HITお礼 | ナノ
霧間さんリク

 「つめたっ!?」黙々と皿洗いをしていたら、突然肩に水滴が降ってきて驚く。間髪入れずに噛み殺した笑い声が背後から聞こえてきて、蛇口を絞めて振り向く。

「ランサァ〜〜〜!!」
「ははっそう怒るなって」

 見上げた先のランサーは上半身裸で、しかもタオルが申し訳程度に肩にかけられているだけで髪はびしょびしょ。腹筋の割れ目を伝う水滴を見ないようにして、彼を睨む。

「ちゃんと髪の毛拭きなさい!」
「水も滴るイイ男ってな」
「これ以上床に水を落としたらパス切るから」

 そう言うとランサーは途端に「そりゃないぜ〜」なんて眉を下げて困った顔をする。私はこの顔が苦手だ。しゅん、と犬耳と尻尾を垂らして落ち込んでいる姿を幻視してしまうから強いことは言えなくなってしまう。ランサーはそれが分かっていてあえてやっているから、更にたちが悪い。自分の武器が分かっている生き物はずるい。
 仕方ない、とため息をついてキッチンを出る。ドライヤーを持ってリビングのソファに腰を下ろし、ランサーを床にお座りさせる。髪を乾かしてあげるのだから床に座らせるくらいは許してほしい。

「たっく、いい加減自分で乾かしてよ。私は貴方の侍女じゃないんですけど」
「おっご奉仕プレイってのもいいな!」
「そういう話じゃない〜!」

 私の膝に背を預けニヤニヤと顔を緩ませるランサーの頭を引き剥がす。足に張り付いてきた濡れた髪を手に取って、ドライヤーの電源を入れる。
 ゴーっと大きな音を出して熱風を吐き出すドライヤー。この騒音ってどうにかならないのかな、なんて思いつつランサーの髪を乾かしていく。青くて、長い髪。空の色というより深海の色だ。冷たくて、酸素もないけど、美しい生き物が住んでいる海の底。私はそこで溺れている者のひとりで、ランサーは暗い海底に差し込む太陽の光。
 なんて、どうもむず痒くなるようなことを考えていたら、お腹のあたりから衝動が湧き上がってきた。まあドライヤーの音に紛れて聞こえることもないか、と素直に衝動に従ってみる。

「好きだよ、クー」

 小さく小さく囁いた言葉は彼に届くこともなく消える。

「んー?なんか言ったかー?」
「なんでもないよ」

 少しだけ振り向いたランサーに微笑みを返す。聞こえなくたっていい。ランサーが好きだって、口にするだけでぽかぽかと暖かい気持ちになれるから。
 髪を乾かし終えて、今度はクシで梳かしていく。引っかかることもなくするすると流れていく髪は、正直羨ましい。

「ランサーって、実は週一で美容室に行ってトリートメントしてもらってるでしょ」
「あー?なんだよそれ」
「だってそうじゃないとこのサラサラヘアーに説明がつかない……!」
「オレは別に何もしてねえけどなぁ」

 でしょうよでしょうよ!だって貴方石鹸でもメリットでも洗えりゃいいや精神じゃない!コンディショナーだって付け忘れる時あるもんね!この乙女の敵め……!
 ランサーの美髪はきっと妖精さんパワーなんだ。だって妖精の国の生まれだし、光の御子だし、と心の中で結論付けていると「こうしていると昔を思い出す」なんて随分と感傷的な声音で彼が呟いた。

「昔?」
「生前の話だ。こうやってエウェルに髪を梳いて、結ってもらってた」

 ああ奥さんの話か、と納得する。あの時代、夫の髪を結うのは妻の役目だったらしいし。そういえば奥さんも綺麗な髪をしていたんだっけ。夫婦揃って美髪とは羨ましい限りである。
 夫の髪を梳かす奥さんを想像してなんとも微笑ましい気分になっていたら、いつの間にか手を止めてしまっていて、それを私が拗ねているからだとでも勘違いしたのだろうか、ランサーがこちらを向く。

「嫉妬したか?」
「まさか。あんなにすごい人に嫉妬なんてできないよ」

 クー・フーリンの死体を前にして、もう髪を結うこともないと一緒に死んでしまった人に敵いっこない。尊敬こそすれ、嫉妬なんて。

「それにね、今クーの前には私しかいないでしょ?だから、いいの」

 生前のランサーくんはさぞかしおモテになられたようだけど、今は私だけを見て私だけを愛してくれるから、それだけで十分。
 そう伝えると、ランサーに手を引かれて前のめりになる。驚いて声を上げようにも口はランサーに塞がれてしまって。キスされていると気づいた時にはもうランサーは離れていた。

「目閉じろよ」
「いやタイミングが……って、え、今そういう雰囲気だった?」
「なまえがかわいいこと言うからだろ」

 ランサーは珍しく余裕がなさそうな様子で、目元を赤らめている。こんな彼を見るのは初めてだったから、なんだかこっちまで照れてしまう。

「だ、だって、本当にそう思ってるんだもん」
「待て、待て待てそれ以上何も言うな。余裕なくなる。くそ……っ、なんでお前はそんなにかわいいんだよ……」
「えっ、ちょっと、やっ、クー……っ」

 ランサーに覆いかぶさられて、彼の髪が頬をくすぐる。

「オレも好きだぜ、なまえ」

 なっまさかさっきの聞こえてたの!?なんて叫びはキスによって掻き消えた。 

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