片恋
「土井先生かっこいい」
「…は、はぁ?」
開口一番。
きり丸が次にバイトにやって来た時、私は挨拶よりもそれを先に口にした。
「ねぇどーしよーきり丸!土井先生ってばかっこいい!!」
「揺さぶらないでななしさん!気持ち悪…!」
「ねぇなんなのあれ!なんなの!あんな男の人が世に存在していいの!?かっこ良すぎだから!まじ目の毒だから!心臓に悪いからってかしぬから!つかお前なんで今まで黙ってたんだコラ!」
がっくんがっくん
ぶんぶんぶん
「ちょ…!酔うからやめて!!落ち着いてくださいいいいい!!!」
とりあえず仕事は真面目に終えて。
閉店後、おやつにとっておいたブドウを挟んで、二人並んで縁側に座った。いつも通りの夕涼み。
「ななしさんでも誰かを好きになることってあるんすね…」
「失敬な。前にも言ったけど、いい人がいたら恋ぐらいします」
「ななしさんの好みのタイプが土井先生とは思わなかったなぁ」
「何言ってんの。タイプもタイプ、ど真ん中だよ。むしろタイプとかいて土井先生と読むよ」
「先生、甲斐性無いっすよ?」
「可愛いじゃん。先生のプロフィール教えてよ。結婚してんの?」
「してません」
「彼女いんの?」
「ぜーんぜんいません」
「なんでいないの? 年は? 趣味は? 好みのタイプは?」
「情報料三文でどーすか?」
「ホレ、三文」
「…ななしさん、ガチですね」
「ガチだよ」
今更何を言うか。
「べつに応援してあげてもいーですけど」
「本当!?」
「銭次第ですよ」
「いやんありがとう!」
「払う気なんだ…」
また人をそんな目で見る。全く、近頃の若い子ときたらっ。
「そもそもななしさんっていくつなんすか? 僕いまだに知らないんですけど」
「えーと…たぶんねぇ」
「たっ、たぶん?」
くノ一に年齢はない、って自分に言い聞かせ続けてたから、二十歳を過ぎた頃からろくに数えてなかった。いくつになるんだっけなぁ。
「23か4ぐらい」
「はっ?!」
「え、何その反応。殺すよ?」
「だって時々あんなにババくさいこと言うのに…!」
「この口か?この口が言うか?」
「ほめんらはい」
縁側でくだらないやり取りをしていると、店の方で物音がした。
「お客様かな?」
もう閉店しちゃったんだけど、席に着いてたらさすがに追い出すわけにもいかない。様子を見に二人で店へ向かう。と、
「よぉー!ななし!」
大量のラッキョを背負った雅さんが立っていた。
「雅さん!いらっしゃい!」
「そろそろ無くなる頃だろ!ほれ!」
雅さんはそう言って背負っていたラッキョをどんとテーブルに置いた。
「ありがとー!助かる!」
取引を始めた最初の頃は私が杭瀬村まで受け取りに行っていたが、近頃はこうして雅さんが持ってきてくれることの方が多くなった。
「おお!なんだ、きり丸もいたのか!」
私の後ろにいたきり丸を見つけて、雅さんはいつも通り豪快に笑う。
「はぁ…お久しぶりです…」
当のきり丸は雅さんと私を交互に見てから凄く微妙な表情をした。
…ああそうか。空気読んだなきり丸、偉いぞ。
「はい、きり丸。これ、今日のバイト料」
銭の袋を渡して、雅さんから見えないようにきり丸の背中をトンと押した。
「また来まーす!」
銭の袋を握りしめたままきり丸は店の前で一度振り返って手を振ると、そのまま走って帰路についた。
「食べかけでよければ食べる?」
「おう!」
席に着いた雅さんの前に、きり丸と一緒に摘んでいたブドウを置いた。
雅さんが持ってきてくれたラッキョをカウンターの向こうへ運ぶ。
「雅さん、御飯なんにする?」
カウンター越しに訊ねると、ブドウを摘みながら、とりあえず冷や奴、と返ってきた。要するになんでもいいってことか。
「しっかし、きり丸も食べてけばいーのになぁ。せっかくラッキョ持ってきたのに」
「私はきり丸、上出来だと思うよー。10歳ながらよく出来ました」
うーんと、ミョウガが結構余ってるな。これ使っちゃおっか。
「? 何、」
「雅さん私、好きな人できた」
ブドウを摘んでいた彼の手が止まる。
「…それは初耳だな」
「だろうねぇ。できたのつい最近だもん」
あ、蕗の御新香も余ってら。かつお節かつお節。
「…どんなヤツだ?」
「忍術学園の土井先生」
ブッ、と。雅さんは思わず口にあったブドウを噴き出した。
「土井先生って、一年は組の!?」
「あ、そうなんだ。じゃあきり丸も一年は組なんだ」
なんか飲み屋のおつまみメニューみたいだな。余ってるやつ、こんなんばっか。
「あ、そだ。雅さん今日泊まってくんでしょ? あとで明日の分の仕込み手伝ってもらえると嬉しいなー…」
この時間に来るってことはそのつもりで来てるはず。
「・・・」
ジト目で睨まれる。すっごく不機嫌そう。まぁ、そりゃそうだよな。
「…手を出さん保証はないぞ」
「雅さんが惨めにならないんなら、べつにいいよ?」
「非道い女だ、お前は」
「知ってたくせに」
大丈夫、雅さんは私に手を出さない。いつもそう。
この人、そういうことに関して意外と臆病だ。
やっぱり少し心苦しいから、胸の内でごめんなさいと謝った。
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