一年ろ組


空気の乾燥した、ある日のこと。
「みんな揃ってますね?」
わらわらと固まる子供達に向かって斜堂先生がのんびり指導する。奥の方から「全員居ます」と日向先生の陽気な声が返ってきた。
何を隠そう、今日は忍術学園一年ろ組の農村体験日だ。三日前に馬借の清八さんが学園長先生から預かった手紙を仕事の通り掛けココへ届けて来たのが始まりだった。そういや以前、六年生が持って来た手紙に「農村体験させて下さい」と書いてあったことを思い出した…というかそれまでキレイサッパリ忘れてた私は、その手紙をめいっぱい広げて慌てて玄関に貼り付けた。言わずもがな、世帯主の目に付くようにである。稼ぎ頭の彼は私が寝ている間に帰宅することが度々なので、直接伝えようにもそうそう機会がない。この三日以内に一度は雅さんが帰って来てくれると信じて、手紙にある日付の部分へ二重線を付け加えておいた。
それにしても学園長先生ってば人が悪い。突然の思い付きが過ぎる。この三日間、雅さんが一度も帰宅しなかったらどうする気だったのか。私一人でろ組の相手しなくちゃならなかったじゃないか。ああでも逆にそれが狙いだったのかな。
ついに雅さんは昨夜まで帰ってこなかったから半ば諦めてたんだけど、今朝目が覚めたら何食わぬ顔でラビちゃんの隣に座ってた。きっと仕事を急遽キャンセルしたんだろう。多忙で疲れてるはずのところ何だか少し不憫に思えて、朝ゴハンを気持ち奮発して好きなメニューにしてあげた。
「それではまず、大木雅之助先生にご挨拶しましょう」
私とは本日初対面の斜堂先生。なんとまあ線の細い先生なのか。いや実際は腕達者なんだろうけども…なんつーかこう、ツンと弾いたらドミノみたいに倒れちゃいそうな繊細さよね。色の白さが心底羨ましい。
「よろしくお願いします」
揃って深々とお辞儀してくる生徒達。この子らもやたらと陰ってんな。なんで?もともとこういう感じなの? アッそうか、担任の先生に似たのかな。教師と教え子ってだいたい似るもんね。雅さんと六年生を見れば一目瞭然だし。
比較するわけじゃないけどは組の子達とのギャップが凄まじいなマジで。あれ?待て待て、そういえば教師と教え子が似るってことはさ、赤点ばっかりのは組って誰似なわけ?
「おう!よろしく!」
私の不埒な思考に被せてくるかの如く、仁王立ちでいつも通り豪快に返事する雅さん。斜め後ろで手持無沙汰に突っ立ってる私の脳内を実は読み透かしてるんじゃなかろうか。
「それでは各自、農村体験開始!」
「学園へ戻ったら感想文を書いてもらいますからね」
日向先生と斜堂先生が立て続けに言葉を掛ければ、生徒のみんなは思い思いの場所へのろのろと分散していく。初対面である私の存在をさっきから誰も気に掛けないあたり、とことんは組とカラーの違うクラスだ。まあこっちとしては詮索されない方がありがたいから嬉しいけど。
「大木先生、少しお時間よろしいですか?」
生徒が散り散りになったところでぽつり、斜堂先生が雅さんに訊ねた。
「ああ、はい」
多少落ち着かない様子で雅さんは生返事すると、日向先生を含めて三人で家の方へ向かっていった。たぶん先生方は学園長先生から何か言伝を貰ってきたんだろう。この農村体験だって当初はそれが目的だろうから。何を言伝されたのかな。私に関連することだろうか。それとも全く別の件だろうか。何にしろここで切り出さないってことはあまり良い話題じゃないに違いない。雅さんてば心労が絶えないや可哀想に。
「・・・」
私としては特にやることも無いので、生徒のみんながマイスポットを探しながらうろうろする様子をぼんやり眺めた。みんな楽しそう。子供はいいね、無邪気で可愛い。見てて癒される。大人達の本意を疑いもしない。私も子供に戻りたいなあ。
「ん?」
一人、私の方をじっと見詰めて動かない子がいる。何? 私を観察して感想文書く気?
どうしていいか分からないのでとりあえずニッと笑ってみれば、忍者さながらの動きで私のすぐ前まで詰め寄ってきた。おおお何だ!? この子、一年生の割にデキる!
「…なぞのななしさんですか?」
「え? う、うん」
途端、パアッと目を輝かせる男の子。え? なっ何? 私の何をご存知なの?君。
「君は?」
「僕、鶴町伏木蔵です」
「伏木蔵…伏木蔵ね、よろしくね」
「こちらこそ」
さて、何から話し掛けるべきか。この子が私についてどんな情報を持ってるのかこっちとしては全く計り知れない。うっかり口を滑らして変な地雷踏んでも嫌だしな。
「ななしさん、変だと思いませんか?」
「え? 何が?」
「この農村体験、何か裏の目的があるんじゃないかって僕は思うんです」
ぎ く り。
「どっ、どして?」
思わず顔に出かかってしまった。何なんだこの子! 洞察力パネェ! 子供は無邪気と笑ってたさっきの私の感動返せ!
「だって農村体験するには時期外れな気がするし…先生方もそそくさと家の中へ入って行っちゃうし…。きっと戦か何かの大事な情報を交換してるのかも…」
う゛。当たらずとも遠からず。恐るべし鶴町伏木蔵!
「だから先生方を尾行しようかと思ったんですけど、僕一人じゃバレた時に怒られちゃうと思って。もし良かったらこれからご一緒しませんか!? スリルとサスペンスぅ〜!」
こっ、こんな展開は考えてなかった! クッソいいや無理やり話そらしたれ! このさい地雷を怖がってる場合じゃない!
「わっ、私は遠慮しとくよ。全然カンケー無いんだけどさ、伏木蔵は何で私の名前知ってんの? 誰かから聞いたんだ?」
キョトンとした顔をして首を傾げる伏木蔵。ぬう、洞察力はアレだが仕種は年相応で可愛いな。
「聞くも何も、ななしさんのことはみんなが知ってます」
何気無い一言だけど結構な破壊力だった。うわああ、かなりイタイ! 別れた身分で言えたこっちゃねーけど、学園の晒し者にしちゃってすみません土井先生!
「僕がななしさんのことを初めて知ったのは乱太郎からでしたけど…」
「乱太郎?」
「僕、乱太郎と同じ保健委員会なんです」
「乱太郎と仲良いんだ?」
「はい。あ、でも…」
「でも?」
「初めて聞かされたのは乱太郎だったけど、ななしさんについていっぱい教えてくれたのはこなもんさんです」
「こなもんさん?」
「タソガレドキ城の忍組頭です」
「えっ」
こなもんさん…ああ、昆奈門さん、てことか! ぶふっ、雑渡さんてば子供に名前間違われてやんの。やっべウケる!
「ななしさん?」
「ごめん、何でもない。伏木蔵は雑渡さんと仲良いの? 凄いね。どういう繋がり?」
「こなもんさん、忍術学園の保健委員会によく遊びに来てくれるんです。いつもふらっとやって来て、だいたいは伊作先輩をからかって、気が済んだら帰ってくんです」
「へー、知らなかった。それって頻繁に?」
「いえ、時々」
そういやタソガレドキのお二人とも随分ご無沙汰だ。店を構えてた頃は常連客としてよく顔を見せに来てくれてたけど。
「ななしさんのうどんがお気に入りだったのにある日お店がなくなってた、ってこなもんさん悲しんでましたよ」
「本当? 雑渡さんてば相変わらずお上手だねー」
長い人生、機会があればいつかまた会えるだろうか。ああでも雑渡さんはどっちかっつーと早死にタイプっぽいな。無理かな。
「あ、伏木蔵見付けたー」
楽しく談笑していると遠くからまた一人、男の子がテケテケ走り寄って来る。
「あれ、平太」
伏木蔵がぱちくりして名前を呼んだ。どうやら平太くんというらしい。彼は私の存在に気付くと、ぺこりとお辞儀して自己紹介を始めた。
「初めまして。下坂部平太です」
おやまあ、これはご丁寧にどうも。
「なぞのななしです。初めましてー」
笑顔で挨拶し返せば頭を上げて笑い返される。それから伏木蔵をじっと見詰めて口を開く彼。
「ねえ伏木蔵、一緒に川へ行かない?」
「川?」
「うん。川に石を投げて遊ぼうって、みんな川に行ったんだけど…僕一人だけ出遅れちゃって…」
もじもじオドオド、話し方から小心者ぶりが見て取れた。可愛いなこの子。マスコットみたい。
だけど今しがた忍たまの血が騒いでるらしい伏木蔵はこの提案を物の見事に却下してくれる。
「そんなことより平太! ここは一緒に先生方を尾行しよう!」
「えっ?」
「この授業にはきっと何か裏があるんだよ! すごいスリルぅ〜!」
伏木蔵の提案に焦ったのは平太じゃなく私。
いやいやそうはさせませんよ! 今ごろ三人が話してる内容なんて、大人の事情というよりは大人の私情だからね! 絶対に聞かせませんんん!!
「わっ、私は農村体験がいいな! 農村体験!」
「「へ?」」
子供二人がポカンとした顔で見上げてくる。いっそアウェーでも気にしない!
「ななしさんも授業に参加されるんですか?」
「うん! 私も農村体験したい! 三人で川行こうよ、川!」
私の提案に二秒ぐらい間があってからジト目を向けてくる伏木蔵。
「ななしさん、何か隠してません…?」
くっそおおぉどうして子供ってえのはこういう時だけやたらと勘が良いんだ!? うっかり口もと引き攣りそうだわ!
「隠すって何を?」
「こんな時期に授業が農村体験になった理由、ホントは知ってるんじゃないですか?」
「やめなよ伏木蔵。ななしさん困ってるじゃないか」
「知らないよ。理由なんか無いでしょ」
「でも何だか先生方を尾行させないようにしてるとしか思えないです…」
「うん、してる」
「え!?」
「だってそれが私の役目だもん。正確には先生方が外してる間みんなの様子を見守るのが役目だもーん」
「ななしさんは先生方が何を話してるのか気にならないんですかあ?」
「気になるよ。でも聞き耳立てたのバレたらあとでめっちゃ怒られる」
「えっ!? ななしさんでも怒られちゃうんですか!?」
「怒られるよー。大木先生が怒るとコワいの、みんなも知ってんでしょ」
べつに怒られやしないけど、ここぞとばかりに口から出まかせ。こんな時だけ雅さんには悪者になって頂きます。
「みんなが先生方の尾行始めちゃったら、みんなが帰ったあとに私が大木先生からお小言貰っちゃうんだ。なんでちゃんと見張らなかったんだーってさ。だからここは農村体験しよう? ねっ、お願い!」
半分ホントで半分ウソ。授業の裏の目的を知らないのは嘘だけど、あの三人が家で何を話してるのか知らないのは本当。
ここは私を助けると思って〜、なんて両手を合わせて拝み倒すと、伏木蔵は眉尻を下げてションボリした顔をした。
「分かりました…。ななしさんに迷惑掛かっちゃうならやめます…」
伏木蔵ってばなんだかんだで心根の優しい子だわ。平太ともども今日はぐりぐり可愛がってやる!
「ありがとう。んじゃ一緒に農村体験しよ! 川まで散歩がてら歌おっか」
二人の手を取って歩き出したら平太が少し驚いてから笑った。
「伏木蔵、あの歌うたいなよ。ほら、保健委員会がよく歌ってるやつ」
「あ、包帯のうた。うん、いいよ〜」
「なになに、それってどんな歌?」
「伊作先輩が教えてくれたんです。せっかくだからみんなで歌いましょう。えーっと、」
両手から伝わる子供独特の体温が気持ち良い。これも授業の一環だとは分かっちゃいるけど、今日は私にとって良い息抜きだ。
ここはアタマ空にして楽しもっかな。うん、そうしよう。


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