追究
店の外に出れば、かつてないほどの大量の魚たちが私らを出迎えた。
「実に今朝ぶりです!」
魚の前で爽やかに手を振るのはお馴染み網問くん。そしてその隣に、
「あれ?珍しいね」
お初のご来店、重くんが居た。
「料理たらふく食わせてくれる約束でしたもんね!」
「したっけ?そんな約束」
「え!?ヒドイ!」
「ウソウソ、覚えてるよ。とりあえず二人とも入って」
きり丸が「お久しぶりでーす」なんて挨拶するのを横で聞きながら、店の中へ二人を招き入れた。お邪魔します、なんて元気よく叫んでから客椅子に座る二人。きり丸がさっきひっくり返したテーブルの水を拭き始める。とりあえず彼らに水を出そうと調理場へ足を運び、カウンター越しに会話を続けた。
「でも重くんが来るなんて珍しいね。料理なら網問くんに土産で持たせればいいのに」
「今日は量が多いんで俺が重に手伝いを頼んだんですよ」
「あ、そうなんだ。わざわざありがとう」
「いえいえ」
テーブルを奇麗にしてから二人の向かいへちょこんと座るきり丸。二人に水を差し出し、私もきり丸の隣へ腰掛けた。
「本当は航とか白南風丸あたりに頼もうと思ったんですけど、俺らの他に二日酔いしてない奴なんてヤマ兄ィと義兄ィぐらいしか居なくて」
「へえ。東南風くん、強いんだ?」
「ヤマ兄ィはうちの衆で一番強いかもしれません」
「ふーん。てか二人とも本当に強いんだねお酒」
「でしょっ! 言ったと思うけど俺ら、こう見えて結構強いんですよ!」
二人して爽快な顔。
これはチャンスだ。この子らなら昨日何があったか絶対覚えてるハズ。遠慮なく訊き出そうやないけ。
「良かったねきり丸! 私が貰ってこなくても水軍さんはちゃーんと魚くれたよ!」
「はい!」
「よし、今から売ってきな!」
「え゛」
露骨に怪訝な顔をするきり丸。まあそれはそうだよな。こんなあからさまに厄介払いされたら誰でも不愉快だわ。
けどここは譲れんよ。
「遠慮するな! きり丸今日のバイトで魚売りたいって言ってたじゃん!」
「いや、それはそうですけど」
「ほらほら、全部持ってっていいから!」
おそらくこの子も昨夜の真相を二人に訊ねたくて仕方ないだろう。けど出来ればきり丸にはこのままバイトへ向かってほしい。だってこの二人に真相を訊き出して予期せずアウトな話が飛び出してきたら困る。いくらこの子が大人といえど、さすがに放送出来ないような話は耳へ入れられない。
「ななしさん、きったねえ!」
「大人は汚い生き物です!」
さっきから何の話ですか、なんて重くんが不思議そうに訊ねてきた。ごめん、今はこの子で手一杯だから返事ちょっと待って。
「ずりぃ!!」
みるみるうちにさっきの土井先生みたいな顔になる弟。なんだかんだで師弟そっくりだよな。なんて冷静に分析してる場合でもなく。
「あとでちゃんと全部話してあげるからさ」
「全部話してくれるなら今一緒に聞いたっていいじゃないですか!」
「五文でどや」
「ぐっ…!」
この際もう何でもするぞ! ななしさんは汚い大人ですからね!
「…絶対ですよ」
「うん、絶対」
「包み隠さずですからねっ!」
「おうよ!」
唇を噛み締めながらしぶしぶと店の外まで歩き、台車の魚を籠へ取り分ける彼。ごめん。やるせない気持ちにさせてマジごめん。もとはといえば私の不祥事が原因なのに。
「な、何事ですか?」
姉弟喧嘩ギリギリの私達のやり取りを前に網問くんが目をぱちくりさせている。本当、君らにも気まずい思いさせてごめん。私の周りは被害者だらけだな。歩く災害だよ私。
「いや、こっちの話。ところで何食べたい?」
当たり障りのない言葉で話を逸らす私に、店の外から蔑むような視線で眺めてくるきり丸。そんな汚いもの見るような目で見んじゃないよー子供のそういう視線ほど傷付くものってないよー。
刺さるような視線を無視して調理場へ再び足を進めた。えーと、材料は何があったっけ。
「網問ってここへ来た時、いつもどんなの食べてんの?」
「いろいろ! 試作メニューとかめっちゃ美味いよ! 俺は魚料理以外なら何でもいいです」
「あ、それいいな。普段食べれないものが食べたい」
「了解。んじゃ卵蕎麦にするけどいい?」
「やった!」
この無邪気な顔を見てるととても酒豪とは思えないな。昨日あったことが何もかも嘘みたい。
料理しながらカウンター越しに二人と会話を続けた。
「そういえば今朝、沖の方の潮の流れが妖しいなんて鬼蜘蛛丸さん言ってたけど。結局大丈夫だったの?」
「ああ全然。みんな相手にしてませんよ」
「そうなの?」
「いつも兵庫水軍の海を奪おうとヤケアトツムタケ城の奴らがいろいろ仕掛けてくるんですけど、今回もそれでした」
「え。それって結構大ごとじゃない? 平たく言えば夜襲じゃん」
「海で俺達に敵う者なんていません」
「ヤケアトツムタケ城の忍者達、南蛮から出来損ないの竜宮船を仕入れて奇襲を掛けて来たらしいんですけど、何せ出来損ないだから途中で故障してたみたいなんです」
「あげく、俺達が仕掛けた逆茂木に苦しんでたらしくて」
「なんだそりゃ。あ、ねえ、竜宮船て何? 今朝も鬼蜘蛛丸さんと義丸さんの会話を端から聞いてたんだけどサッパリでさあ」
「要は潜水艦ですね」
「あー! なるほどね」
「斥候船で向かったミヨ兄ィに逆に救助されて、大人しく退散していきました」
「だっせ!」
「ミヨ兄ィも不憫だよな。二日酔いのところ、一番最初の仕事がヤケアトツムタケ忍者の救出だもん。俺だったら見て見ぬフリしたい」
「してたじゃん、重は」
「違うって。あんなのよりななしさんところへ魚運ぶことの方が大事だからって、わざわざ俺と代わってくれたんだよミヨ兄ィ」
そうこう話してるうちに卵蕎麦完成。席まで歩いて二人の前に料理を並べた。
「美味そう!」
「遠慮なくどうぞー」
「「いっただきまーす!」」
再び正面に腰掛けて二人の食事を眺めながら、どうやって本題に切り込もうか思案してみる。と、予想外にも網問くんの方から宴会の話題に切り込んでくれた。
「でもやっぱりななしさんは酒強かったですね! 次の日に残ってないじゃないですか」
「いや、それがさ…強くないんだよ」
「え?」
「私、昨日の記憶が全然無いの」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「…でしょうね」
暫しの沈黙の後、一番に声を出したのはまさかの重くんだった。ボソッと呟いた感じがうたたにリアルでまた背筋が寒くなってくる。
「ま、待って。でしょうね、ってどゆこと? 二人は覚えてるんだよね」
「世の中知らない方が幸せなこともありますよななしさん」
「やだやだ教えて!お願い教えて!朝から土井先生がヘソ曲げちゃって全然相手してくれないんだよ!私もうこのままじゃ身投げするしかない頼むから教えてください教えてください何でもします!!」
ここまでくればもうプライドなんてありゃしない。両手をすり合わせて二人へ懇願した。
「そりゃ土井先生も怒るよねえ」
「むしろ土井先生、よく我慢したと思う」
「ちょ、二人して小出しにすんのやめてよ! 私今こう見えて猛省してんだから! そんなにイタぶらなくても次はちゃんと自重します!」
顔を見合わせてから視線で相談を始める二人。いい歳こいてまたベソ掻きそうだ。今日ほど自分を嫌いになった日は無いですガチで。
その時、店の外でカサリという衣擦れの音がした。
「・・・」
まさかと思って店の入り口を出てみる。と、
「何を聞き耳頭巾してんだコラあ!」
「あああバレたっ!」
そこにきり丸がいまだへばり付いていた。なんという執念…恐れ入る。
「駄賃やらないぞコンニャロー!」
「わああ今行きますって!」
「早よ行けっ!」
まさしく私に追い出される形で走り去って行くきり丸。彼に罪は無いけれど単に私の方でバツが悪い。こうして大人は汚れていくんだよ…すまない、学んでおくれ。
店の中へ戻れば二人が分かりやすく苦笑してた。いや、そうです。確かにきり丸は可哀想な子です。悪いのは私だよどう考えても。
自分の行いを棚上げして二人の前へ座る。体裁を気にする余裕なんてどこへやら。
「…ななしさん、どこまで覚えてます?」
網問くんがうってかわって神妙に訊ねてくるもんだから私もつい身構える。必死になって記憶を吐き出した。
「ええっとね…義丸さんと一緒に舳丸さんの隣に座って、そしたら白南風丸くんが来てお酌して、そのあと重くんと網問くんが前に座って…ああ、そのあと確か航くんと東南風くんも来たよね」
「はい」
「それで…ええと…航くんに『二人ともいつの間にそんな仲良くなったんですかー』なんて笑われて…」
「案外覚えてますね」
「でもそっから記憶無くなるのって変でしょ。これといって飲み比べしたわけでもないし、飲まされた記憶も無いよ」
「いや飲まされてましたよ。ていうか飲んでましたよななしさんは」
「え!? 誰から!?」
「白南風丸から」
な ん だ と ?
「ななしさん、自分じゃ気付かなかったかもしれないですけどそこから一回も手酌してないでしょ」
「そういえば…」
「あいつ、みんなの会話に混じるのも忘れて義兄ィとななしさんの杯ばっかり気にしてましたもん。二人の酒を切らしたらいけないって気ィ遣ったんじゃないですかね。二人の傍でせっせとワンコ蕎麦ならぬワンコ酒してましたよ」
「マジか」
「それでななしさん、いつの間にかベロンベロンになってました」
「うっそ…どれぐらい?」
「目も当てられないぐらい」
「抽象的な表現やめてよぅ」
「間切にトドメをさしてました」
「あ!アレすっごい笑ったよね! ななしさんてば間切のこと一番心配してたくせに、最後は陸酔いでくたばってた間切に『マギリン死ぬなあ!!』とか言って、」
「フルパワーラリアットな」
「私最低じゃん!」
「ええ最低でしたよ?」
「今更だけど網問くんてドSだよね」
「フォローのしようが無いんですもん」
もう泣かずにはいられないんだけど。先を聞くのが怖い。とりあえず今度間切くんに会ったら土下座しよう、そうしよう。
「で、でもさ、変な空気にはなってないんでしょ?」
「変な空気って?」
「お恥ずかしながら…さっききり丸に指摘されて気付いたんだけど、こんなトコにこんなモンが付いてたの。記憶に無いんだよね」
「・・・」
「・・・」
「え、なんで黙んの。沈黙やめてよ怖い」
「それ、付けたの義兄ィですよ」
「ェ゛」
「みんなが見てる前で思いっきりやらかしてたよな」
「うん」
「ウソっ」
「義兄ィとななしさん、奥に先生が居るのも構わずベッタベタでした。見てるこっちが焦るくらい」
「それで義兄ィが悪ノリしたんですよ」
嘘でしょ!? 耳が痛くて思わず手で塞いだ。
いくら酔ってたとしても私、先生以外のヒトにそんなことしたんか!? 信じられない!
困惑して鼻を啜る私に、重くんはトドメの一言をくれた。
「ななしさんはたぶん、ベロベロだったので」
「何?」
「途中から、義兄ィを先生と取り違えてたんです」
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