男だらけの景色の中を突き進めば、館の真ん中ぐらいにスペースがちょびっとだけ空いていた。三人揃ってそこへ腰を下ろす。
「もうほとんど料理残ってませんね。なくなるの早い」
「ななしさんの料理美味いもんなあ。俺もたらふく食いたかった」
網問くんがしゅんとして呟いた。何気に嬉しいこと言ってくれるじゃないか。可愛い奴め。
「次に店へ来た時、たらふく食べさせてあげるから」
「え? やった!」
「あー。網問ってばズルイ」
「重くんもおいでよ」
適当に会話しながら目の前にある徳利へ手を伸ばす。ここにある杯誰のだろ? まだ使ってない奴だよね?
「ほいよ、網問くん」
「へ? ななしさんついでくれるんですか?」
「これぐらいしか出来ませんからねー。重くんもコレ」
「あ、ありがとうございます」
「酌代、高いよ」
「金取る気ですか」
「やーねえ私を誰とお思いですか。あのきり丸の姉ちゃんですよ」
「ぼったくり」
「ザルな上にぼったくり」
「ザルじゃない」
「ぼったくりは認めるんだ」
二人の杯に酒をつぎながらの阿呆な会話。ついでに自分のも注いじゃおう。
「あ、コラコラ。ななしさんてば手酌じゃないですか」
「え? 網問くんついでくれんの?」
「高いですけどね」
「ババアからボる気かよ。今時の若者はコワいわ」
「俺は安いですよ」
「じゃあ重くんお願いしまっす」
「御指名あざーす。つがせていただきます!」
「二人とも飲んでないのにもう酔ってんの?」
「呑み屋ごっこ始めたの網問じゃん」
「ウッソななしさんでしょ」
話も半端に三人揃って杯を掲げる。それではみんなより一足遅れましたが、
「カンパーイ!」
記念すべき最初の一口。網問くんは一気飲み、重くんは杯半分、私はチビチビ飲んだ。
お酒なんて本当に久しぶりだ。やっぱ美味い。
「網問くんてばハイペース〜」
早々に二杯目を酌しながら何となく周囲を見渡す。
入り口の方では進行形で死体が二つ転がってた。彼らの存在が相変わらず気を揉んじゃって仕方ないので、振り切るように今度はぐるりと反対側を見る。奥の方に見えたのは土井先生の姿。いまだ由良四郎さんと疾風さんに捕まったまま第三協栄丸さんの相手してやんの。何あれ絵ヅラ的にますます面白いんですけど。目鼻立ちが良いからオッサン集の中でやたら目立っちゃってる。ウケる。
しかしまあ由良四郎さんも疾風さんもどんだけ先生を肴にする気なんだ。開始して結構経ったんだから少しぐらい席を移動してもいいだろうに。
「先生モテモテだなー」
よっぽど話題尽きないんだろうなあ。何を話してんのか気になる。
「気になります?」
私の視線を追ったらしい重くんが隣で呟いた。
「うん。そりゃあね。先生とお酒飲んだことって無いからさ、先生が酔ったらどんな風になるのか知らないし。見てみたいじゃん」
「っていうかアレ先生もう酔ってません?」
言われりゃ確かに。遠くから見ても目が座っちゃってる。でも酔っ払いってみんなそんなモンじゃない?
「え〜でもあれぐらいだったらみんななるでしょ。乱れた様子ないし。先生ってば弱いとか言ってたけどやっぱ強い人なんかな」
「分かんないじゃないですか。実際近寄って話してみたら案外ロレツ回ってないかもしれませんよ?」
「ああなるほど。その可能性もあるか」
「つーか行ってくればいいのに」
「やだ。近寄る勇気はない」
「なんで?」
「先生の酔った姿見てみたいけど、私の酔っ払ったキッタネェ姿見られたくないから行かない」
「俺らには見られてもいいんですか」
「ななしさん、酔っ払ったらキッタネェ姿になるんですか」
「たぶんなる」
「たぶんて何」
「くノ一時代の友達の話によると私、記憶失くすと絡み酒に走んだってさ」
「ななしさん、俺安いですよ」
「つがせねえよ!?」
「あ、俺もたった今値下がりましたよ」
「ちょ、どいつもこいつも私の記憶失くそうとすんなや! そんなに飲まないから!」
二人揃って溢れんばかりにつごうとするから慌てて杯を引っ込めた。油断も隙も無い。
「むしろ行くべきだと思いますけど。お互いの知らない一面を見せ合ういい機会じゃないですか」
「そうそう。結婚してから『こんな人だったのか』じゃ遅いんですよ」
「団地妻みたいな説得やめろ。そうやって私で遊ぶ気なんでしょ。焚き付けて遠くから見て楽しむ気なんでしょー」
「何故バレたんだ」
「真剣にボってやろうかこの野郎」
「いやあでも俺達は良かれと思って言ってますって」
「何と言われようが行かない! 勇気無いっ! 記憶失くして次の日目ェ覚めたら先生に『出てってください』て言われた、とかホントもうシャレになんないじゃん! 無きにしもあらずじゃん! 立ち直れない!」
「ときどき乙女みたいなこと言いますよね」
「ななしさんて女の子だったんですね」
「心の声がデカ過ぎんだろ!」
「こりゃあもう絡み酒に追い込んで行かせるしかないな」
「そうだな。ななしさん俺、いま更に値下がりましたよ。大暴落」
「だからつがせねえよ!」
酔っ払い特有のくだらない会話を続けていればあっという間に一本空になってしまった。私が飲まなくても二人が瞬く間に消費していく。この子ら言うだけあってかなり強いな、飲んでも全然変わらないし。
「他の席から何本か拝借してくるからちょっと待っててー」
腰を上げ掛けたら、俺が行きますよ、と重くんが私を制してくる。飲んでも優しいね君は。
「いいのいいの、貰ってくるだけだし。宴会の主役は水軍の皆さんなんだから小間使いは私がやるよ」
正直動いてた方が気が紛れるから良い。普段滅多に飲まない分、じっとしてたら酒に飲まれちゃいそうだ。私の顔色を窺いながら重くんは、じゃあお願いします、と大人しく座り直した。
今度こそ腰を上げてお酒が余ってそうな席を探す。どっかお裾分けしてくれるとこないかし。
こうやって見渡してみると料理が大半キレイに食されてて嬉しいな。もっぱらお酒飲んだら料理は進まないはずなのに。酒飲みにとってはお酒ほど美味い馳走って無いから。
「あ。あれ貰っちゃおうかな」
誰も彼もみんな酔ってるから席をかわるがわる移動したんだろう、今となっちゃ席なんて在って無いようなもんだ。入り口近くの方で誰にも見向きされない取り皿の横に開けてない徳利が取り残されてる。
近くに座っていた水夫の方々に建前で、頂いてきます、と声を掛けて徳利を手に取った。まあ酔ってて会話に夢中らしいから実際のところ誰も聞いてないだろうけど。
「…あれ?」
入り口近くだったので自然と間切くんの姿が視界に入ってくる。けれど可笑しなことに、
「鬼蜘蛛丸さんが居ない…?」
死体が一つ消えていた。あれれれ何だ、どこ行っちゃったんだ。ついさっきまで間切くんの隣で死んでたのに。
気になり出したら止まらないのが私の性分。間切くんの傍へ寄り素直に訊ねてみることにした。
「間切くん、鬼蜘蛛丸さんは?」
横たわったままの死体が私の質問にのろのろと目蓋を開ける。ひょっとして寝てたんかし。起こしちゃってごめんよ。
「そ、とに…」
蚊の鳴くような声でそれだけ呟いたかと思うと、カッと目を見開いて起き上がりエチケット桶にしがみ付いてた。な…なんだかいろいろごめんなさい。たぶん君にはもう話し掛けない。凄く申し訳ないから。
「ありがとう」
エチケット桶と仲良くしちゃってる彼の背を申し訳程度に擦る。生粋の海賊だなあなんて他人事みたいにさすさすしていると、嘔吐する声の隙間からそのうち、すみません、と謝罪の声が洩れて来た。間切くんときたら私に気を遣ったらしい。かえって申し訳なくなってきた。
私がいると逆に落ち着かないだろうからここは早々に立ち去るべきかな。ごめんねと声を掛けてから徳利を抱え直し、網問くん達の席へ戻った。
「遅かったですねななしさん」
「酒なくなっちゃったのかと思いましたよー」
「若いうちからのんべえだね二人とも」
「若いからですが何か?」
「イヤミか?イヤミなのか?今の」
体力有り余ってて羨まし良い。言わせてもらうけど私が十代の頃はそこまで酒をかっ喰らうなんて出来なかったよ。若さとか関係なく二人が凄まじ過ぎ。
「はい、お待たせしました〜」
「あ。勝手につがれちゃったー」
「良い商売ですねななしさーん」
「でっしょー。今日だけでボロ儲け〜」
「気を付けろ重、このさき酔ったら更にボられるぞっ」
栓を開けて二人の杯へつぎ足してからまた早々に腰を上げる。やっぱり心配だからちょろっとだけ鬼蜘蛛丸さんの様子見てこよう。海の男だから土左衛門になってることはまずないと思うけど。
「あれ? ななしさん何処行くんです?」
「んー? ちょっと厠」
「え? もうですか? 早くないですか?」
「飲みの席で一回用足したらキリなくなりますよ?」
「そうだけどねー。歳取ると下が近くなんの。しゃあないでしょ」
「あーあー。歳は取りたくないですね〜」
「網問くんあとでちょっとツラ貸しなさい」
お酌に付き合ってあげられなくて悪いと思いつつ、またすぐ戻って来るからと心の中で言い訳する。きっと"鬼蜘蛛丸さんの様子見てくる"なんて正直に打ち明けちゃったらこの二人は引き留めるだろうから。
「んじゃ、行ってくるね」
二人へ背を向けて喧騒の横を通り過ぎ、足早に館を抜け出した。


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