確信犯


すとん、と肩に落ちた軽い重みに、俺は直ぐ傍らを見下ろした。
「ファーレンハイト?」
尋ねる声に返答はなく、ただ穏やかな吐息だけが、肩口のあたりを擽ってゆく。
起こさずに寝室に連れて行けるだろうか。若しかすると、彼なら抱き上げられるかもしれない。こんなに痩せているのだから。
そんなことを考えながら、今一度彼のことを見下ろすと、激しい色の瞳を伏せているその貌は、一つの不均衡さもなく美しく、その端正さに、俺は些か困惑した。
たった今、無防備に曝されている貌は、確かに何時もの彼であるのに、まるで初めて見る男のような――。
そう云えば、たとえ情事の後の朝でも、彼は俺より早くに起きていたな、と今更ながら気がついた。
「お、い――」
ふと、彼が小さく身じろいだ気がして、抑えた声で問い掛ける。
不意に形の良い唇が、笑みを形作ったように思えて、その白い貌を覗き込む。
「――フリッツ・・・・・・」
低く、甘やかな声で呼ばれた名は、俺にとっては予想だにしえない響きをもって、しめやかに耳道を通り過ぎる。
あまりといえばあまりのことに、俺は貌を紅くして、黙って彼を見詰め直した。
誘うように開かれた、薄い唇が色っぽい。
「ファーレンハイト・・・・・・」
それでも名前を呼ぶのは恥ずかしく、普段の通りに囁き口付ける。
女のものとは違って乾いた、存外に温かい唇が、無意識に開き、深まる口付けを受け入れ・・・・・・差し入れた舌を自分から絡める。
「ん、う――っ」
貪るような愛撫に、大きく瞠目して彼を見る。
咲き綻んだ蕾が花開くようにゆっくりと、長くけぶる睫毛が上に上がって、淡い水色の瞳が此方を見上げた。
「い、何時から起きていた」
「卿が俺を見ていた時から」
濡れた口元を拭う余裕すらなく、まだ熱い唇を押さえ尋ねると、静謐な美貌が意地悪く歪む。
そんな笑みすら美しいと、思ってしまったほうが負けなのだろうか。
「・・・・・・嫌な奴だ」
「伊達に卿より年を食ってはいないものでな」
拗ねるように呟けば、彼はずるい微笑を口元に湛えて俺を見遣る。
そんな風に笑って見せるのは、確信犯かそうでないのか。
「たったの二年だ」
「そういじけるな」
否、気づいていない筈はない。
「卿が欲しい、ビッテンフェルト」
その愛しい声に俺が逆らえないと、知りすぎる程知っているくせに。





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