常連客の教え
みんなが学園に発って翌日。
今日からまたしばらく一人で生活することになる。さあて!今日も一日頑張ろうか!
「・・・あ」
職場でいつものように開店準備をしようとしたら、昨日三郎と食べたご飯の食器が水切り桶に突っ込まれてた。面倒臭いから開店準備の時に片付けようと思って、洗ってそのまま放っといてたんだ。
あーあすっかり忘れてた…。朝からテンション下がる。まあ自分でやったことだから仕方ないんだけど。
「もうやだ…どうして片付けなかった自分…」
「片付けぐらいなら手伝おうか?」
「ぎにゃあああ!」
私一人しかいないはずなのに、急に背後から肩を叩かれた。鼻から魂抜けかけて慌てて吸い込む。
「ぎにゃあああ、って…凄い声出すね」
「い、いきなり何すんっ」
心臓止まり掛けながら振り向くと、そこに黒い忍び装束が二匹。ああやっぱり
「雑渡さん!」
「そこまで露骨に驚かなくたっていいじゃない。おじさん、ちょっと傷付いた」
「驚くに決まってんでしょーが! ちょっとどころか派手に傷付け!」
「組頭ってば…だから言ったのに。正面からちゃんと入って来ないとまたななしさん怒らせるだけですよ、って」
「そんなこと言ったって。私達は忍者なんだから正面から入ってきたら目立つじゃないか」
「むしろ目立て! ちょ、もう、駄目でしょ尊くん! コレちゃんと見張ってないと!」
「無茶言わないで下さいよ! 私、部下なんですから! ていうかうちの組頭を犬みたいに言わないで下さい」
正面から入って来ないことは百歩譲るとして、気配を消す必要があったのかって話だ! そのうちタソガレドキ城に慰謝料請求してやるチクショウ。
この二人はいつもそう。
出会ってからたびたび食べに来てくれる常連客なんだけど、現れ方が迷惑なことこの上ない。毎度気配を消して背後に忍び寄ってくる。いくら注意しても直りゃしない。忍者は気配を消すのが基本、とかワケ分からんことを言ってるけど、確実に私をからかってるだけなんだこのオッサンは。
いつか肩を叩かれる前にその気配に気付いてやるのが私の密かな目標である。そんで「きゃあ、びっくりして手が滑った」とか言いながら振り返り様おでんをぶっかけてやるんだ!
「…今、何か寒気がした」
「え?雑渡さんてば風邪ですか?」
「いや違うけど…ななしちゃん、何か恐いこと考えなかった?」
「んなワケないですよーあははは。雑渡さんてば自意識過剰なんだからー」
「ごめん、謝るから辛辣なのやめて…。こう見えて本当に傷付きやすい」
ちっとも傷付いてないような態度で客席に座る雑渡さん。尊くんも呆れ顔で彼の正面に座る。
「いつもの、二つね」
「はいはい」
初めて会った時に出してあげたうどんを雑渡さんは大そう気に入ったらしい。あれ以来、ここへ来るたびうどんを注文してる。
「こんな早くから来てくれるのは嬉しいけど、二人とも朝ご飯は城から支給されないの?」
「されますよ。ただそれがあんまり好きじゃない献立だった時、組頭はここへ来るんです」
「ええ、そうなの? 駄目ですよ雑渡さーん、食べ物好き嫌いしたら」
「ななしちゃんが城で毎日作ってくれるなら食べてもいい」
「あらまー朝からお上手ですねー」
「つれないなぁ。結構本気なのに」
「雑渡さんが土井先生だったら尻尾振って付いてきますよ」
「やだやだ、感じ悪い」
雑渡さんとの会話は常時こんな感じ。私の勝手な推測、彼もおそらくモテる気質だと思う。オヤジ発言スレスレだけど、会話の端々に女性馴れしてる感が滲み出てる。
要するに本気だって言いながら九割が冗談だ。まぁ、会話してて楽しいから良し。
「私もついでに自分の作っちゃおうかなー」
「ななしさんも朝ご飯まだなんですか?」
「うん。こんだけ早い時間ならどうせお客もまだ来ないし、朝ゴハンご一緒させて下さいまし」
口を動かしながら三郎が食べて行った食器を片付ける。おっし、これで調理台の上が少し広くなった。
「…あれ?」
「はい? どうしました?雑渡さん」
「ななしちゃん、着物新調した?」
うはぁ、雑渡さんてば目ざとい。細かいところによく気が付く男性はモテるけど、さすがにちょっと細かすぎやしないか。職業病なのかな。
「いいでしょこれ、土井先生が繕ってくれたんです」
「ああ、だから縫い目が増えてるのか」
「ってか、よく気付きましたね」
「んー、まぁ。でもそれ、繕うほどボロボロだったっけ?」
やだもう、普段どこまで観察されてんだ私。ちょっと恥ずかしいじゃねーかァァ。
「ちょっと破いちゃって〜」
「破いた? なんでですか?」
尊くんが素直に質問してくる。いや確かに今の説明じゃ疑問に思うかもしれんけど…訊かないでくれんかな。正直、説明するの面倒臭い。話すと長いんだもん。
「面倒臭がらないでよ」
「え、何故分かりました」
「また口に出てた」
「マジですか。やべぇ私これ痴呆始まってるわやっぱ」
今日からボケ予防に指先体操しよう、そうしよう。
とりあえず、三人でうどんを食べながら昨日のことを話した。
「で、そこでまさかのツンデレ王子が助けに入り、」
「ツンデレ王子って?」
「忍術学園五年生の変装名人なんです」
「…あぁ、あの子か」
「鉢屋三郎ですね」
「え、二人とも知ってるの?」
「いつだか手合せしたよ。あれは将来有望だね」
けろっと言ってのける雑渡さん。
上から目線てことは、もちろん三郎が負けたんだろうけど…。三郎、あんなに強いのに。やっぱ雑渡さんて凄いんだな。
「で、王子に肩貸してもらって帰って、先生と仲直りして、」
「ふんふん」
「先生、私が寝てる間に服を繕ってくれたんです」
言葉の最後でへにゃりと顔が緩む。今思い出してもやっぱり嬉しい。へへへ。
「寝てる間? 仲直りのねやごととか無いの?」
「あっはっはー雑渡さんてば寝惚けないで下さい。そこまで関係が進展してたらこんなに悩みませんが?」
「え!? そうなの!? まだ宙ぶらりん!? 私はとっくに結ばれてるもんだと思ってたよ!」
「何故そうなる」
「だったら私にもまだチャンスあるね」
「初めから無いです」
「あ、派手に傷付いた」
「私は納得いきません!」
いきなり尊くんから大声が飛び出したのでびっくりした。な、何? 何が納得いかないって?
「土井半助はななしさんの想いに応えないまま、これだけ長い間ななしさんを自分の側に置いてるってことですよね。失礼だと思います!」
「は? いや、だって私が勝手に居座ってるだけだから別に何も、」
「だとしても身の回りを世話してもらってるんだから、せめてななしさんが家を飛び出したあとすぐ追い掛けるべきです!」
真っ直ぐな瞳で真面目くさって言われるとどうしていいもんか分からない。うーん、どうしよう。尊くんてば、忍者のくせしてちょっと真っ直ぐ過ぎやせんか。
「そうすればななしさんが危険な目に遭うこともなかったのに…」
私の困惑を見て温度差が恥ずかしくなったのか、急に俯きがちに小声で話す彼。
な、なんて良い子なんだ。おばさん感動したよ! 良い子良い子してあげたいけどさすがにそれはプライド傷付けるよね、彼19歳だし。
「ありがとう尊くん」
「い、いいえ…」
「…そういえば三郎も土井先生におんなじこと言ってた」
「へぇ。年齢の割に大人だね、ツンデレ名人」
「いやいや雑渡さん、ツンデレ王子と変装名人が混ざっちゃってます。ってかわざとでしょ」
「鉢屋三郎に限らず、周りはみんなそう思いますよ」
「そ、そうかし…。私が悪いわけだから、土井先生が追ってこないのは当たり前だと思うけどなぁ」
「いや、私は尊奈門が正しいと思うな」
「えええ雑渡さんまでー」
「先生はそこで追い掛けるべきだったよ」
「だ、だけど私はたとえ先生が追い掛けて来たとしても、助けを求めなかったと思いますよ。だって面倒臭い女になりたくないし」
「「え」」
「え?」
キレイなほど目を点にする二人。何だよう。そんな奇異な目で見ないでくれよおおお。
「い…いやいやいや何言ってるんですかななしさん、そこは助けを求めましょうよ」
「ってか普通は求めるよ」
「え? だって、ピンチの時だけ縋ってくるとか現金な女と思われない?」
「思いません。ていうか、かえって縋られないと『頼りにされてないんだ』と思って凹みますよ、男は」
「まぢ!!?」
「…ひょっとしてななしちゃん、土井先生と仲直りした時も泣かなかったの?」
「泣かなかった…」
「あちゃああ。それはやっちゃったね」
「私、やらかしちゃってます?」
「うん。だいぶやらかしちゃってるよ」
「でっでも泣いたら面倒臭い女じゃないですか? 場の空気盛り下げるでしょ? テンション下がるでしょ? 泣かれない方が良いと思いません? それにホラ、私が弱い部分を見せたら土井先生が私に甘えられないじゃないですか。私は土井先生にとって癒しというか…支えになりたくて傍に居るわけだから、私が強靭でないと、」
「はんっ」
「ちょ、なんで今鼻で笑ったし! 私すげぇ真面目に訊いてますよコレ」
「ななしさんて案外男心に疎いんですね」
「もはやただの罵倒じゃん。教えて教えて、私間違ってる? 私、昨日もツンデレ名人に同じこと言われたんだよね」
「あのねななしちゃん。男はさ、好きな子にはむしろ泣かれたいし、頼られたいし、甘えられたいんだよ。そういう部分を少しも見せてもらえないと、逆に心を開いてくれてないのかと勘違いするよ」
「そうなんですか!?」
「うん。そりゃあたまには男側が甘えたくもなるけどさ、そんなの本当に凹むことがあった時とかで、そうそうありゃしないよ。七割方は頼られたいね」
「うわっ、この年になって恥ずかしいけど勉強になりました。ありがとうございます」
「ななしちゃん、損してるね。知らず知らず土井先生との間に自分で壁を作ってたわけだ。先生としては自分を頼ってくれないから、ななしちゃんに甘えることも出来なかったんじゃないの?」
「え? あ、でも、ちょっと待ってください。その理論て好きな子に対しての理論ですよね。好きじゃない子に対しては別なわけですよね」
「ああ、まあね」
「じゃあ私、当てはまらないですよね」
「「・・・」」
「何故そこで黙る」
「…この場合、どっちが大変だと思う? 尊奈門」
「あ、うどんご馳走様でした」
「二人とも無視すんなや! 誰一人として会話のキャッチボール出来てねーよ!」
「とりあえずあれだな、私か尊奈門に変えなさい。甘え放題だから」
「誰か通訳! 通訳! 会話通して!!」
「な、何言ってるんですか組頭!」
「お前、本当に正直だねぇ。そこには食い付くんだ。顔赤いよ」
だああもういいや面倒くせぇ!
「食べ終わったんなら銭払ってさっさとお引き取りくださーい!」
「…やっぱりつれないなぁ。結構本気なのに」
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