作戦会議


夏も終わりに近づいた頃。
夏休みが終わったら今ほど頻繁に会えなくなるときり丸が教えてくれたので、乱太郎きり丸しんべヱの三人を誘って町へ出掛けることにした。
目指すは甘味処。
「今日は誘ってくれてありがとうございますななしさん」
「タダで甘味が食べられるなんてラッキィ!」
「早く食べたーいっ」
私の隣を歩きながら思い思いに喋る三人。即興で"あんみつのうた"を作詞作曲し始める上機嫌なきり丸としんべヱをよそに、乱太郎と会話する。
「私達と町へ出るってことは、今日はお店はお休みなんですかぁ?」
「うん、まぁ…それがさぁ」
「はい」
「最近、どーも仕事に集中できなくってぇ」
「へっ?」
「気が付いたら土井先生のことばっかり考えててさぁ。だから息抜きにと思って、思い切ってお店休んじゃった!」
「そ、そうですか…」
苦笑する乱太郎。なんだよ、微妙な反応するなぁ。
まぁ、土井先生は理由半分。もう半分はここのところ働きづめだったから、たまには休もうかと思ったんだけどね。
「寝ても覚めても土井先生で頭いっぱいでさ!もう他になんにも考えらんない。恋って苦しいわ〜あの人がこの淡い乙女心を分かってくれたらいーんだけどぅ」
「ぶぁっはっは! 淡い乙女心だってよぶぁっはっは!」
あんみつのうたに夢中だったはずのきり丸が私を指さして噴き出す。こいつ、聞いてないようでしっかり聞いてやがる。
「え、笑うとこじゃないんですけど」
「ななしさんの口からオトメゴコロって…ぎゃはははは!!!」
「お前、自腹な」
「冗談です。ななしさんは誰よりも清く美しい乙女です!」
隣で乱太郎が、まったくきりちゃんてば調子いいんだから、と呆れ顔で呟いた。





町へ着いてしんべヱおすすめの甘味処へ入る。しんべヱによればいつも混んでいる店らしいが、時間が早かったからだろうか、幸運なことに今日は空いていた。
四人で席について餡蜜を注文する。
「新学期はいつから始まるの?」
私の問いにうーんと唸って日付を数える三人。
「来週からだと思いますけどー」
答えたのは隣に座っているきり丸。
なんだ、もうすぐ始まるじゃないか。
結局、土井先生はもうアルバイト来ないのかぁ。うっすい可能性でもちょっとは期待してたのに、救いようねぇなこりゃ。悲しくってうなだれる。
「…元気出して下さいよ」
心中を察したきり丸が私を慰める。
「僕だってななしさんを応援しようと、何度も土井先生に代わりのアルバイト頼んだんすよー。でも先生、ちっとも行きたがらなくて…」
え、慰めてんの? 傷口に塩ぬってんの? どっちよ君は。
「あ、そうだ」
ポンと手を打つ彼。
「僕このあいだ、ななしさんのことどう思うか土井先生に訊いたんすよ」
「それで!!?」
「や、ちょ、急に食いついてこないで下さい。恐い」
向かいに座っている乱太郎としんべヱが視界の隅で苦い顔をしていたが、このさいツッコミは後回しだ。
「年下だなんて信じられない!って言ってました」
「…おめーはどーゆー話題の時にその質問をしたんだコラ。あ?」
「ほめんらはい。はなひれくらはい、いひゃい!」
「他なんかないの!?他!」
「いや…ホントはこれ、言い辛いんすけど…」
抓られた頬をさすりながら歯切れ悪く喋る。
「いいよ、だいたい予想ついてるから」
「じゃ、じゃあ言います…」
コホンと一つ咳払い。
「"今は仕事で手一杯だから、恋愛に勤しむ余裕が無いんだ。気持ちは嬉しいけど、私じゃなぞのさんの気持ちに応えられないよ"」
なるほど。あの先生なら言いそうだ。
「…要するに"無理っ!"だよね」
「や、まァ…"苦手です"ぐらいかもしれませんよ…?」
フォローになってねーよ顔が笑ってないし。
机に突っ伏して落ち込んでたら、店員が近寄って来た気配と、しんべヱの「あんみつだ!」の声が聞こえた。
そうよね、私<餡蜜よね。
「あ〜あ…手立て無しかぁ…」
先生、どういうつもりで言ったのかな。
土井先生はイケメンだからモテるんだろう。きり丸が言うように私が苦手で扱いが面倒臭いから、私を傷付けないように言葉を選んでそう言ったのか。女をフるときの常套手段として。
それならまだいい。意識されてるだけ可能性があるってもんだ。
だけどもし、本当に仕事一筋なのだとしたら相当厄介だ。恋愛に無関心な時点で、いくら攻めても暖簾に腕押し。つい先日まで私自身がそうだったように。
むしろしつこい女として本当に嫌われてしまうかもしれない。
「私、定年まで待ってますからあぁ先生えぇ」
「僕らに言わないでくださいよ」
でも攻めるしかない。嫌われるかもしれないけど、他に道なんて無い。
「あんみつ美味しいねっ!」
早速食べ始めるしんべヱの幸せそうな顔ときたらない。羨ましそうに眺めていたら、しんべヱの隣にいる乱太郎が彼を肘でつついた。いいんだよ乱太郎、空気読めないからこそ癒し系なのよしんべヱは。
「でも、もしななしさんが土井先生のお嫁さんになったら、土井先生はずぅっとななしさんの美味しいゴハンが食べられるんでしょ〜? 僕、土井先生が羨ましいなぁ」
口の周りをあんこだらけにしながらなんて可愛いこと言うんだ。
私、もうこの際しんべヱに嫁ごうかな。
「それはダメ。贅沢は万病の元、飯は質素でなきゃ。いくら料理の腕が良くても余分な食材は使わせないっ」
隣できり丸が餡蜜を食べながら言う。え?なんできり丸が"使わせない"なんだろう。
私がキョトンとしていると乱太郎が補足してくれた。
「きりちゃんは訳あって長期休暇の間、土井先生の家で暮らしてるんです」
「はぁ!?」
聞いてねーよそんなの!羨ましいこと山の如し!!
「おまっ、私とかわれ!私、今日から摂津のきり丸んなるから!」
「無茶言わないで下さいよ!」
私も土井先生と暮らしたいっっ
着物どころかいろんなもん洗ってやるぞこんにゃろー!
「ななしさんも土井先生の家に住んじゃえばいいのに」
ぽそり、私の胸の内をしんべヱが言葉にした。
「…それ、アリかなっ!?」
爛々と目を輝かせる私に、きり丸は"それだ!"と閃いた顔、乱太郎は"えっ"と驚いた顔を見せた。


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