スタートはマイナスから


今日もまたじりじりと暑い。
客が来なくて暇だから、店の入り口に一番近い風通しの良い席で、団扇を手に休憩していた。
「「「こんにちは!」」」
「あ、いらっしゃい」
元気良く店へやってきたのは乱太郎、きり丸、しんべヱの三人だった。
腰を上げてカウンター越しの調理場へ向かう。
「ななしさん、今サボってませんでした?」
「サボってません。お客が来ないんですー」
「ななしさん、お久しぶりです!」
「久しぶりだね乱太郎」
「何か甘いものありませんか〜?」
「しんべヱは来るなりデザートかい」
どうやら今日はお客として来たようだ。
残念ながらうちは定食屋なので甘味は置いていない。仕方ない、自分のおやつ用に買ってあった白玉を出してあげようじゃないか。可愛いこいつらのために。
この暑さじゃどうせ他にお客なんて来ないだろうな。私の分も作って四人で一服しようか。
「ななしさん」
「何?きり丸」
カウンターを挟んで、きり丸は私の正面に立った。
乱太郎としんべヱは少し離れたところで四人分のお冷やを自分で用意している。本当に良い子だわ。
「このあいだ土井先生がここへ来たとき、何か変なこと言いませんでした?」
あれから一度だけ、土井先生はきり丸の代わりにバイトに来た。
きり丸なりに気を利かせてくれたんだろう。
「変なこととは何さ! 告ったけど」
「ふーん…ん!?」
「好きですって言った」
「早くね!?」
「たぶん一目惚れです異性として、って言った」
「直球!!」
「さすがに変な女だと思っただろねー」
きり丸は大きな目を数回ぱちぱちさせてから、また呆れ顔になった。
なんだね君は。私をそういう目で見るのが好きなのかね。
「それで?土井先生の回答は?」
「回答も何も、言ったその日に返事なんか求めてないよ。私が仕事始めたら土井先生も何事も無かったように仕事してた」
「うわっ。てことは店に来てすぐ言ったんすか。先生カワイソー…バイトしづらかっただろな」
「あ、ただねぇ」
「タダ!?」
「違います、そのタダじゃない。閉店後にまたご馳走しようとしたら、断って逃げるように帰ってった」
「・・・」
「"フラれてんじゃねーか"って目ぇやめろ。傷ついちゃうでしょーが」
ぐがぎがごごご…!
私達の会話に入ってきたのは、席に着いたしんべヱの腹の音。
凄い騒音だ。しゃーない、定食も何か作ってあげよう。サービスで。





四人、席に着いて甘味をつつく。しんべヱだけは特別に生姜焼きを作ってあげた。
話題といえばさっきの続き。
「どーりでおかしいと思ったんだ。土井先生に代わりのバイト頼んでも、ここへはあんまり来たがらなくて…」
「え!? ななしさん、もう告白しちゃったんですか!?」
きり丸の隣にいた乱太郎がびっくりする。
え、なんで乱太郎が知ってんだろ。子供の情報網はおそろしい。
まぁ隠す気なんて無いし、べつにいいか。
「うん」
「先生にななしさんの話すると、顔がずーっと苦笑してるし」
「やめてきり丸、あんまり赤裸々だとさすがにホントに傷付く」
しんべヱは私の隣で定食にがっついていて、全く話を聞いていないようだ。そうだよね、私の恋バナなんかより生姜焼きがいいよね、肉>私だよね。かえって清々しい。
「でもまぁ予想通りだよ。スタートなんてこんなもんでしょ?」
「え!? まだ攻める気!?」
「まだも何も、初めから一回会っただけでオッケーもらえるなんて思ってないよ」
「じゃあなんでそんな早く告白したんすか」
「あとに言おうが先に言おうが変わんないよ。あの人どうせこんなん言われ慣れてるもん、イケメンだから。言ったもん勝ち」
「そうかなぁ…俺らには女に免疫ありそうに見えないけど…なぁ乱太郎?」
「う、うん…。ななしさん、本当に土井先生のこと好きですか…?」
「好きよ!失敬ねぇもう」
「ごちそうさまー!」
隣のしんべヱが一番乗りで完食。にこにこ顔ですんごく幸せそう。口の周りが餡だらけだから手拭いを持ってきて拭いてあげた。
「とりあえずどうやって先生とななしさんをくっつけよーか…」
「珍しい。きりちゃんが人のためにやる気になるなんて」
「報酬掛かってるからな!」
「あ、そう」
「なんかいい案ないかな!? お願い、きり丸様!」
冗談半分、本気半分。両手をすり合わせて目を輝かせてみた。
「・・・」
けど、きり丸ってばすっごく不機嫌そう。
「…つまんねーの」
ぽそり
「え?」
「ななしさんが先に会ったの、俺なのに…」
下向きで机に喋るきり丸。
強情なこの子のことだ、言うつもりなんてなかったんだろうけど、きっとこぼれてしまったんだ。
「…きり丸も大好きよ?」
さしずめお姉ちゃんを取られた感じかな。子供らしいとこあるじゃないか。
「…べつにっ。知ってますけど?」
「ヤキモチやくとは、可愛いやつめ〜」
「大木先生が妬いた時も可愛いって言ったんすか」
「はっはっはーやっぱり可愛くねぇ〜」
その名前を出すんじゃありません。
向かいの席からきり丸にデコピンした。


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