拒否
「駄目!」
「僕からもお願いしますよ先生!」
ハンパない強情さ
「駄目ったら駄目!」
予想通り、この練り物嫌いの可愛い大人は
「いーじゃないですか! もーすぐ夏休みも終わることだし、ななしさんに留守番してもらった方が僕らも安泰でしょ!」
難攻不落の城だった。
「ずえったい 駄 目 だ !!!」
先生に、ここに住みたい、とお願いしてからもう四半刻は経っただろうか。話の内容は一向に進まない。
お願いをしたら即、拒否された。案の定過ぎて涙も引っ込む。
あまりの一刀両断ぶりに私の可愛い弟は腹を立てたらしく、私以上に先生に食って掛かった。
「先生の分からず屋! ななしさん、先生と一緒になりたくて店を売って飛び出してきたんですよ! 今更どこに行けって言うんですか!」
今にも泣き出しそうな顔のきり丸。
不意に、店を出た時の「今日からよろしくお願いします」と言っていたあの笑顔を思い出した。ひょっとしたらきり丸は思っていた以上に、私と暮らすのを楽しみにしていたのかもしれない。急にお預けをくらって悔しいのかもしれない。そう思ったら胸がいっぱいになった。
「もういいよ、きり丸。ごめん、ありがとう」
「ななしさん…」
まだ何か言い足りない顔をしていたが、きり丸は私に促されて仕方なく引っ込んだ。子供の癖して大人な彼は、我慢の二文字をよく知っている。
「土井先生」
今度は私が先生の前に立つ。
先生は眉尻を下げて困った顔をすると、溜め息を一つ吐いてから話し出した。
「すみませんでした。あなたの想いに、私自身が直接会ってお返事するべきでしたね」
うわっ、嫌だ聞きたくない。聞かなきゃいけないんだろうけど聞きたくない。
「お気持ちは嬉しいです。だけど私は今、仕事しか考えられないんです。あなたの気持ちには応えられません」
耐えろ、私。
「あなたを幸せにすることも出来ません」
「・・・」
「ごめんなさい」
「…どうしても、駄目ですか」
「どうしてもです」
耐え…られそうにない。
きっと今、私はとんでもなく酷い顔をしている。
「小間使いでも、ただの留守番でもいいです」
私、こんなに諦めが悪かったっけ。面倒臭い女だったっけ。
いい歳こいて泣きそうだ。
「愛してくれなくていいから、傍に、置いて下さい」
先生は困り顔のまま目を丸くした。
さぞやしつこい女だと思っただろう。
だって、いくら粘ったところでもう結果は出ているじゃないか。
「…困らせてすみませんでした」
これ以上先生を困らせるのはよそう。
荷物を手繰り寄せ、俯いたまま先生の横を通り過ぎて玄関へ向かう。
と、
「待って下さい!」
慌てた様子の先生に、後ろから手首を掴まれた。
「こんな時間にどこへ行くんですか! 女性一人じゃ危ないですよ!」
「え。でも、」
「今日だけは仕方ないからここに泊まっていきなさい。明日立てばいい」
無理だそんなの。フラれたばっかりだってのに。賊に襲われる以上の拷問じゃないか。
「なんとかなりますよ。言ったでしょう、私、元くノ一だって。べつに護身術くらい、」
「危険に遭わないに越したことはない!」
ああもう、頼むから優しくしないでくれ。
「ごめん、先生」
掴まれた手を振り解く。
「私、融通利かなくてさ。臨機応変が出来ないんだ」
精一杯気丈に振る舞って出てきた言葉がコレ。どんだけ可愛くないんだ私。いいとこ無しだな。
そのまま言い逃げるように、家の外へ走り出た。
背中にきり丸の呼び止める声を聞きながら。
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