Woelfen im Schafenpelz


乾いた音と共に絵札を投げ出した指が、手首を掴む。酔いに潤んだ瞳に射竦められ、動くことすら出来はしない。
漸く息を吸い込んだのは、熱い胸に引き寄せられたと知ってからだった。
なぞるように首筋を撫でられ、思わず仰向く。吸い付くように淫靡に重ねられた口付けは、まるで蕩かすように思考を侵蝕していった。
「口を開け」
密やかに囁かれた彼の言葉に、俺は縋りつくように彼の背へ爪を立てる。
抗いきれずに飲み込まされる甘い息は、暗闇を切り替える起爆剤に過ぎなかった。
床にカードが叩きつけられる音に、自分が卓上へと捻じ伏せられたことが分かる。
項を吸われる痛みに身を捩ると、布を裂く鋭い音だけが、やけに不釣合いに部屋に響く。
飛び散った釦の雨が床に弾け落ち、滑らかな石上を滑る。
「あ゛、・・・・・・」
喘ぐように息を吐いた俺に、彼は薄く笑って云った。
「どうした。声を上げてもよいのだぞ。卿が幾ら派手に鳴いてみせた所で、誰も助けには来ぬのだからな」
半ば嘲弄めいた言葉に、俺は力なく唇を動かす。
「こんなことをしては、奥方が黙ってはいまい・・・・・・」
柔らかに揺れる菫色の残像に、知らず声が震える。
若しも彼女がいなかったとしたら、などと不毛な考えを巡らす自分が、今は虚しい。
それでも、彼は鼻を鳴らして笑うだけだった。
「気付かれなければ良いことだ。卿が気に病む必要はない」
素肌に直接触れる指先に、思わず息を呑む。
それとも、と彼は続け、やがて妖しく微笑んだ。
「心優しいロイエンタール提督は、俺の為に嫉妬してくれているのか」
余りにも的を射た残酷な問いに、俺は顔を背け、唇を噛む。
やがて嵐の色の瞳は、甘い毒を含んで揺れ、彼は俺の躰に舌を這わせた。
「っ――」
紅く色付いてその存在を主張する胸元を食まれ、下肢が仄かに熱を持つ。
彼は全てを見透かしたように口端を上げ、剥ぎ取るように俺の下衣を抜き取った。
「あ、よせ・・・・・・」
下肢を広げる両腕に、制止の声を上げると、彼はそれを無視して後蕾へ指を突き入れた。
慣らしもせずに躰を荒される痛みに、息を詰める。
屈辱よりも羞恥の勝る自分に、嫌気ばかりが募っていく。
「俺が知りたいか、ロイエンタール」
甘い囁きに色を増した瞳に、俺は身動き一つ取れなかった。
犯されている、という事実を認識させるような動きで、下肢を刺激され、喉が軋む。
音を立てて指を引き抜かれ、更に奥へと捻じ込まれる。裂けるような痛みの中、時折掠める快楽だけが、酷く淫猥に理性を溶かしていく。
「あ゛、いっ・・・・・・あ、あぁ」
滑るように突き込まれる彼の指に、入口から血が滲んでいることが分かる。
このまま嬲られ続けていれば、いずれ中まで裂けてしまいそうで、俺は僅かに身震いした。
「も、もう・・・・・・もう、止してくれ」
震える声音でやっと懇願すると、彼はさも不思議そうに眉を上げて哂った。
「止める、何をだ」
その残酷な声と同時に、彼は服を脱ぎ捨てて俺の下肢を抱え上げた。
「ひぃ――っ」
甲高い悲鳴を恥じる間もなく、激しい痛みが脳内を支配する。
唯受け入れているだけでさえ苦痛を感じさせるそれは、余りに自分の理想だった彼とはかけ離れていて、それでも未だ彼への羨望を捨てきれない自分が、只管に疎ましい。
愉悦に歪む灰色の瞳に、若しも自分が女だったら、などと仮定するのは、この身の愚かしさ故なのか。
何よりも、彼の心を手に入れるためならば、最も忌むべきものにまで身を落とすことの出来る自分が堪え難い。
「あっ、あぁ・・・・・・はぅ、ぐっ」
容赦なく突き上げる彼の動きに、俺は苦痛と快感の呻きを洩らした。
圧迫感に足を閉じることも儘ならず、俺は彼に求められるままに躰を開く。
鮮烈な愉悦と疼痛はその許容量を超えるほどで、何度も意識を失いかける度、鞭打つように叩かれた。
滲んで揺れる視界の中、黙って快楽を植えつける彼は恐ろしいほどで、知らず啜り泣きが洩れていた。
「何を泣いている。悦いのだろう、もっと派手に善がってみせろ」
嘲笑うように囁く彼が、狂おしいほどに恋しい。
その声も、躰も、心も、何一つとして自分のものにはなり得ないのだと思う度、罪悪感が胸に染みる。
「・・・・・・御免なさい」
話し方を忘れたような拙い口調で、俺は小さく声を震わせた。
そうしてまた啜り泣くと、彼は嘲るように俺の躰を苛んだ。
「ロイエンタール」
寒気がする程に甘やかな声に、俺は背筋を凍らせた。
「誰が誤れと云った。俺はもっと良い声で啼けと云った筈だな。云われた通りに欲しがってみせろ」
冷酷とさえ云える彼の命令に、俺は乞うように足を広げて、彼を更に受け入れた。
快楽と呼ぶには余りに粗暴な剥き出しの刺激に、気が狂いそうになる。
「あ、あ゛、あぁぁ――っ」
大きく喘ぎながら身悶えする内、痛みさえもが愉悦に変わっていることに気付きかける。
けれどだからといって如何したら良いのかなど、分かる筈もなく、俺は再び懇願した。
「嫌、いや、やあっ・・・・・・許して、許してくれ、・・・・・・頼むから、許して」
彼の熱い両手が腿の内側を掴んで、これ以上なく大きく開く。
自分の総てを見下ろされ、俺は羞恥に貌を伏せた。
「その格好、似合っているぞ。ほら、可愛いからもっと大きな声で啼いてみろよ、どうせそうやって他の男のことも誘ったんだろう」
意地の悪い囁きに、半ば絶望のも近い感情を抱いて俺は被りを振った。
「まさか、俺が卿以外の男に身を任せるとでも思っているのか」
狂気染みた色の瞳を見上げ、縋るように問いかける。
「どうだろうな。卿は直ぐに女を変える節操なしだろう」
嘲笑にも似たその声に、再び新しい涙が伝うのを自覚する。
「・・・・・・ああ、それと、男の躰に欲情して悦ぶ淫乱でもあったな」
きつく彼を咥え込んだ所を指先でなぞられ、腰が撓る。
「――は、ぅん」
非情な言葉に、早く否定しなければと思うのに、激しい愛撫に脳内まで掻き回される。
「そうだと云えよ、ロイエンタール。こんな風に男を咥えて、卿は淫乱だろう」
密やかに笑って云われると、何もかも認めて楽になりたいという衝動に駆られ、俺は鼻を啜った。
大きく突き上げられる度、卑猥な水音が部屋を満たして、倒錯的な快感が波のように押し寄せる。
不意に、その痛みさえも悦びに変えて、彼を感じることに没頭する自分が、酷くいやらしく思えて、俺は瞑目した。
それと自覚しながら、自らの痴態を曝す自分は、間違いなく淫蕩だった。
「ご、御免なさい」
先程禁じられた言葉を、またも口にすると、彼は俺の躰を裏返して組み伏せた。
「――あぁっ」
彼の熱い楔が内壁を擦る触感に、堪らなくなって、達してしまう。
熱く濡れて腹部に纏わりつくシーツが気持ち悪い。
「誰が許可なく出して良いと云った」
甘く、生温い声に、俺は声音を震わせた。
「御免なさい、御免なさい・・・・・・」
「その言葉を口にするなと、何度云えば分かるんだ」
にべもない口調で叱られると、もう何も紡げなくなって、俺は唯快感に身を震わせる。
「本当に恥ずかしい躰だな、卿は。これでは男なしには一日として過ごせまい。戦場ではどうしているのだ。自分でするのか」
蔑むような彼の科白に、寒気さえ感じる。
けれど、絶対的に支配されることは余りにも幸せで、俺は彼に総て破壊されてしまいたいという被虐的な衝動に駆られるのを感じた。
「あ・・・・・・け、卿以外の男のことなど、考えたこともない、から・・・・・・」
切れ切れの息で何とかそれだけ言葉にすると、彼は笑うように俺の髪を撫でた。
「可愛いことを云うようになったな、ロイエンタール」
常になく優しい視線に息が止まる。
「さあ、云ってみろ。卿は一体誰のものだ」
柔らかく触れてくる熱い指先に、俺は彼の名前を囁きかけた。
けれどもそれは彼の耳に届くほどの音にはならず、その歪んだような眼差しに、俺は何も云えなくなって、唯その寂しげな肩に指を伸ばした。





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