一年で一番嫌いな日


まだ微睡みがちな気怠さの中、妙な重さを感じて瞬くと、視界一杯に明らかに女のものではない肌が映って、俺は漸く、自分が男の腕に抱かれていることを自覚した。
「やっと起きたのか、卿は」
からかうような、乾き気味の彼の声が直ぐ真上から降ってきて、俺は「お早う」と笑ってみせようと思ったけれども、声が掠れて儘ならない。
唯、無言で彼を見上げ薄く笑えば、彼は酷く虚を突かれた貌をして、さらりと俺の頭を撫でた。
そのまま彼の胸の上に抱き寄せられ、自然、その肩口へと頬を寄せる。
かち、かち、と規則的に音を立てる、旧式の時計に目を遣ると、短針は丁度4の位置を示した所で、その下に見える26の文字に、見なければ良かったと唇を噛む。
それからきゅ、と彼の首筋に腕を回し、強く貌を押し付ける。
「ロイエンタール?」
訝しむように問い掛けながら、彼は俺の髪の間に指を差し込み、まるで子供にするようにまさぐった。
その力強く脈打つ鼓動と体温に、不安さえ覚えてきつく力を込め抱き縋る。「痛い、少し緩めろよ」
くすくすと笑う声に、やっと貌を上げ嵐の空を映した双眸を見下ろせば、直ぐ様頭を引き寄せられる。
近付いてくる彼の貌に、反射的に目を伏せ、薄く唇を開きかける。
己のものよりも微かに熱っぽく、女のそれとはまるで違うかさついた唇が重なり、当然の如く舌を絡め、翻弄する。
「は、あ……」
荒い息の合間合間に、霞んだ瞳で彼のことを覗き見るが、その灰色の目と視線がぶつかって、思わず羞恥に目線を逸らす。
ちゅ、と濡れた音がして、堪らず貌を背けると、強引に顎を掴まれて彼の方を向かされる。
けれどもそうして額に落とされた口付けは、欲望よりも慈しみの勝った優しいもので、そのもどかしさに些か戸惑いさえ覚える。
「誕生日おめでとう」
――Mögen all Deine Wünsche in Erfüllung gehen.
俺の心を見透かしたように軽く笑み、まるで何でもないことのようにさりげなく呟いた彼の一言に、今更ながらも言葉を失い瞠目する。
「卿が生まれてきてくれて本当に良かった」
彼の胸の上に貌を埋めるようにして俯いたのは、泣き出しそうな貌を彼に見られるのは俺の矜持が許さないと思ったから。
けれど、追い討ちをかけるように甘い声で囁きかけられる言葉を、ついうっかりと信じてしまいたくなる。
「ロイエンタール、――」
困ったような彼の呼び掛けを無視しつつ、既に知られてしまっているだろう嗚咽を隠す。
愛されないと分かっているのに、それでも彼の優しい嘘に縋りたくなる、今日は1年で一番嫌な日。





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