一杯目の豚汁が底を尽きそうなところで、乱太郎が戻って来た。
「おかえりー」
「土井先生、もう戻ってたんですか」
「ああ、思ったより早く終わってさ」
乱太郎も先生に同じく、何も言わずに私の横へちょこんと座る。あら、この子も手伝ってくれる気なのかし。やっぱり心の優しい子だね乱太郎は。
「さっき金吾達と会ったんですよ」
「あ、ほんと? 団蔵達が店に来たけど、はぐれたって言ってたよ」
「そっか、団蔵達も来てるんだ…」
ぽやんと前を見る乱太郎。
…そうだよね、乱太郎だって縁日楽しみたいだろうに。友達の為にアルバイトを手伝うのは偉いけれど、子供なんだから我慢はよろしくない。
「乱太郎も行っといでよ。店番はいいからさ」
「え? いいんですか?」
「うん、せっかくだもん。いいですよね先生?」
「ええ、もちろん。乱太郎、好きなもの買っといで」
「やった!」
満面の笑みで立ち上がる素直な子。可愛いのう。
「せっかくですからななしさんも行って来たらどうですか?」
「え?」
予期せぬ先生の言葉に目を瞬かせる。
「でも、先生一人に店を任せては、」
「いえ、気にしないで下さい。乱太郎も一人で回るよりは二人で回った方が楽しいだろ?」
「はいっ」
子供らしく頷く乱太郎につい頬が緩む。
「…じゃあ、すみませんが先生、店の方よろしくお願いします。また戻って来ますので」
「楽しんできて下さい」
笑顔で先生に送り出され、いざ乱太郎と縁日へ。


人混みの間を乱太郎とはぐれないよう、手を繋いで歩く。
久し振りの縁日はなんだか新鮮でわくわくした。所狭しと並ぶ露店に目移りする。
「乱太郎、何か食べたいもんある? 私、焼ちくわ食べたい」
「ななしさん、ここぞとばかりに練り物ですね」
「だって、買って帰ったって先生の前で食べるの忍びないじゃん」
「私は焼そばが食べたいです」
「あ、いいね。私も食べたい」
焼そばの露店を探して辺りを見回す。
「お、あったあった」
案外すぐ側にあった。二人で列に並ぶ。先生の分も買っていってあげよう。
私達の前にたまたま並んでたのは、色素の薄いふわふわ髪の男の子。
「焼きそば、6つ下さい」
彼の注文に面食らう。だって彼は既に数本の焼トウモロコシを持っていて手一杯だったのだ。明らかに持てるはずがない。
「…あれ?」
乱太郎が前の彼をまじまじ見つめて呟く。
「伊作先輩?」
乱太郎の声に彼は振り返った。この子、乱太郎の先輩なのか。
「あれ、乱太郎。奇遇だね、こんなとこで会うなんて」
「伊作先輩、そんなに買い込んでどうしたんですか?」
「いや、それがさ…」
私の存在に気付いたふわふわ髪の彼。お互い手早く自己紹介する。
彼は善法寺伊作くん。乱太郎と同じ委員会の委員長で六年生だそうだ。訊けば、仲の良い六年生六人で縁日に来たのだけれど、あまりの人の多さに「六人で露店に並ぶのはちょっとなぁ…」という話になり、誰か一人がまとめて買いに出ることになったのだとか。
で、見ごと善法寺くんがその役を引き当てたと。
「まぁ、ジャンケンって言われた時点でそんな気はしたんだけどね…」
フッと遠い目をする彼。何だ、どういうことだ。
「なんでそんな気がしたの?」
「それは…私たち保健委員会が不運の星と呼ばれ、」
「言うな乱太郎っ」
急に眼鏡を不透明にさせてぼやく乱太郎の言葉を、善法寺くんは鼻を啜りながら遮った。
「んん、なんかよく分からんが運ぶの手伝うよ」
「へ? いや、悪いですよ!」
「気にしない、気にしない。どうせ一人じゃ持てないでしょ? あ、オジサン、私達も焼きそば3つ下さいな」
そんなこんなで三人で焼きそばとトウモロコシを運ぶ。
「勝手に決めちゃって悪いね乱太郎。あとでまた好きなもん奢るからさ」
抱えた焼きそば越しに乱太郎へそう言えば、
「いいんですよ。伊作先輩には普段からお世話になってますし、気にしないで下さい」
なーんて天使みたいな返答。本当に良い子だなもう! オバサンは君が大好きだ!

六年生らしき男の子たちのもとへ辿り着けば、みんなポカンとした顔で私を見ていた。
まぁそうよね。いきなり見知らぬオバハンが同級生と一緒に戻ってくれば唖然とするよね。
「ただいまー。トウモロコシと焼きそば買ってきたよ」
「いや待て伊作。それ以前に言うことが他にあるだろう」
一番にそう言ったのは、サラサラヘアの役者並みの美少年。すっげええ、あんな生徒もいるんだ。忍術学園ってばクオリティ高過ぎね?
「あ、ごめん。露店に並んでたらたまたま会ってね、こちら土井先生の、」
「噂の嫁か!?」
"土井先生"の単語にウキウキで食い付いて来たのは、瞳の丸い体格の良い子だ。
「すげえすげえ本物だ! 噂通り乳がデカいな、長次!」
目の前にいる私を指差して興奮気味に隣の子をバシバシと叩く。ちょ、なんだコイツ。大型の野生動物か。
長次と呼ばれた少し老け気味の男の子は、話題を振られて至極迷惑そうな顔をした。
「バカタレ! 初対面でそんなこと言う奴があるか!」
隈の濃い子が野生動物の後頭部をゴチンと殴る。気持ち少し顔が赤いところを見ると、おそらく彼は見掛けによらずシャイである。
「すみません、こいつ阿呆なもんで」
その横で、私に向かって苦笑しながら頭を下げる、瞳が切れ長の男の子。おおっ、よく見りゃなかなかイケメンだ。
「阿呆とはなんだ!」
「…阿呆だ」
ぼそり。相当な小声で、長次くんは吠える野生動物を批難した。
「色の濃い先輩方だねぇ、乱太郎…」
「私たち下級生にはもう慣れっこです」
「あ、そう」
まあこうやって並んで見れば確かに善法寺くんはマトモに見えるかもしれないね。うん。

そして恒例の自己紹介を終える。
超絶美少年は立花仙蔵くん、大型犬は七松小平太くん、寡黙な長身の子は中在家長次くん、隈の濃いシャイボーイは潮江文次郎くん、切れ長のイケメンは食満留三郎くん。…一気に覚えられっかな。
「あれ?乱太郎だ!」
不意にした声の方へみんなで目を向ければ、そこに、
「庄左ヱ門、伊助!」
縁日に来てたらしいは組のメンバーがこれまた二人。
「乱太郎も来てたんだ」
「うん。きり丸のアルバイトの手伝いでさ、今終わったところ」
「そっか。良かったら乱太郎も僕らと回らない?」
伊助の誘いにちらりと私を仰ぎ見る乱太郎。そんな気ぃ遣うこと無いのになあ。
「いいよ、遊んできな乱太郎」
「ありがとうございます!」
私より同級生と遊んだ方が楽しいもんね。私は乱太郎のその笑顔が見れただけで充分です。
庄左ヱ門達は乱太郎が私に視線をやってようやく、私達の存在に気付いたらしい。
「あっ、ななしさん!? それに先輩方も! すみません、私服なので気付きませんでした…」
「乱太郎をお借りします」
先輩方へ丁寧に頭を下げる二人。おお、土井先生の教育方針がよく見える。
「いいんだ、気にするな」
代表して返答したのは爽やかな立花くん。
一年生三人はハシャギながら人混みの中へ消えていった。

さーて、私はどうするかな。乱太郎の焼きそばは本人に渡したし、このまま先生のところへ帰ろうか。
「ななしさん、このあとのご予定は?」
立花くんがそのままの流れで声を掛けてくれる。
「んー、実は露店で豚汁やってたんだけど、先生に任せて抜け出してきちゃったからさ。このまま帰ろうかなーと思ってるとこ」
「そうですか。よければご一緒にどうかと思ったのですが…」
「え? ナンパしてくれんの?」
「まあ、せっかくの機会ですから」
「よっしゃあラッキー。オバサン、若い子達と歩けるだけでテンション上がっちゃうもんね」
私の言葉に食満くんが苦笑する。
「オバサンて…。まだ全然若いじゃないですか」
「うんにゃあ、もうオバサンもオバサン。ばばあだよ〜」
「私は全然アリです!」
「お前が言うと冗談に聞こえないからやめろ」
最後の七松くんと潮江くんのやり取りは軽くスルーしておこう。

食べ物はもう満足したから、遊戯系の露店を見て回る。
みんなで焼トウモロコシを食べながら歩いた。私だけトウモロコシを持っていなかったのだけれど、潮江くんがさりげなく自分のを真ん中で折って半分こしてくれた。うっかり惚れてまうやろ全く!
立花くんが金魚をすくいまくる横で善法寺くんのポイが何故かすくう前から破けたり、潮江くんと食満くんがすくったヨーヨーの大きさを競って喧嘩したり、中在家くんが綺麗に型抜き煎餅を作る横で七松くんが何度も粉砕したり。
こんなに楽しい縁日は初めてかもしれない。

充分に堪能したところで、そろそろ店へ戻ることをみんなに伝えた。
「え?もうですか?」
「うん。先生働き詰だろうから、そろそろ解放してあげなきゃ」
「なら、戻る前にせめてお礼をさせて下さい」
「へ?」
お礼? なんのお礼?
「今日一日、とても楽しかったので」
「い、いいよいいよ! そんな気ぃ遣わなくても! 私も楽しかったし! むしろお礼すんのはこっちだよ!」
「遠慮しないで下さいよ」
「遠慮するぐらいならもう少し居て下さい」
「遠慮されてもお礼しますけどね!」
「・・・」
「大した礼はしないので」
「だからまた遊んで下さい」
さ、さすがは最上級生。
めちゃくちゃ押しが強い…。

そんなわけで。
途中で小物屋を見付けたので、巾着を買ってもらうことにした。
「んー…どうしよっかなー…」
今使っている巾着がボロボロだったので願ったりだ。嬉しいなーどれにしようかなー。せっかく買ってもらうんだから、記念になるやつがいい。普段あんまり見掛けない柄はどれだろう。
うーんうーん…
うーーーーーん
巾着なんて滅多に買わないから、あんまり見比べたことが無い。どれも見たこと無い柄のような気がして来た。私ってばなんて残念な女。
「おい長次、ななしさんが不破みたいなことになってるぞ。どうにかしろよ」
「…なんで私に振る…」
「不破が不破ってる時、お前どうにかしてるだろ」
「不破ってるってなんだ…」
中在家くんが無茶ぶりされてる。ううっ、なんだか申し訳ない。ごめんよぅ。
「・・・」
中在家くんは商品をじっと見渡してから、一つの巾着を手に取った。
変わった赤い花がデザインの、シンプルだけど綺麗な巾着。
「…これがいい、と思う…」
「へぇ。さすが長次、センスいいな」
食満くんがそれを覗き込んで言えば、中在家くんがもそもそと補足した。
「これは、紅団扇だ…」
「紅団扇?」
なんて言ったのかよく聞き取れなかったのだけれど、七松くんが範唱してくれた。どうやらデザインになっている花の名前らしい。中在家くんて博識なんだな。
「…花言葉、」
「何、何? なんなの?花言葉」
わくわく。

「…"恋にもだえる心"」

「ぶっ!」
いやん、まさしく私じゃん!!
「オジサン、これ下さい!」
中在家くんの手から受け取って露店のオジサンへ渡す。気に入っちゃった! 即買い!
「…それから、もう一つ」
「え!? まだ何かあんの!?」
「・・・」
中在家くんの口がもそもそと動く。残念ながらよく聞こえない。

「"飾らない美しさ"か! なるほど、ぴったりだな!」

途端、七松くんが声を張り上げたのでびくりとした。

か…
飾らない美しさ…だと…!?

「さすがは長次。振って正解だな」
立花くんの言葉が拍車を掛ける。
私は、顔から火を吹いた。


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