恋の味を教えよう。


「卿は恋をしたことがあるか」
唐突な問いだった。
まるで独り言ちるような口調に、俺は返事をすることも忘れ、その嵐の色の瞳を見詰めた。
言葉を返さぬ俺に、彼はひとつ笑みを浮かべ、頬に手を伸ばす。
冷えた肌に、彼の手の温もりだけが心地良かった。
「それで良い。卿は俺だけを見ていれば良い」
悪戯な笑みは、軽やかな菫の瞳と重なり、眩暈さえ感じさせる。
本当は、彼は俺ではなくあの可憐な少女を望んでいるのではないかと、苦い思いが過る。
愚かな独占欲に喉を焼かれ、声を発することも出来ぬ自分に、思わず苦笑が洩れた。
「どうした・・・・・・」
気遣わしげに覗き込んでくる彼に、俺はそっと身を預ける。
「卿は、残酷な男だな・・・・・・」
近付いてくる唇に向かって囁いた言葉に、彼は小さく身じろいだ。
「何故・・・・・・」
きつく巻きつく腕に息を詰まらせ、俺は被りを振る。
「俺は、一体卿の何なのだろう・・・・・・」
彼女が正式な彼の妻だとしたら、自分は一体何者であるのか。
柔らかな蜜色の髪が、項を撫でて首筋に擦り付いた。
「分かっているだろう。何より愛しい、俺だけのものだ」
聞きようによっては何とでも取れる言い方に、俺は静かに身を震わせる。
「やはり卿は、ずるい男だな・・・・・・」
更に強く抱き竦められ、俺は彼の肩に顔を埋めた。
「何とでも言え。俺が卿に恋の味を教えてやろう」
強引に重ねられた唇は、息が詰まるほど熱く、狂おしい。
臓腑が融けそうな程の甘やかさに、俺は彼の背へと縋りついた。
彼はやがてゆっくりと唇を離す。
「これで何か、分かったか」
微笑むような優しさで問われた言葉に、俺はそっと睫毛を揺らす。
「ああ、俺が我儘な男だと言うことがな・・・・・・」
滲む視界に溶け込むように、薄昏い感情が堕ちていく。
囁くように言った言葉は、もはや誰にも聴かれはしない。







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