宴会1
「飲み会?」
「そう」
「・・・」
「今度水軍さんが内輪でやるらしいんですけど、それに誘われたんです」
先生ってば自分で気付いてるのか、いないのか。私が喋るたび眉間の皺がどんどん濃くなってくんですけど。怖いんですけど。何? なんで? 何か怒ってんの?
「場所は? 兵庫水軍の海ですか」
「だと思いますよ。いくら飲み会でも精鋭陣が現場を離れるわけにはいかないでしょうし」
グググと眉間の狭まる音まで聞こえてきそう。なんかもうそこだけ梅干しみたいになっちゃってる。何故!? これといって変な話をしたわけじゃないのに! 普段通りに三人で雑炊を囲んで、普段通りに和気藹々と会話をして、普段通りにああそうだなんて思い出しがてら切り出しただけだったのに! 私ってば空気の読み方どっか間違った!? 何かマズかったかし!?
「気持ちが顔に出てますよセンセー」
正面の土井先生へ私の右隣から声を投げるきり丸は、なんでかやたらと呆れた顔で雑炊を啜ってた。
つい昨日、店で閉店作業をしてた時のことだ。
珍しく第三協栄丸さん本人が魚を運んできてくれたから、珍しいですね、って挨拶半分に声を掛けた。そしたら、実はななしさんを今度の飲み会に誘おうと思いまして、なんて満面の笑みで返された。なんでも兵庫水軍では定期的に親睦会と称して宴会を行っているのだとか。水軍の中でも下っ端の方だと挫折やら死傷やらで出入りが激しいらしいんだけど、新しく入る仲間ひとりひとりの歓迎会をその都度催していたらキリが無いということで、かわりに定例の宴会を催してるらしい。水軍の皆さんでも羽目を外すことあるんですねえ、なんて呆けたら、そりゃそうですよ〜船上じゃ信頼関係が物を言うから親睦深めるためにもそういった交流は大切なんです、と当然のように即答された。口にはしなかったけどたぶん、働きづめの部下達への労いでもあるんだろな。第三協栄丸さんの方針が垣間見えて内心ちょっと尊敬したり。
「なんで私を誘ったのか訊ねたんですけど、宴会の料理係として来てほしいんですって。並ぶ料理がいつも同じでマンネリ化してるから、たまには代わり映えしたものが食べたいそうなんです」
きり丸から梅干し状態を指摘されてバツが悪そうに眉間を崩している土井先生。苦笑したいのかどうしたいのか、目の前でぐにゃぐにゃと複雑な表情。顔面運動面白いですね、いい男が台無しです。
「じゃあ料理を作り終えたら帰って来るんですか?」
「いえ、飲みにも誘われました」
あ、また眉間に皺よった。
「それで、返事は?」
「保留しましたよ」
「保留?」
「先生が一緒に来てくれるようなら行きます、って」
「え」
険しかった表情が一瞬でポカンとした顔になる。何その落差、ちょっとカワイイじゃんか。
「先生の予定が分からないからまた今度返事します、って言いました」
先生の意思を無視しちゃうようで申し訳ないなと思いつつ、勝手にそんな返事をした。出来ることなら参加したい、でも私一人じゃ行く勇気無い。正直言って義丸さんと酒の席で一緒になるのが恐い。じゃあ断ればいいじゃんて話なんだけど滅多にない機会だし、水軍は気の善い人ばかりだから参加すれば楽しそうだし。それに普段お世話になってる恩もちょっとは返したいと思うから、料理役を受けたいのも本音。
「そうは言っても…」
煮え切らない様子の土井先生。口の中で小言をごにょごにょさ迷わせてる。まあそれはそうだろうな、急な話だったから。今回は私が強引過ぎる。
「行ってあげたらいいじゃないですか先生」
雑炊を完食したきり丸が器を置いて会話へ入ってきた。端から見りゃある意味この子の方が保護者に見える。
「たまにはななしさんにも息抜きさせてあげましょうよ。いつも家の中キレイにして出迎えてくれるんだから」
んまああきりちゃんてばなんて良い子! 実は今日、中に乱太郎が入ってんじゃないの!? 感動のあまり涙出ちゃうよもう!
「それは分かってるさ」
「俺達は学園で大勢と生活してるけど、ななしさんはいつもこの家に一人なんスよ?」
「だからこうして帰って来てるじゃないか」
「えっ」
「え?」
思わず二人の会話に入ってしまった。先生、今なんとおっしゃいました?
「それは…どういう、」
「あ、いや、」
帰宅回数が増えたのは仕事が片付いてきたからだと思ってた。でも何、え、私が寂しがると思って実は無理してたの? ひょっとしてそうなの? まさかそんな幸せな話が…
「そ、その飲み会はいつ行われるんですか?」
向かいに座ってる私達二人から顔を背けて質問する。隣できり丸が、あッ話そらしやがった、なんて小さく舌打ちした。
「少し先なんですけど、来月の終わりです」
そんなわけないよね、うん、そんなわけない。いくらなんでもそりゃ乙女な妄想し過ぎ。勘違いだよ勘違い!自意識過剰イクナイ!
「来月の終わり…」
「ちょうどいいじゃないですか先生! 確か来月の終わりは二連休でしたよね!」
先生が反芻するのをすかさず拾い上げて畳み掛けるきり丸。本当、君が居てくれるからわたしゃ何も喋らんで済むよ、助かるわ。
「確かに二連休だけど…月末となると仕事がだな…」
「あ、そうですよね。無理にお誘いしてすみません。お忙しいようでしたら本当、きちんと断って下さって構いませんので」
「構うことないですよななしさん。先生こんな風にごねてるけど、たぶん当日になったら帰ってくる気マンマンですから」
「お前なあ!」
「図星のくせに!」
二連休か。もし先生がほんとに帰って来てくれるとしたらここで一泊になるだろうから、翌日の心配しなくて済むんだ。何ソレ、心底ハメ外せるじゃん。うわっ楽しい。あ、でもそしたらきり丸がこの家で一人留守番になっちゃうな。どうしようか。
うだうだ考えて隣のきり丸にちらりと視線をやればバッチリ目が合ってしまった。うおおなんだよ、盗み見失敗。
「その日は俺、乱太郎んちに泊まりますから。心配しないで下さい」
まだ何も言ってないうちから結論を吐かれる。いつも思うんだがマジで十歳児ですか君は。確実に私より大人だよね。
「そう言われるとちょっぴり後ろめたいなー。気ぃ遣わせちゃって」
「何でですか。タダでとは言ってませんよ」
「は?」
「飲み会終わったら料理の礼に新鮮な魚をたんまり貰って来て下さい。次の日バイトで売り捌くんで!」
ああそうですかい。そうですよね。それでこそきり丸ですよね。商売根性ナメてましたゴメンナサイ。
「うん。…覚えてたら貰ってくるわ」
「覚えてなくても貰って来て下さいよ」
「手厳しいな」
「ここは強く言っとかないと! ななしさん、今のうちから忘れる気でしょ!」
「何故分かった!?」
「ハメ外して酔っ払ったとしてもこれだけは忘れないでくださいよ!? 譲りませんからね!」
念押しすぎだろ!お母ちゃんか何かかお前は!
いいや自信無いから適当に受け流しておこう。ハメ外して酔っ払っちゃったら覚えてるわけないもん。絶対無理。素面でさえ忘れっぽいのに。むりむりあームリムリ。
話そらしちゃえ。
「来週また第三協栄丸さんが店にいらっしゃるんですけど、参加でひとまず返事してしまっても良いですか?」
「うーん…」
「急な話ですみません」
顎に手を当てて唸りながら、いえ、と小声で返事する土井先生。私の一方的なワガママを「駄目!」と一刀両断しないあたりやっぱり彼は優しい紳士です。
「けど良いんでしょうか。私なんかが参加してしまっても」
「え?」
「ななしさんが受けた誘いに私がついていくというのは…兵庫水軍の皆さんにしたら私はお呼びじゃないでしょうし。こっちから勝手に顔を出したら、向こうにとって仲間内の親睦会に部外者が割り入る形に近いんじゃ…」
「そんなことないでしょう! もともと兵庫水軍の皆さんは私じゃなくて先生側のお知り合いだったんですから! それにお呼びでないなら、私が"土井先生の予定次第"って第三協栄丸さんに返事した時点で断られてますよ」
先生の方こそ兵庫水軍の皆さんと付き合いが長くて親睦も深いんだもの、彼らにとって私なんかより良い飲み相手になるハズ。
不意に右隣の裾がクイクイと引っ張られた。何と無しに見れば、きり丸がちょいちょいと指で私を呼んでいる。
「何?」
「耳貸してください」
言われるがままきり丸の背丈まで頭を落とす。耳に手を当ててコショッと呟かれた。
「やっぱり先生が行かなければ一人で行きます、って言ってみてください」
「え?なんで?」
ヤだよそんなの。じゃあそうしてください、って先生に言われたら困るのは私じゃん。
「いいから言って」
吐息がぼそぼそ耳に掛かってくすぐったい。ヒイイ笑いたい。
「…何を話してるんだ?」
私達の内緒話に正面でムスッとしてる土井先生。先生ってばきり丸大好きだから、仲間外れにされて疎外感なのかな? やだカワイイ。
「やっぱり先生が行かなければ一人で行きます」
弟の真意は分からないけど取り敢えず言えと言われた台詞をそのまま口にしてみた。
「ッ」
ぐ、と。先生ときたら口に雑炊を入れてるわけでもないのに何かを咽喉に詰まらせた。何そのリアクション、新しいんですけど。
「俺は何も言ってませーん」
先生が無言のジト目を送ればきり丸がこれ見よがしにシラを切る。おーおー何だ? どういう遣り取りなんだそれは??
「先生?」
何が何だか分からないので呼び掛けてみる。と、先生はきり丸から私へ視線を移し、ヘニャリと眉尻を下げて、
「…分かりました。私も参加します」
なんて溜め息交じりに一言。うわあ、嬉しいけど何だか心労を掛けた気がして心苦しい。無理矢理でごめんなさい。
「ありがとうございます」
「いえ」
「と、当日は楽しみましょう!」
「はい…」
俯きがちに胃を押さえる先生。表情がよく見えないけど確実にいま胃が痛いんですねそうなんですね。いやなんかほんとすみませんんん!! ああああ当日は先生の好物たくさん作ってあげよう! そんで練り物はナシにしよう! せめてもの罪滅ぼし!
「ほら、さっきのセリフ効果テキメンでしょ」
私にしか聞こえない音量でぼそっと呟く弟がなんとも複雑だった。
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