縁日1


「縁日?」
「そう! 今度の休みに町向こうの神社であるらしいんスよ。一緒に行きましょう!」
「へぇー」
土井先生が大家さんのところへ家賃の支払いに行ってる間、昼ご飯の支度をしていたらきり丸にそう誘われた。
縁日か…そういえば子供の頃に行ったきり、久しく行ってないな。
「うん、いいよ。乱太郎達も誘って、みんなで行こうか」
「よっしゃ! そう来なくっちゃ! 乱太郎達はもう誘ってありますから、ご心配には及びませーん」
「えらく張り切ってんね」
「じゃあ気合入れて売り捌くんで、当日までに仕込みの方よろしくお願いしますね! あと当日はちょっと早めに現場に来て下さい。土井先生は乱太郎達と一緒にべっ甲飴を売って回るから、ななしさんは俺と、」
 は?
「いやいやいや、ちょ、待て、おかしいだろーが。今の誘い方のどこにそんな規約があったよ。入会詐欺の手口じゃん!」
「何言ってんですか! こんな銭儲けの機会、他に無いでしょ!」
「逆ギレ!?」
「今更断られたって俺、町の商工会に行ってななしさんの店番取ってきちゃいましたもん!」
「私に確認取った意味は何だ! 結局道連れじゃねーか!」
ただいまーと帰ってきた土井先生も私と全く同じ反応で、部屋の押し入れに知らぬ間に用意されていた大量のべっ甲飴を見て度肝を抜かしてた。
全くもう、我が弟ながら食えない奴。



店の営業の合間を見て、縁日に向けて準備する。現場で店を構えたり、必要なものを仕入れたり。
通常の開店時より何倍も忙しくて、あっという間に当日は訪れた。
私の露店は境内の二番目。入り口を入ってすぐだ。ある意味ここって老舗が並ぶべき場所なんじゃないだろうか…プレッシャーを感じなくも無い。場所からしてきり丸の張り切り具合がよく分かる。
昼ご飯を食べ終えたあと、縁日の責任者の方々へ挨拶してから調理開始。
「ななしさん、間に合います?」
「おーおー間に合わせてやろうやないの。可愛い弟の為に」
銭儲けの為に動く時のきり丸は凄まじく手際が良い。無難に豚汁を販売しようと前日から仕込みをしておいたのだが、きり丸が手伝ってくれた為にかえって調理が早く終わり過ぎてしまった。縁日なんて夜がメインなのに、これじゃあ夜までに冷めてしまう。まあ温めれば良いだけの話なんだけど。気持ち少し焦り過ぎたな。
「時間、余っちゃったね」
「もう一つ作り置きしましょう!」
「へっ?」
今から!?
「こんな大儲け出来る日に暇を持て余すなんて、もったいない!!」
「や、でも、あんまり作っても余っちゃうかもしれないじゃん」
「大丈夫! 俺が売り捌いてみせます!!」
確かに、きり丸の辞書に"売れ残り"の文字なんて存在しないだろうけど…今から作って間に合うのかっていう…
「考えてる時間も勿体無いですよ! ホラ、早く!」
「わー!はいはい!」

意地と根性で急遽、もうひとつ豚汁を作り置きした。人間、やれば出来るもんだ。
予想だにしなかったから、明日からしばらくのあいだ店のメニューから豚汁が消えるよもう。材料、発注掛けとくんだった。
気が付いたらすでに夕方で、縁日に来た人がちらほらしている。
「きり丸ー、ななしさーん!」
向こうから大量のべっ甲飴を抱えた三人衆がやって来た。
「おお! 乱太郎、しんべヱ、久しぶりぃ」
「お久しぶりです」
「みんな早いね。もう売り出してんの?」
「僕たちは今来たところですよ〜」
のほほんと答えるしんべヱ。ああ何度見ても癒されるな、この子。
「ななしさん、なんだか売る前から疲れてませんか?」
土井先生が心配の声を掛けてくれる。ううう優しさが身に沁みるっ。
「いやあ、それが…」
「あっ!」
私を疲れさせた張本人が急に大声を上げたもんで、思わず肩が跳ねた。
「なんだよ、しんべヱ! 売り物のべっ甲飴、半分無いじゃんか!」
「だって…我慢出来なかったんだもん…」
ありゃりゃ、しんべヱらしい。辛抱たまらず食べちゃったのか。そりゃまあ、縁日にべっ甲売りをしんべヱにやらせる方が無理ってもんですよね。
「ったく、ちゃんと銭払えよー?」
「分かってるよぅ」
きり丸へしぶしぶ銭を渡すしんべヱ。友達だから奢るよー、なんて言わないところがまさしく銭亀だなコイツは。
「ななしさん、ここ一人で任せちゃっても大丈夫スか? 俺、豚汁売りに回りたいんスけど」
「ああ、うん。いいよべつに」
「じゃあ俺と一緒に売り歩こう、しんべヱ」
そーゆーコトかい。しんべヱの見張り役すんのね。

かくして、土井先生と乱太郎はそれぞれ単独でべっ甲飴を売りに、きり丸としんべヱは二人一緒にべっ甲飴と豚汁を売りに、私は露店で豚汁を売ることになった。



「すみません、豚汁二つ下さーい」
「はーい」
お客様第一号。よくよく顔を見れば、
「…あれ? ななしさん?」
「あ、久々知くん! 久し振り!」
色白美少年の久々知くんだった。随分ご無沙汰だ。
「ここ、ななしさんの店だったんですね」
「うん。確か久々知くん豆腐好きだったよね、多めに入れたげる」
「ありがとうございます!!」
そんな久々知くんの隣には、目をぱちくりさせてるボサボサ頭の少年が一人。久々知くんの袖を引っ張って「誰?誰?」と小声で訊ねている。
「なぞのななしさん。土井先生の…えーと…奥さんだよ」
「え!? あの三郎が言ってた!?」
なんかだ今、良からぬ一言が聞こえた気がする。情報源がツンデレ名人の時点で私に対して確実に変な知識しか持ち合わせてないだろコレ。
「俺、三郎とクラスメイトの竹谷八左ヱ門です!」
ニカッと笑う顔が能天気で男前。こういうワイルドな子は結構好きだ。
「おう。よろしく、竹谷くん」
「ハチでいいです。みんなそう呼ぶんで」
「よろしくハチ」
あっハチってばずるい、なんて久々知くんが隣でボソリと呟いた。たぶん無意識だ。相当小声だったから。
「よろしく兵助」
軽いノリで久々知くんにそう言えば、彼はもともと大きい瞳を更に大きくして見せた。心なしか顔が赤い。うわああその反応やめろよ可愛すぎる!
「ブッ!」
私よりも先にハチが噴き出した。
「うわっはっは! 兵助が照れてる!!」
「う、うるさいな!」
「ハチってばデリカシー無さ過ぎ! 笑うんじゃありませんよ! 釣られて笑っちゃうだろ!」
「ななしさん最後本音漏れてますよ!」
よそい終わった豚汁を渡してお代を頂く。忘れなければまた帰りに立ち寄りますね、そう言って二人は先へ歩いて行った。


「こんばんはー!」
次に来たのは団蔵と虎若の二人だった。
「おっ、久しぶり〜。今日は二人で来たの?」
「金吾と喜三太も居たんですけど、はぐれましたー!」
ヲヲヲイ虎若ってば清々しい笑顔で何言ってんの。それでいいのか!?
「ここ、豚汁しか無いけど、」
「買う気は無いけどななしさんの姿が見えたんで寄ってみました!」
もっとさりげなく断れえええ! オブラートに包む気の欠片も無いよ団蔵!
「…しゃあないなぁ、もう。きり丸には絶対内緒だかんね」
サービスで豚汁を二杯よそって渡す。
「ななしさん、やっぱり優しいですね!」
「調子いいなぁ」
土井先生ってば普段いったいどーゆー教育してんのか。末恐ろしい子達だな全く。
「ここで食べてきなよ? きり丸も来てるから、うっかり会ったら大変だもん」
「はーい」
「きり丸はななしさんの店、手伝わないんですか?」
「ううん、売り歩いて回ってる。乱太郎としんべヱと土井先生もべっ甲飴持って回ってるから、もしかしたら会うかもよ?」
「そうなんだ」
二人は豚汁をぺろりとたいらげてから、ご馳走様でした!と意気揚々に縁日の中を進んで行った。


場所が場所だけに売れ行きも好調だ。
このペースならあっという間に全部売れてしまうかもしれない。きり丸の言う通り、鍋二杯分作り置きして正解だったな。
一杯目が半分ほど売れたあたりで、土井先生が一人早々に戻って来た。
「あれ? 先生、もう完売したんですか?」
「ええ。思っていた以上に人の数が多くて」
そう言って私の隣に座る先生。何も言わずに店を手伝ってくれるあたり、やっぱり紳士。
「先生ってば商売上手ですね、きり丸より早く帰って来るなんて。私はてっきり、きり丸が一番乗りかと思いました」
「きり丸には勝てませんよ。たぶんしんべヱを見張ることに必死で、思うように商売出来てないんじゃないですかね」
ああなるほど。さすが土井先生、生徒の行動をよく分かっていらっしゃる。
「ななしさん、大変でしたね。仕事の合間に露店の準備をされたんでしょう?」
「ああ、まぁ。可愛い弟の学費の為ですから。お安い御用ですよ」
「本当に大変な時は、きちんと断って下さって構いませんので…。甘やかし過ぎてもあの子の為にはなりませんから」
「そういう先生こそ、やらなきゃならない仕事が残ってらっしゃったんじゃないですか? べっ甲売りさせられるとは思って無かったでしょう?」
「私はもう慣れっこですから」
「ははっ、大変ですね」
「アイツのおかげで胃が痛む回数が増えましたよ」
「…先生、そうおっしゃいながらなんだか嬉しそうです」
「え?」
「土井先生はいつもきり丸のアルバイトを手伝う時、なんだかんだ言いながら楽しそうですよ」
「そ、そうですか?」
「ええ。私も独り暮らしが長かったんで、なんとなく分かります。私が知ってる中で、先生はきり丸といる時が一番楽しそうです」
「・・・」
「一人じゃなくなれば苦労も増えるけど、賑やかな方が良いでしょう。私も今、そうですし」
「…あなたには敵いませんね」

「イチャついてるところ悪いんですけど、豚汁くれませんか」
忘れもしないその声に顔を向ければ、此処で逢ったが百年目と言ってやりたい客が居た。
「ツンデレ名人!!」
「誰ですかツンデレ名人て」
彼の横には、同じ顔をした人当たりの良さそうな男の子が佇んでいた。…あ! 噂の"雷蔵"か!
「なぞのななしさんですよね。初めまして、不破雷蔵です」
ニコニコニコ。なんだこの癒し系、尾浜くんと良い勝負じゃん。同じ顔なのに全然似てねーじゃねーか!
「なんでお前はそんなに気怠そうな顔してんの!?」
「は!? 初対面じゃあるまいし、いきなりなんですか!」
「そんなことはどーでもいいんだけど!」
「え? いま私が話題振られてましたよね?私が振られてましたよね?」
「お前、私の変な噂流してるだろ!」
「変な噂?」
「乳のサイズとか!」
「事実じゃないですか」
「間髪入れず認めんなああ!」
私が三郎と言い合いをしてる横で、土井先生が不破くんへ豚汁を手渡していた。

「ななしさん可愛い人ですね、先生」
「…時々、子供なんだ」
あれ? これってデジャヴ?


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