猶予


久しぶりに全力疾走した。いろんなものを振り切りたくてがむしゃらに走る。
辿り着いたのは町外れの橋の上。
そこでようやく立ち止まり、橋の上から川を覗き見る。
「はああぁ」
あっという間にこんなとこまで来てしまった。
つっかれたー。こんなに身体を動かしたのはくノ一以来かもしれない。身体なまってんなあ。
「…もちょっと女を磨いときゃ良かったなあ…」
水面に映る自分にがっかりする。この歳になって恋愛で四苦八苦することなんて無いと思ってたから、大した女磨きもしてこなかった。まあ、くノ一だった当時ですら女としての魅力はゼロに等しかったんだけど。
「爽快にフラれちゃったよー」
どうせ他に誰もいないから、がっかりな自分へ話し掛けてみる。私ってば相当イタイ子だ。
フラれたけど、物の見事にフラれちゃったんだけど。
やっぱり私は土井先生が好きだ。
この気持ちはどうしたらいいんだろう。どこへやったらいいんだろう。恋愛なんて久し振りすぎて、気持ちの消化の仕方も忘れてしまった。
これだから恋愛は嫌い。相当なエネルギーが必要だから、面倒臭がりの私には苦以外の何ものでも無い。
「・・・」
他にもっと上手いアプローチの仕方があったんじゃないだろうか。
無かったとしても、もっと上手く立ち回れたら良かった。
恋愛ごときで右往左往する歳でもないのに。どうしてこんなに下手くそなんだ私は。
ああもう馬鹿みたいだ。何もかも。
夜空を見上げたら、綺麗な満月がぽっかり浮かんでた。
「これからどうしよ…」
これがメロドラマとかだったなら、私の姿を見て勘違いした素敵な王子様が「身投げなんていけません」とか言いながら現れたりするんだろう。
だけど無い、それは無い。そんな乙女な妄想で生活出来るほど、世の中そんなに甘くない。
とりあえず懐から財布を取り出してこれからの遣り繰りを計算する。感傷に浸っていては前に進めないから、他のことで頭を埋め尽くそう。
破格で店を売った、ときり丸には言ったけど、実は女一人の身には充分過ぎる額だった。数日間はこれでなんとか食い繋げるだろうな。だけど無限なわけではない。早いとこ何か職を見つけなければ。出来れば住み込みがいい。
「…どこかの女中かな」
それが妥当な線。今の時代、女がすぐに働ける場所なんて初めから決まってる。
とりあえず今日はどうしようか。町に戻って何処か空いてる宿がないか探そう。
何処も空いてなかったら…野宿は無理だな。女一人じゃ夜盗に身包み剥がされて銭持ってかれちゃうだろうし。忍具の一つでも持ってれば良かった、着物は駄目になっちゃうけど塹壕掘って寝られたのに。
まあいいや、あとで考えよう。とりあえず行動してみて駄目だった時にまた考えよう。
橋の手すりから身を離したその時
「身投げなんていけません!」
遠くから聞こえたメロドラマな台詞。
振り返れば、そこに
「…出た、王子様」
まさかの土井先生だった。
「早まらないで!」
先生は私の前まで来ると、私の着物の端を掴んで膝をついた。呼吸が荒くて汗びっしょりだ。
「ま、間に合ってよかっ…」
え、どうしよう。先生ってばたいそう必死なんだけど、なんだこの温度差。身投げなんてこれっぽちも考えてなかったんですけど。今から慌てて身投げすることにしようかな。
「こんなところに居た…」
膝をついたまま私を見上げる先生。その安堵の表情に思わず心臓が高鳴った。ひょっとして私を探してくれたんだろうか。
心配、してくれたんだ。
「王子っつーより、悪魔だなぁ…」
好きでもない女に優しくするとか、どれだけ残酷なんですか貴方は。
「? なんのことですか?」
「いえ、こっちの話」
呼吸が落ち着いてきたらしく、そのまま先生は立ち上がった。先程まで見上げられていたのに今度は一気に見下ろされる。やっぱ背ぇ高いな。
「離していいですよ。身投げなんてしませんから」
そう言ったら先生は私の顔をじっと見つめてからようやく手を離した。なんだよ、べつに嘘なんかつきやしないよ。
「私、一人でも大丈夫ですって」
たとえ同情だとしても先生が追ってきてくれたことは嬉しい。だけどこれ以上、先生にとって後味の悪い女になりたくない。そう思ったら気持ちとは反対の言葉が口から洩れた。
「いや、それが…」
先生は首筋の後ろを掻きながら言葉を濁す。
「きり丸に説教されまして」
「きり丸に?」
「あなたを迎えに行くまでは口も利かない、と」
同情じゃなくて仕方なくだったんかい!
ちくしょう、やっぱり身投げしてやろうかな。
「あははは。先生はきり丸が大好きなんですねぇ。羨ましい」
あ、つい口から本音が。だめだこりゃ、後味悪い女確定じゃん。
まあ嫌味で言ったわけじゃないからまだ大丈夫かな。
「・・・」
先生はじいっと私の顔を見つめたまま動かない。な、なんですか。あんまり見つめないでくれよ。イケメンに直視されるとか慣れてない!照れる!
「…ひとつ、訊いてもいいですか」
「はい?」
橋の手すりに身を預けて、視線を私から川へと移す。
「どうしてなぞのさんは、私なんかにこだわるんですか?」
「へ?」
「その…なぞのさんには私なんかより素敵な男性がいくらでも寄り付くでしょうし…私よりあなたを幸せに出来る男性も、世にはたくさんいるでしょうし…それに」
「それに?」
「私とはまだ数回しかお会いしてないのに…」
話が見えてきた。先生、ひょっとしてそれがネックなんですか。
「そんなこと言われましても…一目惚れなんで」
「一目惚れ、ですか」
いまいち煮え切らない顔。…確かにそれが普通の反応なのかもな。
「信じられませんよね。私も今回経験するまで、一目惚れなんて信じてませんでした」
「・・・」
「だけど先生、一目惚れって馬鹿に出来ないらしいですよ」
「…え?」
「普通、恋愛って相手の内面を知って好きになるものじゃないですか。でも一目惚れってその逆で、会った瞬間にピピッと惚れるわけでしょ。それって、動物としての本能なんですって」
「本能?」
「そう。本能的に自分に見合う人を、"ああ私にはこの人しかいない"って嗅ぎ取ってるんですって。だから一目惚れらしいですよ」
「そうなんですか」
「全部、くノ一時代の仲間の受け売りですけどね! その子、頻繁に男をたれるコだったんで私も作り話だろうと思ってました。だけど今なら、あの子の言ってたことがなんとなく分かります」
へへへ、と笑って見せたら先生も優しく微笑んだ。
恋に落ちたあの瞬間と同じ、ふわりとした綺麗な表情。
何度見てもどきどきする。
「…私もよく考えました」
先生の顔に魅入っていたら、不意にその唇が動いた。
「え?」
「あなたのその想いを、仕事を理由に断るのは失礼なんじゃないかって」
な、なんだ? どういう展開だ。
「…恋愛願望が無いわけじゃないんです。私はお恥ずかしながら不器用で、仕事と私情の両立が出来なくて…仕事優先になりがちで、休みなんて年に数えるほどしか無いんです。だから恋愛したところで、相手の女性に辛い思いをさせてしまう」
…なんだか分かった気がする。私が先生に一目惚れした理由。
「そう考えたら、恋愛することなんてこの先ずっと無いんだろうと思ってました」
先生は…土井先生はそっくりなんだ、私に。
「それでも、大丈夫ですか」
「え?」
「私はまだまだ若僧で、仕事に余裕を見いだせるのはいつになるか分かりません。それまで、待てますか?」
愚問だよ、先生。
「待っていられますか? 私を」
答えなんて、初めから出てるじゃないか。
「待ちますよ、いくらでも。私には先生しかいませんから」
月明かりに照らされた先生の顔がほんのりと赤らむ。
やめてよ先生、私、勘違いするじゃんか。
「だ、だったら…」
「はい?」
「私に少し時間を下さい」
「時間?」
「あなたの想いに対する答えを考える時間です。私があなたを知るのに、時間が欲しいんです」
うそ。
まさかのチャンスを頂けるらしい。
嬉しすぎて発狂しそう。
「…驚いた」
「え?」
「先生、見掛けによらず女性に潔癖なんですね」
「んなっ!」
女をフる常套手段で仕事を理由にしてんのかと思ったら、本当に仕事が理由だったとは。
「見掛け通り潔癖です!!」
赤い顔でプリプリ怒る。うははは、こういうところがカワイイ。
「時間なんていくらでも使って下さい。その方が私も先生にたくさんアプローチできますから!」
今にも狂喜乱舞したい感情を抑えて喋ったが、抑えきれずに語尾が跳ね上がってしまった。まあいっか。
「じゃあ、帰りましょうか」
「へ?」
「へ、って? きり丸が待ってますよ」
「え、私、先生の家に暮らしていいんですか?」
「えっ? そのつもりじゃなかったんですか?」
は ん そ く だ
「先生、大好きいい!!」
辛抱たまらず先生の胸に飛び込んだ。
「わああ!ちょ、離して下さい!!」
真っ赤な顔して暴れ出す先生。どさくさ紛れに身体触りまくってやれ。
あ、そうだ。私、大事なこと言うの忘れてた。
「町内会のドブ掃除当番、来月の終わりは先生の番だからって大家さんが言ってました」
「…なんでこのタイミングで言うんですか」
凄く凄く残念な顔をする先生。
何より残念なのは、いきなり自分のポイントを下げる私の恋愛スキルですよね。
ごめんなさい。


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