Gentiana


「失礼します。提督」
明るく抜ける爽やかな声と、取って付けたようなノック音に、俺は眉を顰めた。
「ノックって言うのは部屋に入る前にするもんじゃないのか。なあ、ハートのエースさんよぉ」
腕を組んで書類越しに睨め付けると、彼は軽く肩を竦めて口を開く。
「まあまあ、そう怒らないで。最近仕事詰めで苛ついてるであろう提督の気持ちを汲んで、花を持ってきたんですよ」
胡散臭い程に恭しく花束を差し出す彼に、思わず眼が惹き付けられる。
「御前さんの所為で苛ついてるんだよ。少しは自覚しろ」
悪態を吐きながらも、つい受け取ってしまうのは、俺が彼を拒絶し切れていないからだろうか。
「これ、竜胆か」
紫色の小さな海に鼻先を埋めて呟くように問う。
「ええ、そうですよ。良く分かりましたね」
碧玉の瞳が僅かに瞠目し、悪戯っぽい妖精の様な色を浮かべる。
「姉貴がいるからな。たまに花とか飾ってたし」
ぼんやりとした俺の返事に、彼は首を傾げる。
明るい褐色の髪が光を受けて黄昏色に揺れた。
「じゃあ、この花の花言葉も知ってますか」
「それがどうした」
我ながら情けないと思う程大人気ない口調で言うと、彼はからかうように微笑んだ。
「いや、知ってたら色よい返事が貰えるんじゃないかと思って」
熱い掌に、顎を持ち上げられる。
睫毛さえも触れそうな距離で見詰められて、一瞬息を呑む。
だがしかし、彼は口付けようとはしなかった。
「可愛いですよ、提督。書類よりも俺を気にしてくれているところなんて特に、ね」
不意打ちのように、唇に啄んだ感触が残る。
俺が見たときにはもう、彼はドアの手前にいた。
「御前、年下の癖に舐めやがって」
幾ら俺が睨みつけても、それは意味の無いことで。
俺は閉まったドアを前に、一人この憎らしい花の意味を想っていた。





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