激情


「――――昨日は遅くに帰ったそうだな」
部屋に入って開口一番、詰るようにそう云った彼を見上げて、俺は僅かに口元を歪めた。
「・・・・・・卿には関係のないことだ。俺が遅く帰ったとて、卿が気にすることでもあるまい」
抑えた声で呟いて、態と首筋の鬱血を見せつけるように身を乗り出して立ち上がる。
「・・・・・・こんな痕など付けさせて、男に抱かれてきたのだろう」
彼は戸を閉めてデスク越しに俺に近付き、大きく眉を顰めて云った。
「仮にそうであったとして、卿に文句を云われる筋合いはない」
最初は彼の気を引いてやろうと決めていたのに、冷たく見据えてくる彼を前にした途端、怖じ気付いてしまう自分が嫌で、俺は突き放すようにそう吐き捨てる。
瞬間、彼の瞳が色を増し、口元が皮肉に吊り上がる。
「・・・・・・俺を馬鹿にしているのか?」
殊更撫で上げるように笑って云ったその声に、俺は思わず瞠目した。
「――――あっ」
強く右手を掴まれて、そのままデスクに引き倒される。
肩に当たった通信機が、音を立てて床に砕けて、画面の割れる玲瓏なまでの響きに、俺は初めてこの目前の親友に恐怖した。
胴を挟むように伸し掛かってくる彼は、こんなにも力強かったろうか、抗うことさえ叶わない。
痛みすら感じる程にきつく口付けの痕を吸い重ねられ、俺は躰を固くした。
「は、離せ・・・・・・」
解かれていく軍装を見下ろして、喘ぐようにそう云うも、手首の力は強まるばかりで、濡れた唇の感触だけが生々しい。
「・・・・・・まだ匂いが残っている。誰に抱かれた?ロイエンタール」
ベルトの金具を外しながら、耳朶を噛んで尋ねられ、ぞくりと肌が粟立った。
下着ごと下衣を剥ぎ取って、彼は足を閉じることを阻むかのようにその引き締まった躰を割り込ませる。
「あ、や・・・・・・」
大きく下肢を開かれた瞬間、昨夜の名残が溢れ出て、デスクの上へと流れ下った。
「ほう、昨夜は躰を拭う暇もなかったと見える。さぞかし気持ち良かったのだろうな」
「ち、違う・・・・・・」
掠れた声で否定するものの、伝い落ちるものに、未だ生々しく残る快感を思い起こして、自然と頬が熱くなる。
「何処が違うんだ、云ってみろ。一体誰に何回抱かれた?」
詰問するような低い声音に、俺は既に薄れかけた昨夜の相手を描こうとした。
けれどもそれ、考えれば考える程、ぼやけて実像を結ばなくなり、最後には彼の貌に変わってしまう。
「し、知らない・・・・・・」
本当に分からないのだと懇願するように彼を見ると、甘い蜂蜜色の髪が小さく揺れる。
「成程、名前も分からぬ男に身を任せるのか、卿は。とんだ淫乱だな」
「違うんだ、ミッターマイヤー」
蔑むような云い種に、震える声で縋り付くと、既に十分に解れた後蕾を刺激されて腰が浮く。
「――――っひ、あ・・・・・・」
本当は彼に構って欲しくて男に抱かれてきたのだと、口に出してしまえたらどんなにか楽に違いない。
けれどそうと認めてしまえば、自分が自分でなくなるような、余りに惨めに思われて、結局云うことは出来ずに身を捩る。
「俺に逆らうなよ、ロイエンタール。どうせ昨日以外にも、悦んで男に抱かれているのだろう?」
意地の悪いその問いに、傷付いたように瞳を上げれば、剣呑な色を孕んで揺れる双眸が、音もなくそっと細められる。
「――――っあ゛、やぁ・・・・・・」
しなやかな腕が敏捷に動き、俺が気付くより早く膝を割って抱え上げた。
「――――っう」
慣らされて尚、きつい後蕾に滾る熱を捩じ込まれる苦しさに、俺は声を上げることも出来ず低く呻いた。
だがそれよりも、彼に抱かれているという事実に、これ以上なく煽られる。
潤んだ瞳を隠すように、漸く解放された腕で貌を覆うと、咎めるように除けられて、デスクの脇へと縫い留められる。
「何だ、もう感じているのか、ロイエンタール」
からかうような囁きと共に更に深くまで押し入られ、触れるデスクの冷たさで己の躰の熱さを知る。
「み、見るな・・・・・・見ないでくれ」
欲情した自分を見られまいとかたく瞑目すれば、視界が閉ざされた分、下肢の感覚が生々しい。
「幾らでも見てやる。卿はこうして嬲られるのが好きだろう?」
密めくような声に、脳髄から犯されていくような錯覚さえ覚え、堪え切れずに啜り泣く。
それでもこの骨の髄まで貪り尽くされるような淫靡さに、浅ましい程感じてしまう。
「許してくれ、嫌だ、嫌・・・・・・」
強く攻め立ててくる彼の手首に取り縋ると、見下す視線が肌に痛い。
「まだそんな口が利けたとはな。余裕じゃないか、ロイエンタール」
鼻で笑うようにそう云われ、より足を広げて奥まで突き上げられると、目の眩みそうな快感に吐息が洩れる。
「――――ひぁ、あ゛ぁっ・・・・・・」
喉に張り付いたような悲鳴が零れ落ち、俺は滲む視界に彼を追った。
「可愛いじゃないか、ロイエンタール。昨日もそうして媚びてみせたのか?」
「あ゛、あ゛――――」
嘲笑にも似た彼の声に、否定しようと口を開けば、もはやそれは言葉にもならず掻き消える。
抉るように冷酷に中を犯され、躰ごと自身が作り変えられてしまうのではないかとまで感じる。
彼と俺との間を隔てているこの薄い皮膚さえ憎い程、直接彼に触れられたい。
誰が見ても直ぐに彼のものだと分かってしまう位、この汚れた躰に彼の匂いを染み付けて欲しいのだと云ったなら、彼は一体どんな貌をするのだろうか。
「何を考えている、俺以外のことか?」
そんなことを思っていると、熱っぽい手に頬を包まれ、掠れた声で問いかけられる。
気の狂いそうな快楽に呑まれながら、それでも被りを振ってみせると、自由を奪う拘束からは、甘い安寧の香りがした。
「目を開けてみろ、ロイエンタール」
欲望に滲んだ声が耳に響いて、迫り上がるような快感に襲われた。
餓えた獣のように彼を求める自分を見られたくない反面、自分の所為で乱れる彼を見てみたい。
「・・・・・・俺に逆らうなと、云っただろう」
責めるような口調に怖ず怖ずと両目を開けると、艶を増したような嵐の色の瞳が見える。
「あ゛、あぁっ――――」
視線が音を立てて噛み合った途端、内部を苛む質量が増して、快楽を快楽として感じる前に、自分でも抑えられぬ程に身が震える。
「や、あ゛っ――――」
息も吐けぬまでの絶頂感に、一足遅れて自分が達してしまったことを知る。
何も考えられずに唯ぼんやりと身じろげば、重みさえ感じる熱い欲望の残滓が、下腹までを緩慢に犯していくのを覚えて、ゆっくりとあえかな息を吐く。
「・・・・・・卿は俺のものだろう?」
低く問うたその声に、貌を上げてはみたものの、彼の表情は見えなくて、俺は黙って首肯する。
そのまま気怠い躰の力を抜くように手足を投げ出すと、汗ばんで貼り付く肌の匂いに、己も同じであるだろうかと、それだけが気遣わしく思われて、俺は彼の背を抱き締めた。





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