Parfait Amour


俺は後ろ手にドアを閉め、貌を上げた。
俺より先を歩いていた彼は、ゆっくりと此方を振り向き、闇の中で微笑ってみせる。
「明かりは?点けないのか・・・・・・」
穏やかに険のない口調が、妙に艶めかしい。
「嫌か?」
静かに歩み寄り、首筋に唇を押し当てて囁きかける。
「いや・・・・・・」
薄く笑うような声は、まるでさざめきのようで美しい。
そのまま腕を伸ばして引き寄せると、体温で温もった香水の匂いが微かに鼻腔を擽った。
「良い匂いがする・・・・・・甘くて辛い――――スパイスの香りか?」
長身の割りに痩せた躰を壁に押し付け、シャツの襟元を鼻先で乱しながら囁く。
「他には?」
何処か楽しげな問い掛けは、声というよりかあえかな吐息のようで、酷く官能を刺激する。
「それと・・・・・・薔薇と菫と巴旦杏だ」
もう半ば分かりきったことを、そうと知りながら口に出す。
軽やかな笑声につられたように口付けると、甘い香りが舌先に広がった。
それを味わうように深く角度を変えて口付けを続けると、彼は耐え切れなくなったように俺の背中に手を掛けた。
見なくても分かるほど、熱く上気した躰が愛おしい。
「ん、ふぁ、んぅ・・・・・・」
息苦しげに洩れる鼻に掛かった声が、譬えようもなく淫靡に感ぜられる。
余りの暑さに眩暈さえ覚えて、俺はやっと彼を解放した。
彼は俺の背に縋ったまま、誘うように頬を擦り付け、云ってみせた。
「この酒の本当の意味を知っているか?」
試すようなその口調に、俺は音を立てて口付け、闇の向こうの彼を捉えた。
彼はまだ艶然と微笑み、俺を見上げている。
何時もより低いその視線は、奇妙な倒錯さえ引き起こして劣情を煽り立てる。
「・・・・・・媚薬は卿だ」
とがめるような言葉に、彼は薄っすらと笑みを刷いて首を傾げる。
その白々しい仕種の一つでさえ、可愛らしく思えてくるのだから、俺も相当参っているのだろう。
噛み付くように唇を奪いながら、彼のベルトを抜き取り、その下に直接触れる。
「――――あ、」
既に反応を見せている前を指で辿り、まだ昨夜の名残を残した後蕾を刺激する。
昨日――――とは云えども殆ど今朝ではあるが――――、躰だけでなく思考までもが互いに溶けて混じり合いそうな程に貪っていたそこは、大した抵抗もなく俺の指を受け入れ、もどかしい快感に悶える。
細い躰を壁に向かせ、押し付けるように首筋に貌を埋めた。
緩慢な動作で、その輪郭をなぞるように唇を滑らせる。
「欲しいと云えよ、ロイエンタール・・・・・・卿が望むのは俺だけだろう」
半ば自惚れるように剥き出しの肩の上で囁くと、彼はしっとりと濡れた笑声を洩らした。
「俺だけに云わせるなんて、意外に紳士ではないのだな、卿は」
からかうように口添えながらも、彼は啄ばむように口付け、細い腕を俺の首筋に巻きつける。
「俺が紳士でなくなるのは、卿の所為だ」
耳元にねっとりと囁き、彼の躰を返して壁際を向かせる。
「あっ、や、あぁ・・・・・・」
柔らかな耳朶を食みながら下肢を刺激すると、彼は僅かに身悶えて壁に額を押し付けた。
その余りにも蠱惑的な様子に、俺は堪らない気分になって、着衣を寛げた。
時折、まるでその先を期待するように震える躰が扇情的だ。
俺はしなやかな片足を掴むようにして、少し身を進めた。
「あ・・・・・・」
熱に浮かされたような声に、肌が粟立つ。
そのまま抉るように彼を穿つと、熱く包み込んでくる熱い内部が、喰い千切らんばかりに強く締め付ける。
迫り来る快感に一瞬眼を閉ざし、俺は激しく律動を加えた。
「――――っ」
唐突な愛撫に肉の薄い背中が慄くのが分かる。
「あ゛っ、止め・・・・・・あっ――――」
強引に腰を押さえて抽挿を繰り返すと、彼は俺が彼の中から出て行くのを嫌がるように被りを振って、再び深く貫いた俺の熱を咥え込んだ。
彼が身をくねらせた拍子に、彼の髪から、酒とも香水とも違う、清しい香りがして、俺は口元を緩めた。
「卿の匂いがする・・・・・・」
細い毛先が頬を掠めて、彼がこちらを振り返ったのが分かった。
「卿の方がもっとずっと良い匂いがする」
快楽に潤んだ声が、心地良く耳道を擽る。
甘えるように身を委ねてくる彼は、酷く可愛らしく感じられた。
「・・・・・・そんな風に俺を本気にさせて、後で文句を云っても卿が悪いのだからな」
軽く苦笑しながら云うと、彼は首を傾げて拗ねたように続けた。
「何だ、本気にしてくれないのか」
その子供染みた口調は、何処までが計算で何処からが本当なのかも分からない。
それでも、彼が俺以外を見ようとしないのは俺の自意識過剰ではないと知っているからこそ、彼を渇望する気持ちが止まらない。
「あ゛、ぅん、んぁ・・・・・・」
再び彼の最奥を突き上げると、急に躰の重みが増して、彼にもう自分の身を支える理性さえも残っていないと知る。
「あぁ、ロイエンタール・・・・・・」
蠢くような締め付けに、俺は掠れた声で彼を呼ぶ。
「これ以上焦らすつもりか・・・・・・」
非難めいた熱い声に、俺は余裕のない笑みで応じ、僅かに身を引いた。
「それは此方の科白だな」
試すような囁きに、彼は自ら誘って腰を下ろし、俺を受け入れた。
「――――は、ん・・・・・・」
濡れた唇から恍惚とした声が零れ、壁を伝って躰が摺り下がる。
緩やかな愉悦に、じわじわと蜜の中に溺れていくような錯覚を覚えた。
「あ、ミッターマイヤー・・・・・・」
彼の唇が自分の名を紡ぐのを聞いて、俺はこれ以上ない快感に眼が眩むのを感じた。
「う゛・・・・・・」
脳髄から痺れるような快楽に、俺は目を眇めて彼を抱き竦めた。
彼は尚もうわ言のように俺の名を繰り返し、悦楽に身を捩る。
そのことこそが、何より強く俺の劣情を掻き立てる。
俺は剥き出しになった喉元に、きつく口付け、震える躰を抱き留めた。
許容量を超えたような愉悦に壁に崩れるのを感じながら、見えない筈の彼の首筋の印に、そっと指を触れる。
熱い脈が忙しなく拍を刻んでいるのが聞こえて、こそばゆいような温もりを実感する。
これ程生きていることを強く感じる瞬間があろうかと、彼の心臓に直接触れるようにして片手を伸ばす。
鼓動も、息も、匂いも、総てが溶け合ってしまいそうな位に繋がっているのが分かる。
「これで同じ匂いがするだろう」
軽やかに笑いながら更に強く抱き締めると、漸く慣れ始めた闇の向こうで、彼がゆっくりと笑うのを感じた。





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