水軍館の調理場へお邪魔すれば溢れんばかりの食材が私達を出迎えた。これは作り甲斐がありますねー、なんて腕まくりして調理開始すること半刻。私が調理している間に先生が盛り付けや配膳を手伝ってくれたので想定してたよりだいぶ早く終わることができた。
「手伝います」
時間が空いたから外で調理道具を洗っていたんだけど、先生が後ろから声を掛けてくれた。腕まくりして隣に並んでくる。相変わらず仕事早いなあ。
「配膳の方はもう終わられたんですか?」
「ええ。あとは水軍の方々がいらっしゃるのを待つだけです」
先生って本当、私と違って要領良いですよね。私より定食屋に向いてたりして。
そんなことをぼんやり考えながら水桶にある洗い物を少量手渡す。慣れた手付きで洗い始める彼。…だったんだけど、
「見ィ付けたああ! 探しましたよお二人さーん!」
「洗い物なんかアトアト! 早く飲みましょうや!」
作業を邪魔するかの如く私達の間へ割り入ってくる二人組。酒臭さ全開の由良四郎さんと疾風さんだった。
「臭っさッ! お二人ともひょっとしてもう飲んでます!?」
アテツケで鼻をつまみながら振り向けば上機嫌な赤い顔を向けられる。訊くまでも無いか、徳利片手に振り回しちゃってるもん。音からして飲みかけっぽい。
「ずるーい! なんで先に飲んじゃってるんですかあ!?」
「館に行ったらもう酒が並んでたんですもん! 手ぇ付けるなって方が無理ですよー!」
「出遅れた二人が悪い!」
ぎゃはははと大笑いしながら私達の肩をバシバシ叩いてくる。駄目だこりゃ、すでに酔ってる。ってか出来上がるの早過ぎんだろ!
「悔しいなチクショー! 私達も行きましょう先生! このままじゃみんな飲まれちゃう!」
「え、ええ…」
あれ? 先生ってばちょっと引いてね? 苦笑の中の苦笑浮かべちゃってるよ。そりゃまあ私達はまだ素面だからその気持ちちょっと分かるけど。
「行きましょう先生」
途端、低音で囁いてから先生の肩を引き寄せる疾風さん。うわっ至近距離でますます酒臭そ。先生、また眉間が梅干し化してるよ可哀想に。
「疾風さん、近過ぎません?」
彼の遠回しな指摘も通じず、疾風さんはニヤリと不敵に笑って見せた。うわー悪そうな顔してんなー。酔ってるから目が座っちゃってて悪代官みたいなツラしてる。
「俺達が今日という日をどれだけ楽しみにしていたか…」
「え? あの…」
挙動不審な先生の肩を今度は反対側から由良四郎さんが引き寄せた。酔っ払い二人に挟まれて、端から見れば脅える小動物そのもの。
「土井先生には訊きたいことが山ほどあるんですよ…」
「は?」
「どうやったらあんな据え膳を前に日々自制できんのか、たっぷり聞かせてもらおうじゃないですか」
「はっ!?」
「俺達水軍にとっての永遠の謎に答えてもらいますよ。今日は帰しませんからね!」
「ちょっ…!」
半ば引き摺られるようにして、…っつーよりはもう引き摺られてんな。浜辺にズリズリと先生の足跡を付けながら二人は館へ向かってく。何この絵ヅラ、ちょっと面白いんですけど。
途中、先生が首だけ捻って助けを求める視線を送って来たから笑って手を振ってあげた。みるみる泣きそうな顔になってた。べつに加虐性なわけじゃないけどその顔、可愛くて萌える。
先生ってば水軍さんに歓迎されないどころか私以上にオモチャにされてるじゃんか。この間の不安は何だったんだ本当に。
「私も館へ行かなきゃなー」
とは思いつつ、職業病よろしく洗い掛けの調理器具が気になったりもする。やっぱ先に済ませとくべきかなあ。あとでやるとなったら気掛かりで美味しいお酒飲めないもんね。
「あとちょっとだから洗っちゃお」
水桶の中に再び手を突っ込んだその時、
「ななしさーん!」
今度は違う方角から響く元気な声。顔を上げればそこに、
「お、網問くん」
「何してんですかー!? もう館へ行きましょうよー!」
遠方から走って来るなり私の手を取って走り出そうとする。ちょ、待って待って、いきなりだとオバサンつんのめる!
「や、洗い物が残ってるから先に済ませちゃおうと思って」
「ええ? いいじゃないですかそんなん。アトアト!」
そうは言ってもねえ、と心で不満を垂れた頃。網問くんの後ろから重くんがひょっこり顔を覗かせた。ずっと居たんか君…網問くんが大きいから全然見えんかった。
「俺、手伝います」
言うが早いか水桶の中にある洗い物を手に取る彼。んまあ何と優しい男のコ! 今のソレかなり好感度高いよマジで!
「ええっ? 重もそんなんあとにして早く館へ行こうよー」
対して眉尻を下げながら口を尖らせてる網問くん。こういうところが年相応だね。
「何言ってんだ、後回しにしたら洗うのは俺達だぞ。ななしさんにそこまでさせらんないだろ」
「重くんカッコイー」
気付いた時には口に出てた。まあいつものことですが。私が土井先生好きじゃなきゃうっかり惚れてるよ今の。
「ほんと助かるわー。ありがとう」
思ったことを素直に述べてみれば、網問くんは頬を膨らませる例の癖を見せた。あ、ひょっとしてこの子ヤキモチ妬いてんのかな? べつに彼と比較したわけじゃないんだから拗ねることないのに。
「じゃあ早く終わらせて館へ行きますよっ」
私から手を放すなり重くんの隣に並んで洗い物を始める彼。ぶつくさ文句言いながらもやってくれちゃうあたり、君もかなり優しい子だよね。単純ちゃ単純だけど。
その隣に私も並び、三人で洗い物開始。
「お頭の話じゃ疾風兄ィ達はもう飲んじゃってるのに…」
「感謝してるんだから拗ねないのー」
「うるさいなっ」
「機嫌直してよ〜。網問くんが膨れてると私つまんない」
「そうデカい態度とってられるのも今のうちですからね。館に行ったらギャフンと言わせてやる」
「ギャフン」
「なんで今言うんですか」
「言えば機嫌直してくれるかと思って」
「違う! 言われるんじゃなくて言わせたいんです!」
「どうやって?」
「飲み比べしましょうななしさん! 先に潰れた方は罰ゲーム!」
「何ソレ面白そ」
「俺こう見えて酒は結構強いんですよー」
「だが断る」
「なんで!?」
「私そんなに強くないもん。最初から罰ゲーム決定じゃん」
「またまたァ、ななしさんが弱いわけないじゃないですか」
「え、だからなんで断定?」
「あ、そうやって俺の戦意を削ぐ作戦ですね? ズルイなあななしさん。そうはいきませんよ、その手にはのりませんから!」
「嘘じゃないんだけど! ちょ、今の流れオカシイだろ! 言い掛かりだよねえ重くん!?」
「え? ななしさんはザルですよね」
「重くんからまさかの裏切り!」
どいつもこいつも何で私が酒豪だと思ってんだ。イイ歳こいてこんなこと言うのもアレなんだが、誰かたまにはか弱い女の子扱いしてくれたっていいじゃんかウワアアン!
「チクショー! ヤケ酒のんでやる!」
「あ、ほら。ザル発言ザル発言」
「理不尽!!」





そんなこんなで片付けも終わり三人揃って館へ足を踏み入れた。ら、
「オーイ! 酒、足んねえぞ! こっちだこっち!」
「へいっ!」
「こっちにも早く持ってこいよ!」
「はい、ただいま!」
「料理うめえなコレ!」
「俺の皿知らねえ!?」
「あいつどこ行った!?」
人、人、人。館の中は水軍さん方でごった返してた。知らなかったわけじゃないけど兵庫水軍って人数からして大規模だ。改めて実感。
第三協栄丸さんや土井先生が一目で探せなくて多少不安になる。私ってばこんな人見知りだったっけ。
「なに立ち止まってんですかななしさん。早く行きましょうよ」
「俺達の席、空いてるといいけどなあ」
そんな思いも束の間。網問くんと重くんが両側から陽気に引っ張ってくれたので不安も何処吹く風になる。そうだよね、早く飲んで早く酔っちゃおう。この場は素面じゃちょっとツライ。さっさと酔ったもん勝ちだ。
「第三協栄丸さんは奥の方にいるの?」
二、三歩足を踏み出したところで何かをぎゅむっと踏んづけた。何事かと下を向いて、思わず口から心臓が飛び出かける。
「ひゃあ!?」
こんなところに死体が二つ!! …と思いきやよく見たら死体のような鬼蜘蛛丸さんと間切くんだった。ピクリとも動かないまま入り口のすぐ側で横向きに転がってる。
「ご、ごめん間切くん。踏んじゃった…」
間切くんは私の声に虚ろな瞳を向けてくると、いえ、と答えようとしたのか口を開き掛けた。でも結局開いた口からは呻き声が洩れるだけ。
二人とも陸酔いMAXらしく顔が真っ青だ。目ェ離した隙に本物の死体になっちゃうんじゃなかろうか…そんな雰囲気。
「だ、大丈夫ですか? 二人とも…」
見るからに大丈夫なワケないけど何と声を掛けていいもんか分からない。してあげられることは何かないかと、瀕死の二人の傍へとりあえずしゃがみこんだ。だって私がこの飲み会に参加しなければ船上での宴会になっていたはずだから、この二人がこんな陸酔いに陥ることは無かったワケで。そう思ったら多少の心苦しさは否めない。
網問くんと重くんへ、先に行ってていいよ、と声を掛けるつもりで顔をあげたけれどいつの間にか消えていた。ほんの一瞬でどこ行っちゃったんだ。瞬間移動スゲエ。
「枕か何か借りてきます…?」
鬼蜘蛛丸さんの顔を覗き込んで訊いてみたけど、彼はひどく鈍い動作で自分の両目を右手で覆うだけだった。あ、ひょっとして酔ってるとこ見られたくなかったのかな。自尊心傷付けちゃったかも。かえって悪いことした。
不意に間切くんがのろのろと片手を上げてその場でひらひら振って見せる。何? 何の動作?
「はいはい、持ってきたよー」
すぐ傍の声に目をやるとこれまた瞬間移動したらしい網問くんと重くんがいた。網問くんは塩水が入ってるらしいコップ、重くんはエチケット桶を抱えてる。さっすが〜手際イイ。もう慣れっこなんだろな、この状況。
二人はムクリと起き上がり、間切くんは塩水入りコップを、鬼蜘蛛丸さんはエチケット桶を奪い取った。実は二人とも待ってたんかい。
「二人とも、始まる前からかなりゲロったでしょー。向こう行ったら影兄ィ用のエチケット桶しか余ってなかったよ」
「影兄ィは不幸中の幸いだよな。今日が山見当番で命拾いしてるよ」
桶に向かって取り込み中の鬼蜘蛛丸さんの背をさすりつつ、若者二人の会話をぼんやり噛み砕く。ニュアンスからして蜉蝣さんも相当な陸酔い族なんだろう。そりゃ確かに命拾いしてるわ。
「んじゃ、行きましょうななしさん」
うってかわって網問くんは再び私の手を引っ張った。えええこの二人放って行っちゃうの? こんな死に損なってるのに! マジで!?
「うーん、でもさあ…」
「ななしさんが気にすることないですって。放っといて大丈夫ですよ」
「とは言ってもさあ…」
「いつものことなんですから。全部に付き合ってたらこっちが持ちませんて」
網問くんと重くん二人に畳み掛けられてしぶしぶ腰を上げる。
「じゃあ行くけど」
本音を言うならこの場に残りたい。本当は居残って二人の世話焼きたい。だってさっき言った通り心苦しいし。
それに私、飲みの席で誰かの具合が悪いと自分も落ち着かない性分だったりする。べつに今回みたいな陸酔いとかじゃなくて、たとえば本来一滴も飲めない人が無理して潰れてたりすると、その時点でハラハラしちゃって自分も美味しいお酒が飲めなくなるのだ。周囲から見れば気にし過ぎなんだろうけど、せっかくの機会なんだから私としてはみんなで気持ち良く楽しみたい。
自分自身、大そうなお節介焼きだなと思う。ああでも、だから私はよく土井先生に似てるって言われんのかな。こんなところで納得。
「じゃあお先にすみません。飲んできまーす」
生きる屍二体に声を掛けて、複雑な心境のまま館の奥へと歩を進めた。


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