先生の家


「ここが先生んちです」
「ケッコー素敵な町家だね。いい物件じゃん」

時刻はちょうど夕飯時。
先生宅に辿り着いたものの、先生は留守だった。

「お邪魔しまーす」
とりあえず中にあがって少ない荷物を置く。
思っていたより広くてキレイ。どんなところか分からなかったから、本当に必要最低限のものしか持ってこなかった。これならもっと持ってくれば良かったかな。まあいいや。
「きり丸、先生は?」
「今日は子守りのアルバイトに出てるんで、もうすぐ帰ってくると思いますよ」
「子守り? 先生、そんなのも手伝ってんの?」
「もちろん! 土井先生をナメたらいけません、子守りにかけちゃ右に出る者はいませんよ!」
「褒めてんの?それ」
きり丸に良いように使われちゃってるわけだ。先生も大変だな。
ああ、だから"甲斐性無し"なのか。
「しっかし、部屋もキレイで子守りも上手いなんて、どこまでも理想的な男性だこと」
男二人暮らしと聞いていたから正直もっと汚い部屋かと思っていた。これはきり丸には内緒にしておこう。
「必要無いもんは売っちゃった方が得ですからね!」
…きり丸のおかげか、部屋がキレイなのは。
「とりあえずメシにしましょう。じゃあ僕、外で野草採ってきます」
「え、野草? なんで野草?」
「なんでって…夕飯のおかずですけど」
「野草!?」
「ななしさん、野草って何回言うんですか」
だって野草だよ野草! あれっておかずなの!? おかずになるもんなの!?
「贅沢は万病の元ですからね!」
土井先生、思ってた以上に苦労してんだな…。
「そんじゃ行ってきます。すぐ戻って来るんで、留守番頼みますね」
そう言ってきり丸は家の外へと駆け出した。
「行ってらっしゃーい」
手を振ってその背を見送る。
「…さて、と…」
勝手の分からぬ家に一人きり。どうしたものか。
とりあえず目の前にあった円座に腰を下ろして、これからのことを考える。
隣を見ればもう一つの円座。きっと、土井先生用ときり丸用で二つなんだろう。この家じゃ何もかもが二つだ。
「私専用も欲しいなあ…」
ひょっとしたら布団も二組しか無いかもしれない。私、今日は雑魚寝かな。
それもこれも土井先生の許可がおりてからの話だけども。
「ぉおーい」
入り口から誰かが入ってくる気配。先生の声にしては高めのような…誰だろう。
「はーい?」
返事をして庭に顔を出すと、下膨れ顔の背の低いオジサンが立っていた。
誰だこの人。
「あ、あれ?」
オジサンは私を見て何度も瞬きすると、入り口を一度出て辺りをキョロキョロと見回した。
「ここ、半助の家だったよな…。私、間違えたわけじゃないよなあ…」
ご近所さんだろうか。
まさか先生と会う前に他の誰かと会うなんて、こんな展開考えてなかったぞ。
「はい。土井せ…半助さんの家ですよ」
「あの…どちら様?」
うっ。頑張れ私! 脳味噌しぼれ!
「紹介遅れてすみません。ななしといいます。…きり丸の姉です」
すまん、きり丸。今日から勝手にお姉ちゃんになるぞ。
「きり丸くんの? お姉さんが居たなんて知らなかったなあ」
ええまあ今決めた設定ですからね。
「ところで半助は?」
「半助さんなら生憎留守ですが」
「そうか…。隣のオバサンにさっきまでお茶をご馳走してもらったんだが、帰りがけ半助に伝言してくれと頼まれてな」
「伝言?」
「町内会のドブ掃除、来月の終わりは半助の当番だって」
ど、どぶそうじ…。なんだか当人の知らないところで私生活を覗き見てる気がして、少し罪悪感が湧いてきた。
すんごく今更ですけど、先生ごめんなさい。
「それなら、私が伝えておきます」
「ああ、じゃあお願いします」
オジサンは私に言伝をするとあっさり家を出て行った。





「そりゃ大家さんですね」
採ってきた野草の調理を開始するきり丸に一部始終を話すと、そう返された。
なるほど、ありゃ大家さんだったのか。
「あ、ごめんきり丸」
「え? なんすか?」
「私とっさに、きり丸の姉です、つっちゃった」
調理をしていたきり丸の手が止まる。
やべ、さすがにこれは怒ったかな。勝手なことし過ぎた。
「…なんだ」
「え?」
「近所のオバサン達に聞かれたら、僕もおんなじこと言おうと思ってました」
驚いた。
きり丸も私も考えてることは大して変わらないらしい。
なんだよ、嬉しいじゃん。
「私、今日からお前の姉ちゃんだぞきり丸! なんでも頼れっ」
「じゃあお願いですから姉さん、夜なんでちょっと静かにしてください」
ちぇ、つれない弟め。
だけどまぁ良しとしよう。耳まで赤くなってる顔を見れば照れてるのは一目瞭然だ。
この子ってば素直じゃないんだから。
「ところできり丸、さっきから何作ってんの?」
「野草入り雑炊」
「は!? 雑炊!? 米、少なくね!?」
「食えりゃ何でもいーでしょ! 死にゃしません」

その時だ。
待ちわびていた声が、入り口から聞こえてきたのは。

「ただいまー。きり丸、帰ってるかー?」


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