10月のその日には


「偶然ですね」
王宮から連なる並木道。今は朽葉となった新緑が、はらり風に舞い降り積もる。そんな晩秋の日には、決まって彼に声を掛ける。
何時もより半刻遅い帰り、今日だけは彼が車を使わないと知っているから。
「……なんだ、ミュラーか」
期待と落胆、そして淡い安堵。この国ではありふれた自分の名を呼ぶ声は、実に様々な色を孕んで低く響く。
「若し宜しければ、酒でも飲みに行きませんか?このところ一人で飲むことばかりで」
なるべくフラットな声音で、自分でも胡散臭いと思う位の爽やかさでもって口にする。足取りの早い彼を追って走った時に滲んだ汗が秋風に晒され、今は肌寒い程だった。
「ああ……構わんよ」
「良かった。ここで提督に会わなかったら、また一人で飲むことになるところでした」
冷たい汗を僅かに含んだ前髪を掻き上げ、微笑う。
「――俺もだ」
ぽつり零された呟きは、彼にしてはこれ以上ない位に素直な言葉だろう。彼が今日、家に帰りたくない理由を知っているから、ただもう、息苦しい程にそう思った。
「行きましょう、提督」
彼の屋敷の方へ背を向けて、彼が黒く塗り潰そうとしているその日くらい、親友気取り、恋人気取りも良いだろう。
吹き荒ぶ枯葉の欠片に目を細め、トレンチの襟を掻き合せる彼を眺めそう独り言ちながら口端を緩めた。
「……本当に、偶然か?」
甘えるような、縋るような、彼のその一言を聞くまでは。





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