飢餓感


「水、要りますか?」
備え付けの冷蔵庫を覗き込みながら、ベッドの彼を振り返る。
卓上の時計はまだ3:00、彼は未だ乱れた息を繰り返し、細い体を成す術もなく、シーツの襞に投げ出している。
返事を待たずに戸を足で閉め、狭いベッドに腰を下ろすと、粗悪なばねがいやに軋んで、二人分の体重に抗議する。
悪酔いに痛む頭の隅で、どうしてこんな場末のホテルに入ったのかと自問すれども、疲労に濁った思考では酔い以外の言葉は浮かばない。
手を上げるのが億劫で、半ば乱暴に容器の蓋を口で開け、冷えた中身を喉に下せば、淡い瞳が静かに向けられ、掠れた声が小さく強請った。
「・・・・・・飲ませろ」
常に似合わず弱った声音に、思わず微かな笑みが零れる。
「今日は高いと云わないんですね」
彼のことであれば備え付けの水など嫌がるであろうと思っていたと、その吝嗇ぶりを皮肉れば、細い眉根が、面倒臭げに寄せられた。
「煩い、後にしろ・・・・・・」
可愛げもなく囁く口を、水を含ませた己のそれで、潤すように塞いでしまう。
素直に飲み込む貌を見る内、その瞳の色を見遣りたくなり、強引に髪を掴んで此方を向かせる。
「んっ、ぐ――」
細い喉が音を立て、唇の端から雫が洩れる。
燃え立つような薄青い目に、私はゆっくりと唇を舐めて軽く微笑った。
「おや、あれ程したのにまだ足りませんか?」
淡く色付く肌を撫で上げ、兆した躰をそっと揶揄する。
「こんなに大人しい貌をして、貴方は本当に恥ずかしい方だ」
白い背中を押さえ付け、彼の劣情を逆撫でるように囁くと、利き手に持った容器の口から、透明な流れがシーツを濡らした。
そのまま艶めいた唇に貌を寄せると、不意に柔らかなものが己の口に触れ、私は一瞬の後、口付けられたことを理解した。
「・・・・・・不意打ちですね、今日はやけに積極的だ」
一抹の悔しさを拭い去るように口を曲げれば、水色の瞳が嘲弄じみた色を浮かべて、不遜なまでに笑みを浮かべた。
「恥ずかしいのは卿だろう?」
娼婦のように婉然と、けれども微笑む貌は何時もの彼だ。
「知っていますよ。貴方を恥ずかしい人にしたのは私ですから」
無論責任はとってやろうと目を眇めれど、返されるのは嬌声にも似た笑い声で、似通った貌で睨め付ける彼に、私は噛み付くような接吻をした。





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