明け方


身体が痛くて寝返りを打とうとしたのにうまく身体を動かせない。寝苦しさにぼんやりと目蓋を開けた。
「ッ!!!?」
大声を出さなかっただけ褒めてほしい。だって目の前にあったのが

土井先生の寝顔だったから。

え、え、何コレ。どういう状況なのコレ。まったく理解できないよコレ。
先生ときたらスヤスヤ気持ち良さそうに寝息立ててる。寝息の酒臭さが分かる距離。近い近い近い近い。近い! ていうか、
「・・・」
視線をそろりそろりと下へ向ければ、私の胴体は先生によって抱き枕にされていた。

ど う し て こ う な っ た

寝覚め一発、脳内破裂。寝苦しさの原因はこれかーとか考える間もない。なんだよなんだよ何があったんだよどうしたんだよ。パニックになりながらも少ない理性で状況を把握しようと周りを見回した。身体が動かせないので首だけ捻ってとりあえず後ろを見る。と、すぐ背後で白南風丸くんが大の字で寝てた。これまた至近距離だったので心臓飛び出るかと思った。悪夢を見てるのかウウウと眉間に皺を寄せて呻いてる彼。よく見ればその腹の上に第三協栄丸さんが足を投げ出して寝ていた。それも大イビキかきながら。
冷静に見渡してみると酔い潰れた水軍さんがそこかしこに寝てる。なんだこりゃ地獄絵図。
ああここはまだ水軍館なのか。どーりで身体が痛いはずだ。板の間だもん。
今どの刻だろう? ひとまず起き上がろうとしたものの、腹に回された先生の腕に力がこもる。え?あれ?
「先生?」
起きてます?
「・・・」
相変わらず寝息を立ててるだけ。どう見ても熟睡してる。いやでも先生のことだからまた上手な狸寝入りなんでは?ってそんなわけないか。起きてたら私を抱き枕になんてするはずないもんね。完全に無意識だなこりゃ。
「わー練り物の大群が襲って来たぞ〜」
寝てる彼の耳にボソッと囁いてみる。途端、ぐううと呻きながら苦しげな寝顔で腕の力を弱める彼。
ごめん土井先生。正直私もこんなオイシイ状況人生で二度と無いと思うから堪能しておきたいんだけど、いかんせん厠が限界だ。これじゃ網問くんから馬鹿にされても文句言えないね確かに。
力の入らない彼の腕をやんわり解いて今度こそ起き上がる。ちょっと厠行ってすぐ戻って来ます。
そこらじゅうに転がってる皿やら水軍さんやらを跨いで館の出口へ向かった。みんな寝てるからいいよね? かなり忍びないけどこうしなきゃ通れないんです許してください。おーおー航くんてば褌一丁で寝ちゃってんよ。いったい何があったの。オバサンいいもん拝めて得しちゃったぞー。
「寒ッ」
外へ出れば潮風が容赦なく体当たりしてきた。身体がぶるりと震えて余計に催してくる。完璧にオッサンだな私。
寝起き早々、厠まで一直線に早足で歩いた。外はまだ暗い。でも月が見えないから時間はだいぶ経ったんだろう、陽が昇る前なのかな?
用を足してから再び館へ戻り、水軍さん達を起こさないようにそっと戸を閉めた。うーん、変な時間に目が覚めちゃったなあ。今から寝直すにも外へ出て冷えたから眠気がどっか行っちゃったし。どうしよ。
「片付けでもしよっかな…」
思い立ったら即行動。これまた水軍さん達を起こさないよう気を付けながら、食べ終わった皿をさげて井戸へ向かった。量が多いので館と井戸の間を何回か往復する。途中、皿の一枚が疾風さんの下敷きになってて焦ったけど何とか全部回収できた。
「これだけで汗だくだよもう」
ほんとに歳くったなあなんて考えながら腕まくり。水桶に手を突っ込んで洗い物を開始。
「・・・」
しっかしどうして起きたらあんなオイシイ状況になってたんだろ。昨日何があったっけ? パッと思い出せないあたり相当酔ったんだろうな私。えーと…頑張れ、思い出せ思い出せ。
確か義丸さんと二人で館へ戻って、視界に間切くんが映ったからその背を擦って、それから二人で座れる場所を探して、そしたら舳丸さんの隣が空いてたから一緒にそこへ座って…えーと…ああそうだ、ものの数秒で白南風丸くんが湧いて出たんだ。義丸の兄貴ってばいつの間に参加されたんですかー!とか言って。大喜びしながら酌するもんだから私達の存在に何人か気付いてわらわら寄って来て、そこでようやく正面に重くん網問くんが座って再会した。んで、えーと、あれ…?
「…思い出せない」
そっから先が思い出せない。あれれ!? なんでなんで!!? おっかしーな、その先が何かあるはずなのに! そこで終わるはずがないのに!!
何をどうしたらそこから土井先生の抱き枕になるんだ。いやいやいやおかしいだろ思い出せよ。思い出せなきゃ気持ち悪いよ。何があったんだよ本当。
「ううううん」
「一人でやらずに声掛けてくださいよ」
ひとり唸っていれば背後から声が飛んできた。不意を突かれて思わず仰け反る。慌てて振り返ると水の入ったコップを片手に義丸さんが立っていた。
「ビックリしたああもう」
「こっちの台詞です。暗いなか一人で作業してるから磯女かと思った」
「起きて早々けなさないでくださいよー。どうせ寝起きは妖怪顔ですー」
「褒めてますって。磯女は美貌で男を誘うんですよ」
「はいはい」
手に持った水を一気飲みしたかと思うと、私の隣に並んでコップを洗い出す彼。洗い終えたらそのまま帰るのかと思いきや、水桶から皿を一枚ずつ取り上げて洗い始めた。どうやら手伝ってくれる気らしい。さりげなく紳士。
「強いですねななしさん。あれだけ飲んで二日酔いしないなんて」
「そんなに飲んでないと思いますけど…義丸さんだって全然残ってないですね」
「俺達が行く頃には二日酔いするほどの酒が残されてませんでしたからねえ」
「まァ、そうでしたね…」
昨日義丸さんと打ち解けてからというもの、彼は私の前でも"俺"を使うようになった。気を許してくれたんだと思えばちょっと嬉しかったりする。
彼が最初から私を女として見てなかった事実を昨夜知ってからというもの、私の方も彼に対してまるで同性のように話しやすくなった。偏見を抜きにすれば彼はもともと話し上手で聞き上手、要は女の扱いが上手い人なのだ。女心をよく分かってるから話しててとにかく楽しい。時々危うい冗談を言ってきたりはするけれど、私の中では雑渡さんと似たような立ち位置に納まった。
二人掛かりで洗うから作業が早い早い。奇麗になった皿が真ん中にどんどん積み上げられていく。すんと鼻を鳴らす義丸さんの横顔をチラリと盗み見れば、皿を洗いながら起き抜けの顔であくびしてた。こんな色男が素を見せてくれるなんてなんだか貴重で新鮮だなー。あ、寝癖ついてら。
「義丸さん」
「はい?」
「私、起きたら先生にハグられてました」
「良かったですね」
「いやいやそうじゃなくて。そうなんですけどそうじゃなくて、昨日何があったか覚えてませんか?」
「は?」
「は?ってなんですか。それはどういう反応?」
「え。何も覚えてないんですか」
「覚えてません」
「本当に?」
「本当」
「俺のことが好きで好きでショーガナイってワメき散らしたことも忘れちゃったんですか」
「捏造すんなし」
「土井先生を手籠めにしようとしたことも覚えてないんですか」
「え? ウソ。嘘ですよね? 嘘って言って」
「本当だったら面白かったのになあ」
「笑えない冗談やめてくださいよ! 今ので寿命縮んだ。義丸さんのせいで明日あたり死ぬわー」
「縮まり過ぎでしょ。どんだけ心当たりあるんですか普段」
洗い終わる頃には少しだけ空が白んでいた。ああ、今の刻は明け方だったらしい。
一晩って過ぎるのが早いな。めちゃくちゃ濃い一日だった…。
「あれ?」
遠くから誰かが歩いて来るのが見える。目を凝らしてみると、
「鬼蜘蛛丸さんだ」
神妙な面持ちでこっちへ向かってくる。潮風が強いからか陸酔いの様子は見られない。何だろう、館に用があるのかな。
「ヨシ」
義丸さんの姿を見付けるなり傍へ走り寄って来た。いったい何事?
義丸さんがとりあえず重そうに口を開く。
「どうされました? 番所から下りるにはまだ少し早いですが」
「沖での潮の流れがどうにも怪しくてな。お頭は?」
「潰れて寝てます」
「そうか」
潮の流れ?
「潮の流れが怪しいって、はっきりと何かが見えたわけではないんですか?」
うーん、と考え始める鬼蜘蛛丸さんへ素直に質問してみた。
「どうにも不自然なんです。何か居ることは分かるんですが、波の打ち方からして鯨ではないし、一向に浮いてくる気配も無くて」
「浮いてくる?」
「何かが二刻ほどそこでモガいてるんだ」
普通の人なら気付かないような変化だけれど山立であるこの人が言うなら間違いないだろうな。義丸さんはフウと溜め息ひとつ吐き出してから掌の水気を切った。
「ドクタケのヘンテコ鯨を思い出しますね」
「ああ」
「どうせヤケアトツムタケあたりがまた何か企んでるんじゃないでしょうか。今日が水軍の宴会だと知って攻めたんでしょう」
「影兄ィも俺もそう思う」
「潜ったままそこでモガいてるってことは…罠でも仕掛けようとして失敗したのか」
「もしくは新式の武器でも手に入れたか」
「あとはおおかた…出来損ないの竜宮船とか?」
「可能性はあるな。モガいてる辺りがちょうど逆茂木を仕掛けてある辺りなんだよ」
「・・・」
「・・・」
「放っておいても大丈夫なのでは?」
「だからお頭の指示が欲しいんだ。放っておくか、斥候船ぐらいは出すべきか」
「…なるほど」
面倒ですねえ、なんてぼやきながらガシガシと後頭部を掻く義丸さん。私には何が何だか分からない。水軍さんの話はムツカシイです、ええ。ただ何かの迷いどころなんだろうなっていうのだけは分かる。
「ひゃあ!?」
突然、予想だにしなかった感触が訪れた。鬼蜘蛛丸さんがこっちをジィと見詰めて来たかと思えば、いきなり私の首筋をするりと撫でたから。私これ以上縮まる寿命無いよもう! 今日あたり死ぬわ!
「お、鬼蜘蛛丸さん!?」
「ああ、すみません」
さも平然とした様子で武骨な手を引っ込める。何!? なんなの今のナチュラルなセクハラ! どういう経緯!?
焦ってテンパる私を余所に、義丸さんはザッと音を立てて踵を返した。
「じゃあ私は鬼さんがお頭のところへ行ってる間、念の為に斥候船の準備しておきます」
お構いなしにスタスタ歩き出す彼。何だよ、今のやり取りに毛ほども興味無さげですねアナタ! まるで何事も無かった感じじゃん。
「義丸」
そんな彼の背に向かって鬼蜘蛛丸さんはハッキリと名前を呼んだ。
「あとで一発殴らせろ」
え?
「…やり返してもいいなら好きにしろよ」
フンと鼻で笑ってから義丸さんは遠のいていく。え?え?何?何だ? 今の会話のどこに殴り殴られる要素があったんだ全然分からない…この二人、奥が深すぎる。謎。
しかし仲悪い説は本当だったんだな。べつに義丸さんの話を信じてなかったわけじゃないけど、目の当たりにするまで半信半疑だった。
「ななしさん」
「はい?」
呼ばれて視線を向ければ、見たことないほど爽やかに鬼蜘蛛丸さんが笑ってた。意外な一面に思わずドキッとする。
「今度の宴会では私とも飲んでください。友として」
「陸酔い、大丈夫なんですか?」
「次は屋形船でも出しますから」
ははっと微笑んでから返事も聞かずに私の横を通り過ぎる。やっぱりどう考えても『俺についてこいタイプ』だなこの人。間違いない。
「お誘い、楽しみにしてまーす」
私の気の無い返事に彼はこっちを見ないままひらひらと手を振り、館へ向かって歩いて行った。

ああ、視界が眩しくなってきた。
そろそろ朝日が昇る。


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