店に帰ればきり丸としんべヱも戻っていて、先生と一緒に店番してた。
「ななしさん、おかえりなさーい」
「おー、ただいまー」
「あれ? 乱太郎は?」
「伊助達と会ったからついてったよ。二人はいつ戻って来たの?」
「ついさっきっス」
「おやまぁ珍しい。商売上手のきりちゃんが随分苦戦したね」
「それがしんべヱってば、行く先々の食い物ぜんぶに引っ掛かるんスよ! 助っ人を間違えました全く!」
「だって食べたかったんだもん…」
きり丸がぶーたれる横でしょんぼりと呟くしんべヱ。
まあいいじゃん。手伝ってくれるだけ友達思いだよしんべヱは。
「みんなまだ縁日楽しんでないの?」
子供達が店番していたというのに私ばっかり楽しんできちゃった…なんだかちょっと後ろめたい。
「まぁ、まだ残ってますからね」
「あとどれくらい?」
「鍋半分です」
「あ、そう」
どさくさ紛れに先生の隣を陣取って座る。
鍋半分か…本来なら夕飯時だし、これぐらいなら大して客寄せしなくても捌けるだろ。
「いいよ、あとは私が店番してるからさ。二人とも縁日行ってきな」
「え!? いいんですか!?」
私の言葉に涎を溢れさせるしんべヱ。『縁日行ってきなよ』でどうして涎が出るんだってツッコもうかと思ったけど、もうこの子は食い物屋のことしか頭に無いんだろう。ずいぶん我慢してたんだねぇ。エライエライ。
「そりゃ有り難いっスけど…売れ残さないで下さいよー?」
渋り出したのは可愛げの無い弟。ったく、普通の子供なら今の言葉に諸手上げて喜びますよ?
「ここは私達だけで大丈夫だから、行ってきなさいきり丸。ななしさんのせっかくの好意を無駄にしちゃ悪いよ」
先生がそう言えば笑顔を見せて「じゃあお願いしまーす!」とあっさり翻る商売小僧。
なんだかんだできり丸も土井先生には弱いなと思う。
「んじゃ店番、頼みました!」
「行ってきまーす!」
うきうきで店をあとにする子供達。慌ただしく縁日の人混みの中へ消えていった。
「先生、ずっと店番でお疲れでしょう? 私一人で大丈夫ですから、よろしければ先生もきり丸達と一緒に、」
「いえ私は結構ですよ。子供だけで回った方が楽しいでしょうし」
「ならせめて後ろでお休みに、」
「大丈夫、気を遣わないで下さい。べつに疲れていませんよ。普段の授業に比べれば何も大したことはしていませんから」
先生ってばどこまで大人なんだろう。年上だとしても世代は同じなわけで、子供っぽい自分にちょっと引け目を感じる。異性として憧れる以前、人として尊敬。見習わなきゃいかんなー。
「あ、そうだ」
座った時に隣へ置いたまま忘れてた。
「焼きそば買って来たんで食べて下さい。先生、まだ夕飯召し上がってないでしょう?」
「え、わざわざすみません。ありがとうございます」
「最初に買って歩き回ってたから冷めちゃいました。気が利かなくてすみません。美味しくなければ残して下さい」
「いえ、充分です。遠慮無く頂きます」
冷えたぼそぼその焼きそばに笑顔で手を付ける。正直お腹空いてたのかな。うーん、やっぱりもっと早く買って来てあげるんだった。
「ななしさんは何か召し上がったんですか?」
もぐもぐしながら質問される。その顔ちょっと可愛い、なんて思っちゃった私はやっぱり重症だ。
「えーと…焼そばと焼トウモロコシ食べました。美味しかったですよ」
本当は帰り掛けに食べた焼ちくわがめっちゃ美味かったんだけど、ここはひとつ黙っておこう。
「楽しめたなら何よりです」
「ええ、おかげさまでとても楽しかったです。縁日なんて久し振りで年甲斐も無くハシャいじゃいました。ありがとうございます」
新しい巾着も手に入ったし、今日は大収穫だ。
手に取ってそれをまじまじ眺めれば、淡い萌葱色の生地に大きな紅の花が一輪。シンプルだけど綺麗。六年生のみんなが言っていた通り、中在家くんはセンスがいいと思う。
「あれ? 新しい巾着、買われたんですか?」
「え? ああ、買ってもらったんです。途中、小物屋の露店があったので」
「買ってもらった? 誰に?」
焼きそばを食べながらキョトンとする先生。
そりゃそうだ。乱太郎がいきなり私に巾着をプレゼントしてくれることも無いだろうし。
…なんだかちょっと先生をからかってみたい。うずうず。
「誰からだと思います?」
「えっ」
これでも事実上は男性から貰ったわけです。あわよくば先生、妬いてくんないかし。
まぁ男性から貰ったつっても生徒がプレゼントしてくれただけだから、もったいぶって言うような事象じゃないんだけども。
そもそもこれがガチのナンパ野郎からのプレゼントだとしても、おそらく先生は妬いてくれないだろうがな!泣ける!
「うーん…」
先生は口をもごもごさせたまま、少し上を見て考え込んだ。それからものの数秒で答えを出す。
「うちの生徒ですか?」
「え!? 何故分かりました!?」
一発目から言い当てられちゃあ、さすがにもったいつける気力も無い。先生ってば実はどっかで見てたんかし!?
「何せここは縁日の入り口ですから。うちの生徒もだいぶこの縁日に来てるようでしたので…歩いてるうちにお会いしたのかと思いまして」
しかも読みまでドンピシャリ。さすがは忍術学園の先生だ。客まで観察してたんですね…いやはや敵いません。
「当たりです。ちぇー、クイズにならなかったなあ」
「騙された方が良かったですか」
「そんな意地悪なこと言わないで下さいよー」
駆け引きするには相手が悪かった、ってことですね。あーあ、妬かせるのはやっぱ無理だった。
「綺麗な花ですね」
「紅団扇っていうらしいです。向こうの言葉で、えーと…あんすりうむ、って言ってました。中在家くんが選んでくれたんですよ」
「中在家…ああ、図書委員長ですか」
「え、そうなんですか。中在家くん、図書委員長だったんだ…どーりで。博識な子だなーと思いました」
「確か彼らは…六人でやって来てたと思ったなぁ」
「さすが先生、よく見てますね。六人みんなでお金出しあって買ってくれたんですよ」
「良かったですね。帰りに彼らがここを通る頃、まだ豚汁が余っていたらサービスしましょうか」
おお、さすがは土井先生、良いことおっしゃる!
「紅団扇の花言葉は"飾らない美しさ"と、それから、」
「それから?」
「"恋にもだえる心"、らしいです」
後者の言葉はまさしく私ですよね! 同意を求めて先生に笑顔を送れば、彼は気まずそうに私から視線を逸らした。
あっはっは、なんだよ。先生ときたら今の会話を無かったことにしてやがる。ここで甲斐性無しっぷりを遺憾なく発揮すんじゃねーつうの!


豚汁も残り僅か。縁日も終盤に差し掛かって来た頃、
「ななしさーん、土井先生ー!」
乱太郎、きり丸、しんべヱの三人が手を振りながら戻って来た。
「およ? 三人とも、縁日はもういいの?」
「はい! 充分楽しみました!」
乱太郎が笑って答える横で、土井先生をじいっと見つめるきり丸。
「どうした? きり丸」
「いや、あとは俺らが店番するんで、土井先生も縁日に行ってきたらどうスか?」
「えっ」
意外なその言葉に驚く彼。
「先生だけずっと店番してたから、まだ縁日に行ってないでしょ?」
「いや、でも私は…」
先生は困ったように眉尻を下げて見せた。確かに、大人が一人で縁日を回っても大して面白いものじゃない。私が先生の立場だったらきっと同じ反応する。
「べつに先生一人でなんて言ってませんよ」
「へ?」
可愛い弟は私の両脇に手を差し込んで引っ張り出す。おお、なんだ? 立てってことか?
「ななしさんと一緒に回って来たらいいと思います」
ちょ、どーいうことやねん。私が子供ってか、私が子供ってか!
先生と目が合って意味も無く照れてしまった。
「だけどきり丸…」
子供達からここまで露骨に気遣われるとさすがに先生も気恥ずかしいのだろう。苦笑したままモソモソとごねる。
だけどまあ、乗ってみるのもいいかもしれない。
「行きましょう先生。きり丸のせっかくの好意を無駄にしちゃ悪いですから」
さっき先生がきり丸に言った言葉をそのまま引用してみた。
先生は少し呆気に取られてから、仕方無いというようにフッと笑って一言、
「そうですね」
そう呟いて、腰を上げて私の隣に並んだ。


「何食べようかなー」
「ななしさん、しんべヱみたいですね」
「あ、先生ってば私が食べ物のことしか考えてないと思ってます?」
「違うんですか?」
「当たりです」
二人でクスクス笑い合う。楽しいなあ。縁日に来て良かった。
「先生は、何か食べたいものとか、やりたい遊戯とか有りますか?」
「そうですねぇ…うーん」
正直、私は目当ての物を既に胃の中へ収めちゃってるわけだからべつに何でもいい。極力、先生に合わせてあげよう。だって彼はまだ冷えたぼそぼその焼きそばしか口にしていないのだ。
「焼き鳥が食べたいかな」
「あ、いいですね! 私も食べたいです!」
「焼き鳥の露店はどこだろう?」
「確かさっき来た時、二軒見掛けましたよ。中間に一軒と、一番奥に一軒」
「あ、そうなんですか。どっちの方が美味しいかな…」
「じゃあせっかくだから食べ比べしましょうよ。先生が中間の店で買ってる間に、私が奥の店で買って戻って来ます」
「分かりました」
そんなわけで一旦、先生のもとを離れる。
奥の店はちょっと遠いから早足で買って来よう。先生を待たせて焼き鳥が冷めたら嫌だもの。
人混みの中を頑張って縫い進んだ。

奥の店で焼き鳥を買ってから、先生が居るはずの焼き鳥屋に早足で戻って来た。のだけれど、
「…あれ?」
彼は居なかった。
おかしいな、待ち合わせはこの店のはずなのに。辺りを見渡しても先生らしき影は見当たらない。ひょっとして私が勘違いしてただけで、焼き鳥屋が他にもう一軒あったんだろうか。
やだ、私ってばいい年こいて迷子じゃん。
ちょっと不安になってしょぼくれていると、後ろから声を掛けられた。
「あれ!? ななしさん、もう戻られたんですか。早いですね」
振り向けばそこに土井先生の姿。一気に安堵して小さく溜め息を吐いた。
「びっくりしました。先生の姿が見当たらないから、いい年こいて迷子になったかと思いましたよー」
「ご心配お掛けしてすみません」
先生の腕の中にあるのはこの店の焼き鳥。先生、焼き鳥買ってからどこか回ってたんだ。
「どこか回られたんですか?」
「ああ…えと、ななしさん、後ろ向いて下さい」
「へ?」
「少しの間で構いませんから」
なんだろう? よく分かんないけど促されるまま先生に背中を向ける。
次の瞬間、髪の毛にフスッと何かを差し入れられた。
「!?」
いったいそれが何なのか慌てて手で探る。だって、私の覚えが間違っていなければたぶんこの感覚は、
「え…。え!!?」
ソッコーでテンパった。だ、こ、ええええ! ちょ、ま、えええええ!!
どう考えてもこれは櫛の感触だ!!!
「紅団扇柄があったので、つい買ったんです」
ど、どどどどーいうこと何この状況、え、もらっていいのコレもらっていいの何わたし何いまコレどーいう状況なのヲヲヲおちつけええええ
「え、こっ、いいた頂いてもいいいん、」
「頂くも何も…返されたところで、私は櫛なんて使いません」
嬉しくて泣きそう。あ、駄目。泣いたら駄目。面倒臭いって面倒臭いって。
私たぶん今日、人生で一番嬉しい日。
土井先生が私に櫛を買ってくれた。命より大事にする。これから毎日、縁日やればいいよ。
「ありがとうございます…」
照れ隠しなのか、先生は私の横を過ぎて少し先を歩き出した。私もそれに必死で付いてい行く。
しばらくして、前方を歩く彼はこちらを振り返らぬまま、ぼそりと一言。

「少し、妬きました…」



私、今日死んでもいい


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