甘え下手には甘え下手
茶屋の軒先の椅子に二人並んで腰掛け、団子を摘まむ。この店に来るの久しぶりだな。三郎と来たあの時以来だ。相変わらず団子美味しい。私ってばうどん食べたばっかりなのに食欲尽きないや。こんなだから太るんだよね。
団子を口いっぱいに詰め込んでいたところ、シナ先生の方から話題を切り出してくれた。
「ななしさんにいくつか訊いてもいいかしら?」
「はい?」
お上品にお茶を飲むシナ先生へもぐもぐしながら顔を向ける。
「ななしさんは…土井先生が今どんな様子だかご存知?」
わずかばかり気まずそうな表情を見せるシナ先生。
またその話題か。昨日子供達が来た時にも同じ質問されたな。いったい何なんだみんなして。どこまで私の傷ほじくりたいの。
「知りませんけど…何事もなく過ごしてらっしゃるでしょう? 土井先生は大人ですから」
以前、水軍からの帰り道で私に怒ったものの家では子供達のてまえ自然に振る舞ったように。土井先生はああ見えて凄腕の忍者だから感情の切り替えも早い人だ。
「…そう…」
やんわり視線だけを外して再びお茶を啜るシナ先生。どうしたんだろ? この人にしては珍しく歯切れ悪い。
「じゃあ、ええと…。ごめんなさい、答えられなかったら答えなくてもいいわ。もしもこのさき土井先生がななしさんのことを好きだと言ってきたら、ななしさんはどうする?」
「え」
何その質問。いくらシナ先生でも酷い。
ちょっとムッとして顔に出ちゃったものの、シナ先生の様子を見る限り至って真剣だった。んん?戸惑うんですけど。
「大木先生のところを離れる?」
「え…と…」
「…やっぱり困らせちゃったわね。答えなくていいわ」
答えなくていいというより、彼女としては私のこの反応だけで充分だったんだろう。なんだよチクショウ、団子不味くなるから変な質問やめてくれ。
「どうしてですか?」
「ううん、ただの話のタネよ。私が興味本位に質問しただけで本当に深い意味は無いの。ごめんね」
「いえ…」
「ななしさん、気に病んでる? だとしたら気にしないで。咎めるつもりなんてこれっぽちも無いし、咎める権利も私には無いから」
「・・・」
「大人同士の恋愛に第三者が口を挟むこと自体、本来は間違いですものね」
憧れのシナ先生にこうも謝り倒されるとなんだかこっちが悪いことした気になってきた。即答できない優柔不断な私がいけないんじゃない?これ。
「ななしさん、まだ土井先生のことが好きなのね」
ぽつり、シナ先生が呟く。私の方も思わず団子の手が止まってしまった。
「…はい」
素直に頷く。それに関しては否定する気も無い。もう諦めたんだ。私はきっと土井先生のことを一生好き。逃げられない。この先この感情を自分から切り離すなんてどうせ不可能だ。
だからこそ、
感情の消去が不可能だと悟った今、感情の上塗りに躍起になるしかない。
「大木先生のこと、同じぐらい好きになれそう?」
「…正直まだ分かりません。でも、」
「でも?」
「私自身、少しずつですけど雅さんに惹かれてるのは確かです。土井先生の処を離れて一人になって寂しくて、だけど誰でもいいわけじゃなくて雅さんだから一緒になろうと思ったし…現に今も彼が居ないと駄目で…」
少しずつ、なんて言いながら既にだいぶ惹かれてるかもしれない。自分じゃ気付いてないだけで。だって私、ここまで誰かに依存して甘えるのって人生初めてな気がする。
「それに私、今が人生で一番幸せだなって思うんです。雅さんはああ見えて尽くしてくれるので…あのまま土井先生と宙ぶらりんだったらこんな経験出来なかっただろうし…だから、」
ああそうか。シナ先生が私の口から引き摺り出そうとしてたのはきっとこれだ。
これが、私の今の正直な気持ち。
「今は、こうなって良かったかなあって、ちょっと思い始めてます」
自分の中に隠れてた本音。口に出した途端、それは私の真ん中へ居直すようにストンと納まった。思考も気持ちも妙に冴えた気がする。
…整理出来たかも。
「そう」
次にシナ先生が見せてくれた表情は今までで一番きれいな笑顔だった。おばあちゃんの姿での笑顔に引けを取らない、とても優しくて見惚れるような笑い顔。
「幸せになってね」
「…はい!」
釣られてこっちも顔が綻ぶ。なんだか祝辞を述べられてるようでやけに照れ臭い。
「それにしても土井先生はお馬鹿さんだわ。自業自得だけれど少し同情する…」
「え?」
「いいえこっちの話」
顔の前で笑いながらひらひら手を振り、私もお団子頂こうかしら、なんて串を手に取るシナ先生。何か今ロコツに話を逸らされたような…まあいいか。訊くのめんどくさい。土井先生絡みの話は自分の中でメンヘラの地雷踏みそうだからいまだにちょっと怖いし。
「それにしても大木先生が尽くし型とはね」
「あ、やっぱりシナ先生も意外だと思います?」
「うーん…。亭主関白になれないタイプとは思ってたけど」
「え?ほんとですか? さすがシナ先生、見ただけでよく分かりますね。私はあのヒトのことモロ亭主関白だと最初思ってました」
「あれは典型的なカカア天下よ」
飲んでたお茶を噴き出し掛ける。綺麗な顔してさらりと言い切ってくれるから笑いのツボにハマってしまった。かかあ天下マンセー!
「あの人、こっちがビビるぐらい甘やかしてくれますよ。歳が一桁違うから当たり前かもしれないけど…大人の男性です」
これぐらい惚気てもまあバチは当たらない…かな? 気恥ずかしさを誤魔化そうと照れ笑いしたら、シナ先生はやんわり微笑んでから少し強めの声を落とした。
「ななしさんには幸せになってほしいから、私から一つだけアドバイスするわ」
「なんです?」
「その考えは捨てなさい」
シナ先生の発言の意図するところが分からなくて意味も無く数回瞬きしてしまう。その考え?ってどれ??
「大木先生が大人だという先入観は持たない方が得策よ」
「えっ」
「土井先生の時にも同じことが言えたけれど…先に教えてあげられたら良かったわね」
む…ムツカシいぞ。私から見た視点と真の大人の女性から見た視点はやっぱ全然違う。
「どういうことですか?」
「私の知る限り、大木先生は土井先生と同じぐらい不器用よ。内に溜め込んじゃって自分の感情を外へ吐き出せない、損な性分だわ」
感情を外へ吐き出せない性分…心当たりは山ほどある。雅さんは確かにそういう人だ。
さすがシナ先生、人をよく観察してる。
「ななしさん、知ってるかしら」
「何をですか?」
「大木先生、学園を辞めて杭瀬村に移ってからも学園のために尽力してくれてるの」
「尽力?」
「学園に奇襲を掛けようとする敵が現れればいち早く情報をくれたり、学園の人手が足りなければ水面下で動いてくれたりね」
「まるで桂男ですね」
「そうね。でもそれは学園側から大木先生にお願いしてるんじゃなくて、彼自らそうしてくれてるの。学園長先生や私達教師陣にとっては凄くありがたいから彼の存在を重宝しているけれど、あのひと時々目測を誤って一人で無茶するのよ。そういう時、みんなが咎めても絶対に本音を見せないし弱音も吐かない。大木先生はいつだってそういう人だわ」
知らなかった。元同僚だけあってシナ先生の方が雅さんをよく知ってる。
「周囲から頼られることはあっても自分から周囲を頼ることはしない、そういう人なの」
「私、雅さんの助けになれるでしょうか…」
「なれるわよ。もう充分なってるじゃない。ただ"大木先生は大人"っていう先入観を捨てられたらなお良いかもね」
総じて見れば一番の大人はまごうことなく目の前のこの人なんだろうな。
「ななしさんがしっかり手綱を握ってあげてね」
ポジティブに考えたらこれは良いチャンスかもしれない。今のうちに大人の女性へ聞けること全部聞いとこう。
「具体的にどうすれば…彼の支えになれますか」
「そうねえ…」
少しだけ考えてから再び上品な笑顔をくれるシナ先生。
「日ごろ甘えさせてくれる分、たまに思い切り甘えさせてあげたらいいんじゃない? そうでもしなきゃあの人、一生自分から誰かに寄りかかれないでしょうから。表に吐き出す習慣をしつけてあげるといいわ」
「なるほど」
まあ当人は吐き出すことを望んでないかもしれないけど、なんて溢しながらシナ先生は私の反対隣りへ顔を向ける。
「あ、ほら。来たわよ、噂の座布団が」
シナ先生の視線を追って遠くを見れば、雅さんがキョロキョロしながらこっちへ向かって通りを歩いて来てた。あれはたぶん私を探してんだな。それよりまずさらりと呼ばれたあだ名にツッコむべき? シナ先生のユーモアがハイセンス過ぎて私さっきから腹筋よじれそう。
「短かったけど今日はこのへんでお開きにしましょうか。久し振りの女子会楽しかったわ。またデートしましょうね」
「あ、いえ!こちらこそ! 相談に乗って頂いてすみません。ありがとうございました」
勘定のために巾着から銭を取り出そうとしたら遮られた。何だろうと思って顔を上げれば、シナ先生は満面の笑みで自分の掌にある小銭を見せびらかした。え?どういう意図?
「ななしさんが出す必要無いわ」
「へっ? いや、そんなわけには…」
「今日は野村先生のおごりだから」
・・・は?
「ちょろっと拝借したの。夫婦水入らずのデートを邪魔したんだもの、これぐらいご馳走になったってバチは当たらないでしょう」
い、いつの間に…! 私達ずっと一緒に居ましたよね!? 拝借する様子なんか全くなかったけど! この先生何気に怖エェ!
「のっ、野村先生今頃お金なくて困ってるんじゃ…」
「大丈夫。全部は取ってないから」
鈴が鳴るように笑いながら「あまり持ち合わせてらっしゃらなかったみたいだけど」なんて穏やかに言ってのけるシナ先生。
彼女こそ最強で最恐なんだと思い知りましたハイ。
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