一瞬、


俺は半ば感覚の麻痺した手でドアを開け、重く湿った髪を掻き上げた。
背中に響く施錠の音に、所在無げな彼の心情が伺えて、軽く微笑いながら箪笥を開ける。
「悪いな。今拭くものを貸してやる」
自分でも何に謝ったのか分からぬままに呼びかけると、落ち着いた声が返ってきた。
「そんな、私の方がお邪魔している立場なのですから。どうぞ、お構いなく」
「・・・・・・そうか」
何処か拍子抜けした気分で俺は上着を脱ぎ落とし、シャツの釦に指を掛けた。
そのまま服を脱ごうとすると、不意に視線を感じた気がして、肩越しに彼を振り返る。
「何だ」
視線を逸らされたことに戸惑いながら短く問うた。
「いえ、別に・・・・・・」
曖昧な返事に何と云えば良いのか分からなくなり、箪笥の棚に手を伸ばす。
「ほら、――」
一番新しいと見えるタオルを取って振り向いた時、視界の隅にシャツを肌蹴た躰が映り込んで、俺は小さく両目を瞠った。
「――何か」
「いや・・・・・・」
困惑したようなその声に、俺は一度はそう応えたが、やがてリネンを渡して訊いた。
「・・・・・・意外に、鍛えているのだな」
昔から肉のつかない自分の躰を、意図的に目に入れないようにして呟くと、屈託の無い笑みが彼の口から洩れる。
「それはこれでも軍人ですから」
同じ軍人でありながらどうしてこうも違うのかと自嘲的なことを思いつつ、その均整の取れたしなやかな四肢にゆっくりと手を伸ばす。
けれどもそれは、体温を知る前に宙に留まり、後には不可思議な苦さが残った。
「別に、触れても構わないのに」
何時になく幼い口調で彼はそう云い、俺の掌を胸に重ねた。
「――あ、」
腕ごと引っ張られて重心が傾き、頭から彼の胸に躰を預けることになる。
薄い皮膚を通して直接聞こえる心音に、俺は気恥ずかしくなって、強引に腕を解こうとした。
「冷えていますね」
けれどもそれは叶うこともなく、熱い手が濡れたシャツの上から肩を抱く。
「今、暖房を・・・・・・」
弱々しく紡いだ制止の言葉も、甘い砂色の瞳に拒まれる。
「もう少し、あと少しだけ、こうしていましょう」
宥めるように囁く声に、こんなにも無力になるのは何故だろうかと考えながら、俺は熱っぽい唇を受け入れた。
霞んだような思考の奥に、冷たい雨音は尚も響いて、果ての見えぬ夜の終わりを、一層遠くへ流していった。





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