Fata Morgana


俺はぼんやりと、暖かな部屋がボトルに水滴を作るのを眺め遣った。
相変わらず彼は冷えたグラスを揺らめかしていて、その色の異なる双眸には、奇
妙に奥深い色が見え隠れしている。
「飲まないのか」
「ああ・・・・・・」
未だ黄金色に満ちたグラスに目を向けて云うと、彼は何時に無く放心した様子で
意味の無い返事をした。
俺はもう一度自分のグラスに口を付けると、今度は彼の瞳を直接覗き込んだ。
「一体如何した。卿らしくも無い。何か云いたいことがあるなら云えば良いだろう」
軽く苛立ちを込めて上目遣いに見上げる。
彼は一瞬眼を伏せると、やがて観念したように吐息を洩らした。
「・・・・・・分かった、云おう」
青と黒の瞳が僅かに怖気付いた色を浮かべて此方を見る。
「卿は、俺を必要としているのか」
意外な問いに俺が瞠目すると、彼は小さく嚥下して眼を逸らせた。
「何故、そんなことを訊く」
俺は訝しげに彼に問うた。
彼の眼が縋り付く様な色を帯びて俺を釘付けにする。
「怖いのだ、何時か卿が俺を要らないと云うのではないかと。卿に愛されている
と感じる度、そんな自惚れた自分に嫌気が差す」
硬質な、それでいて震えた声が、空を揺らす。
俺はそっと手を伸ばし、その白い頬に触れた。
「好きなだけ自惚れていれば良い。卿が気に病むもの等、何も無い」
顎を捉えて口付ける。
暫く振りに重ねる唇は、微かに酒精を含んで甘く溶けた。
「ん・・・・・・ぁ・・・・・・」
物問いた気に開きかけた口を、自らのそれで強引に塞ぐ。
彼をこんなにも悩ませているのが自分かと思うと、嬉しいような情けないよう
な、相反する感情が湧き上がってくる。
素直に身を任せている彼が、壊してしまいたい程に愛しくて、それでも――否、だ
からこそ、大切に包み込んで誰にも見せたくは無い。
「俺は我儘な男だ・・・・・・」
僅かな自嘲と共に洩らした言葉は、彼に聞こえることも無く、唯ゆっくりと喉を
焼いて滑り落ちた。





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