噂とデドコロ


店も軌道に乗り、だいぶ繁盛してきた。
「ただいまー」
「おかえり。出前、重かったでしょ」
「重い重い! バイト料、弾んでくださいよー?」
「分かってるって」
今日は大口の仕出しがあって人手が足りなかったから、きり丸にバイトの依頼をした。たまたま忍術学園の休日と重なってたからラッキーだ。
ちなみに土井先生は仕事が忙しくて学園に居残り。まあ、よくある。
「他に持ってくところは?」
「無いよ。今日はもうこれで終わり」
「毎度ありー!」
洗い物しながら答えた瞬間、手のひらを突き出してくる現金な弟。まだ売上の勘定もしてないってのにフライングし過ぎだっつの。相変わらずだなぁもう。
「待ってろって。これ、終わってからね」
「うぃーす」
カウンターに座り、私の作業を退屈そうに眺めてくる。手伝いを求めるのはよしておこう、どうせバイト料に上乗せされるから。
「なんか昔を思い出しますねー」
「昔?…ああ、私が前に店やってた時?」
「そう。こうやってななしさんの店にバイト来てた頃」
懐かしむほど昔のことかよ爺臭いぞ、とツッコみかけて引っ込める。
確かにもう、懐かしむほど昔のことかもしれない。私が土井先生の家に来てから随分経った気がする。あっという間だったけど。
「あの頃はななしさんがこんなに身近な人になると思ってなかったなぁ」
ぼんやりと呟かれたその言葉は私にとっても同じ。あの頃はきり丸とこんなに親しくなると思ってなかった。ただのバイトとその雇い主だったのに、今ではもう身内同然だ。
「ちょっと早いんだけどさ、今日はもう店閉めて一緒におやつでも食べよっか」
「あ、マジですか? ラッキー!」
思い出してたらちょっと懐かしくなった。あの頃はバイトが終わった後きり丸と一緒におやつ食べてたなぁなんて考えて、勢いで誘ってみる。
「うっし、洗い物終わり!」
食器を突っ込んだ水切り桶を隅に追いやり、スペースを作る。確か白玉粉をどこかに買い置きしてたはず。
あ、その前に閉店作業か。
「すみませーん」
そこへ運悪く一人のお客様がご来店。あららタイミング悪い。でもしゃあない、追い出すわけにもいかないから接客せねば。
「いらっしゃいませー」
店の入り口に目をやれば一人の少年がこちらの様子を伺い中。おや、この子、見たことあるぞ。ええと、きり丸の同級生だよ確か。剣術が得意なのは覚えてるけど…名前何だったっけ。
「あれ? 金吾じゃん。どした?」
きり丸がカウンターから腰を上げて近寄ってく。ああそうそう、金吾だよ金吾。思い出した。
「え? きり丸にななしさん、どうしてここに?」
「どうしてって、ここななしさんの店だよ」
「あ、そうなんだ」
「金吾の方こそどうしてここに? 昼飯にはちょっと遅いだろ」
「う、うん…それが、今日戸部先生が出張から帰ってくるって聞いて、町まで迎えに来たんだけど、」
途端、店の入り口を横切るように一人の男性が ゆらり と姿を現した。
「ハラ、減った…」
ば た り
金吾の背後で鮮やかに転倒する男性。ええええ!?
「ちょ、アレって行き倒れじゃ…!」
「ああ、そういうこと」
私の焦りをヨソにきり丸が溜め息を吐いて何か納得してる。
「うん、そういうことなんだ…」
え、え、何よどーゆーこと!? オバサン、状況に全く付いてけないんですけど!
「ワケ分からん!説明してよ二人とも!」





「すみません。助かりました…」
「いいえ、とんでもない」
倒れた男性は忍術学園剣術師範の戸部新左ヱ門先生。子供達二人に流されるままおにぎりを作り、倒れた戸部先生の口元に運べば、まるで排水溝に流れる水の如くおにぎりが吸い込まれていった。確実に寿命縮んだ。私が。
かくしておやつのお供が増えた。
今は四人でテーブルを囲み、白玉をつまんでいるところだ。
二人の話によれば戸部先生は天下の剣豪だけれど空腹になるとウサギ並らしい。
「・・・」
白玉を口いっぱいに詰めながら知らずしらず戸部先生をガン見してしまう。こうして普通にしてれば隙の無い男前な先生なんだけどなぁ。最初からこの戸部先生に会ってたら、子供二人に空腹ウサギの話されても私きっと信じなかったよ。第一印象が第一印象だっただけになんとも残念。
土井先生にも雅さんにも失礼かもしれんけど、どうして忍術学園の先生方ってこうイケメンなのにどっか抜けてる先生ばっかりなんだろ。だから生徒も久々知君や三郎みたいな"もったいないイケメン"を量産しちゃうんじゃねーの?
あ、シナ先生は別。
「あ゛いでっ」
戸部先生に釘付けになっていたら、私の不埒な思考を察したかのように、隣に座ってたきり丸が脇腹を肘で突いてきた。
「しかし良かったです。ここがななしさんの店で」
話が早くて助かった〜、と笑う金吾。いや、店の前で行き倒れになられたら私じゃなくても助けたと思うよ。
まあ、この店が定食屋だったってのは確かにラッキーかもしれないけど。
「助け賃、いくらにします?」
きり丸がさも当然のように私に訊ねてくる。
「何言ってんの。銭なんて取るわけないっしょ」
「ええ!? タダで人助けぇ!?」
「阿呆なこと言うんじゃないよお前はー。普段お世話になってんでしょ?」
「いえ、きり丸の言うことは正しいです。おにぎり代、支払いますので…おいくらですか?」
それみろ、戸部先生が気ぃ遣っちゃったじゃん!
「いえいえ! 本当に結構ですから! 変な話、今日の仕出し用に炊いて余ったヤツでしたし」
「しかし、甘味まで頂いてしまいましたし…ここまで貴方に世話になっては、学園で土井先生に申し訳が、」
「いやいやほんと、土井先生関係無いですから! 白玉も思ったより買い置きがあったし、みんなで食べた方が美味しいですし! ね、きり丸!?」
「白玉代は別料金が良いと思います!」
「空気読めよオメーはよぉ! 度が過ぎるとオメーから銭取るぞコラ!」
「ほめんらはい!ほめんらはい!いはい!はなひれ!」
目の前でケラケラと笑う金吾に、笑うなよ、とバツが悪そうに呟くきり丸。
戸部先生はそんな子供達を眺めながら柔らかく微笑んだ。
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」
自分用の白玉を食べ進める戸部先生。その隣に居る金吾がもちもちほっぺに白玉を詰め込みつつ、私に笑い掛ける。
「ななしさんは噂通り土井先生にそっくりですねー」
「あ、やっぱり? よく言われるんだソレ」
ケッコーいろんな人から言われます本当。最近は『似た者夫婦ですからね!』なんて切り返しの冗談を自分の中で決めちゃってるぐらい。
あ、そうだ。この際せっかくだから訊いちゃおうかな。
「ねえねえ、私、前から気になってたんだけどさ」
「はい?」
「私って学園でそんな有名なの?」
「そりゃもちろん!」
金吾に訊いたらきり丸に返された。まあいいか、この際どっちでも。
「噂って、どんな噂?」
「いやぁ、そのまんまですよ。土井先生がついに身を固めたらしい、って」
「あーあー案の定間違ってんのかい」
「新婚ラブラブらしい、とも!」
「・・・」
隣のドケチを横目で見やる。噂の出所として一番疑わしいんだよなコイツ。
「あ! ななしさん、俺を疑ってます!?」
「うん」
「迷いなく頷かないで下さいよ! 俺じゃありませんて! 自然に流れた噂ですそれは」
えー…本当かし。
「土井先生、頻繁にななしさんの話するから自然に流れたんだと思いますよ、たぶん」
疑惑の目できり丸を眺め続けてたら金吾がフォローしてきた。金吾が言うならまぁホントかな、信じようか。
今なにか差別を受けた気がする、ときり丸が小声で呟いたけど無視しよう。
「でもそれ、君らが土井先生に私の話題を振るからでしょ? 話題振られたら話さないわけにいかないじゃんか」
ちょっとしたハメに遭ってるわけだ。先生、可哀想に。
実は前からずーっと気になってた。学園で私のことが噂になってるって聞いた時、ああ土井先生になんて迷惑掛けちゃったんだろうと思った。私を引き合いに生徒達から冷やかしを受けてるんだろうなと思って、先生が家へ帰って来るたび、いつか謝らなきゃなぁと思ってた。でもいざ本人を目の前にしたら「押し掛けて来たくせに何を今更」って言われるのが怖くて、その話題に触れられないままいつも終わってしまう。
「それは、違うと思います」
戸部先生が急に話題に入ってきたからビビる。え、違う?
「土井先生はいつも自分から貴方の話をされています。生徒の前だけに限らず、私達の前でも」
エ。
「う、嘘だぁ…」
「それに、」
「それに?」
「貴方の話をされる時、彼はいつもとても楽しそうだ」
「・・・」
たっぷり三秒は硬直する。
え、う、えええ、え!?
「ままままたまたまたまた戸部先生ってばばばご冗談がおおお上手ででで」
「ななしさんてば素直じゃないっすねー。戸部先生が言ってることはホントっすよ」
「戸部先生は嘘を吐きません!」
子供二人に追い打ちを掛けられて軽くパニックに陥る。
えええそんな幸せすぎる話無いじゃん無い無い絶対無いって有り得ないって都合良過ぎるだろだってそれって要約したら普段土井先生は学園で自分から楽しげに私の話をしまくっててだから新婚ラブラブとか素敵な噂たてられちゃってるってそーゆーことなわけだろなんだよもう嬉しすぎるやら恥ずかしいやらいいやでもやっぱり有り得ないきっとみんなして私をからかってるんだドッキリに掛けようとしてるんだもしくは夢だ欲求不満過ぎて脳味噌可笑しくなってんだ絶対そうだそうに違いない早く目覚めろ私!!!!!
「落ち着いて下さい」
何も言えずに顔から湯気を出してたら戸部先生に宥められた。
「落ち着いてます!夢の中の戸部先生!」
「いや、夢じゃないですってば」
金吾に溜め息を吐かれる。そんな、夢じゃなければなんだっての。
「現実です」
隣からきり丸の冷めた声。
「ちょ、私の脳内と会話すんのやめてくんね? 羞恥心で死ぬ」
土井先生が…あの土井先生が…自分から私の話…自分から…んん。
あれっ駄目だ、やっぱ想像つかねーわ。
「ごめん、どうしても信じらんない。普段どんな風に私のこと話してんの? あの奥手の塊みたいな人が」
「うわあ…すげえ言われ様…」
「私が耳にしたのは、料理が上手いことと明るいことです。貴方が自慢なのでしょうな」
金吾に訊ねたつもりが戸部先生にすまし顔で返答されて、なんだかもう頭が爆発しそう。茹でられてる時の蛸ってこんなにあっつい思いしてんだろーか。
「でも土井先生、自分ではななしさんのことを自慢してるつもりないんですよ。無自覚なんです。けど僕達からしてみれば惚気にしか聞こえないわけで…そりゃあ新婚ラブラブだーなんて噂もたちますよ。たたない方が不自然だと思います」
金吾ちゃんてばなかなか言うね!トドメだよそれ。
「すみません、ちょっと穴掘って潜ってきます…」
恥ずかしさのあまり逃げに走る。四人分の水を汲んで来ようと席をたった瞬間、きり丸が口を開いた。
「俺は、上級生の間で『土井先生の嫁は乳がデカいらしい』って噂が流れてること、団蔵から聞いた。出所は分かんないけど」
…ちくしょう!
あのツンデレ名人、次に会ったら一発ぶん殴ってやる!


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