣には斜堂先生。どうやら大人達の内緒話は終了したらしい。生徒のおかげですっかり童心に帰ってる私は、立ち上がってから片手を上げてプチ抗議した。
「ちがいまーす。みんなで孫次郎先生から虫草についての講義を受けていたのでーす。立派な農村体験でーす」
「お前が参加してどうする」
まるで選手宣誓のように訴えたら雅さんからもっともなことを言われた。いーじゃん、楽しかったんだもん。目に見えてションボリすればさすがに悪いと思ったのか、彼は私の頭に置いたままの掌をワシャワシャと乱暴に動かした。
「あれ!? フユシャクがいない!」
「え? あ、ほんとだ!」
「探しに行こう!」
「うん!」
子供の好奇心ほど移り変わりが激しいモンったらない。今の今まで私と楽しくお話してくれてたのに、四人揃ってあっという間に私を置いて駆けてった。え、ひどくね? 蛾>私? そりゃ私は君達から見りゃ汚い大人だけども。ちょっとは仲間に入れくれよサミシイな。
「孫次郎先生の眼中にお前はいないらしいなあ」
「トドメ刺すなし。なんであえて台詞にすんだよ。言わなくていーから傷付くから」
「すみません。うちのクラスはあまり明るくないもので…人との触れ合い方が上手い方とも言えず…」
「あああいえいえとんでもない! ほらもー雅さんが変なこと言うから斜堂先生に気ィ遣わせちゃったじゃん」
「改めて講義受けんでもこの辺は虫草なんざ腐るほど見れるぞ」
「え? そうなの?」
「ああ。今の時期は無理だが春先あたりからな」
「ねえ雅さん知ってる? 虫草ってさ、虫の体内をじわじわ侵食すんだって。何日も掛けて栄養吸い取るんだって」
「ああまあ知っとるが…だから?」
それって、まるで、さ。
「雅さんが虫だとしたら私ってまるで虫そ、」
べしっ!と一発、不意打ちのデコピン。いってェェェ! いきなり何すんだよ馬鹿ぁ!
「アホなこと言っとらんで昼メシの仕度しろ」
猛抗議しようと口を開き掛けたところで、私の言葉を聞かずに隣を素通りしていく雅さん。おや? 逃げる気?
「雅さんどこ行くの?」
「ワカサギ獲ってくる」
言い捨ててさっさと先へ行ってしまう彼。なんだよもう、相変わらずマイペースなやっちゃ。
視線を元に戻せば何となく斜堂先生と目が合った。内輪な遣り取りばっか見せてすみません。
「予想通り、でしたね…」
ぽそり。斜堂先生が呟く。何のことか分からずに首を傾げると日向先生が先を続けてくれた。
「大木先生はどこかピリピリしておられる」
「えっ?」
ピリピリ?
「ななしさんはそう感じませんか?」
言われたところでよく分からない。私にはいつも通りの雅さんとしか思えなかったけど…。
「そうでしょうか…?」
「無理もありません。頻繁に会っていたら気が付かないような些細な変化ですから」
「久しぶりにお会いする私達には分かりやすい変化です」
そうなんだろうか…。でも先生方二人が口を揃えておっしゃるのだから事実そうなのかもしれない。
「…ここ最近、」
「はい?」
「ここ最近で、大木先生に何か変わったことはありませんでしたか?」
日向先生が向けてきた真剣な言葉に一瞬ギクリとした。咄嗟に脳裏に思い出たのが、あの寒い夜に帰って来た獣の大木雅之助だったから。
「・・・」
だけど私にはあの時の彼を他言する勇気が無い。言葉を探して暫し口籠っていると、先生方には私のその反応だけで充分だったのか、溜め息を一つ吐いてから先を取り繕ってくれた。
「学園長先生がこの農村体験を急きょ思い出されたのは、まあ土井先生にあなたの近況を伝える為でもありますが…」
「大木先生が現役復帰されていると利吉くんが教えてくれたからです」
…どういうことだろう。授業とかこつけて先生方をわざわざ偵察によこすなんて、雅さんが現役復帰すると何か問題なのだろうか。
「…まるで、」
日向先生の言葉は私に向けているというより独り言のようで。
「学園へ来る前の彼に経ち返っていくみたいだ…」
ぎゅっと眉間に皺を寄せた厳しい表情。私は昔の彼を知らない。
小さな疎外感。
「虫草は虫が生きたまま芽を出すことなどありません」
今度は斜堂先生が唐突に話を引き戻す。虫草の話? いきなりどうしてまたここで?
「虫草は、」
斜堂先生の最後の言葉がいやにはっきりと鼓膜を叩いた。
いつかの魔界之先生みたいに。
「虫草は虫の養分を吸い尽くして、殺してから発芽するのです」

ゆめゆめ虫草と化さないように。

暗にそう念を押されてる気がして、少し背筋が寒かった。


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