サムシングブルー


 ──なにかひとつ古いもの、なにかひとつ新しいもの、なにかひとつ借りたもの、なにかひとつ青いもの、そして靴の中には6ペンス銀貨を。



 言峰教会の結婚式は評判がいい。ハイライトなしの胡散臭い大男に祝福されてどうして満足いくのだと不思議だが、利用者に訊いてみると自分を見つめなおすことができたとかなんとか。同じ理由で大晦日のミサも大好評だ。確かに綺礼は人の心を暴くのがうまい。少しも遠慮せず容赦なく突きつけるものだから心が折れそうなものだが、幸せいっぱいの新婚と盲目的な信徒には若干緩和されてヒットするのだろう。
 そして、今は6月。ジューンブライドの季節である。言峰教会も例にもれず、結婚式の予定で詰め詰め。先週なんかお山の新婚夫婦が式を挙げていった。当然、私もプライベートなんて関係なしに、ライスシャワーだのお色直しだの荷物運びだの雑用を任せられ毎日クタクタ。梅雨の時期に結婚式なんてするなよ!ヨーロッパでは6月が一番天気がいいからするのであって、日本のジューンブライドはただのブライダル業界の策略なんだからな!と文句を言いたくなるが、花嫁の花咲くような笑みを見ると自然とそんな文句消え去ってしまうのである。幸せすぎて泣きそうな顔で葛木先生を見つめるキャスターはそれはそれは綺麗で、かわいかった。
 いつか私も、祝福される側になりたいと思っていた。の、だけど……。

「まさかこんなに早く叶うなんてね……」
「はい、先輩。目を開けていいですよ」

 桜の声に、閉じていた瞼をゆっくりと上げる。目の前の鏡に映るのはにこにことしたセイバーと桜、そして髪をまとめティアラを乗せて白いウェディングドレスを着た私。

「とても美しいです、名前」
「ありがと。しかし、すごいねこの髪」
「こういう時もあろうかと密かに練習していましたから!」

 キリッと力こぶを作ってみせる桜に「桜の時は私がしてあげるね」と言うと、誰かと結婚する自分を思い浮かべたのか顔を真っ赤にする。それを微笑ましく見つめてから、自分の体を見下ろす。純白のそれに触れてみれば、シルクの心地よい肌触り。レースのデザインも繊細で、きっと最高級のものだろう。遊びでもやるからには妥協を許さない彼らしい。

「名前……その、よかったのですか。サーヴァントと、」
「散々囃したてといて今更?」
「すみません……でも、聞いておかなければと思ったのです」

 セイバーは、いつ消えるか分からないサーヴァントと式を挙げていいのかと問いたいのだろう。これがいくら遊びでしかないとしても、思い出として苦しめられるかもしれない、別れがつらくなるかもしれないと。
 
「いいの。いつか終わりが来るとしても、この思い出で、私は生きていけるから」

 精一杯の笑顔で答える。今日の日を、苦しいものには私はしない。綺麗な思い出としていつまでもいつまでも大事に抱え続ける。
 「そうですか」セイバーは安心したように頷いた。ちょうどそこに、扉が開く音が響く。顔を覗かせたのは凛だった。

「いい覚悟です、名字先輩。そろそろ行きましょう」

 ランサーが待っているわ、その言葉に立ち上がる。そうか、彼が待っていてくれているのか。何色のタキシードだろうか、きっと何を着てもかっこいい。まったく、こんなにべた惚れなんて参ったな。

「先輩」

 呼びかけられて、立ち止まる。振り返ると桜が微笑んでいた。「お幸せに」
 外に回り、礼拝堂の入り口に向かうとギルガメッシュが扉に凭れかかっていた。正装だとハリウッドスターみたいで妙に緊張してしまう。私に気づいた彼は緩慢な動きで近づいてくる。そして私の頭の先からつま先まで舐めるように視線を走らせると、フンと鼻を鳴らした。

「我の見立てに狂いはなかったな」
「ドレス、用意してくれてありがとう。これ高かったでしょ」
「我の隣を歩くのなら一級品を身に着けるのは当たり前だ」

 おとがいを持ち上げられ、見上げたギルの後ろに広がる空はただただ青かった。梅雨真っ最中なのに雲一つない晴天。流石は太陽神の子。そういえばランサーが駆り出された式はどれも天気に恵まれていた。
 「名前」ギルが随分と優しい顔をしている。

「我と言峰が祝福するのだ。精々あの狗と幸せになるがいい」
「ギルと綺礼に祝われるのって、なんか不吉」
「ハッ、お前には本望だろう」
「そうね」

 ギルの腕を手に取って、扉の前に立つと、ゆっくりと開いていく。一歩足を踏み出す。顔を上げれば、祭壇の前でランサーが私を待っている。


 
「っていう夢を見たの」
「ここで結婚式とか嫌だぜオレ」

 うげーっと嫌悪感丸出しの顔で物干し竿にかかった洗濯物を回収していくランサー。尻尾のように揺れる彼の髪を眺めながら、私は先ほど見た夢に思いをはせる。
 あんな夢見て、気分が沈むかと思ったらそうでもない。むしろ気持ちが軽くなった方だ。綺麗な思い出として背中を押してくれるという言葉が効いたのかもしれない。タキシード姿のランサーはぼんやりとしか思い出せないけど、大層かっこよかったように思う。だいたい、ランサーは何着ても似合うからずるい。彼の隣に並んだ私は彼と釣り合っていただろうか。いたらいいな。
 「わっ!?」突然白く覆われた視界に、思考が現実へと引き戻される。シーツを頭に被せられたことが原因のようで、もがいてシーツから顔を出すと目の前にランサーがいて少し驚く。

「何するの」
「花嫁ってのは白いヴェールを被ってるもんなんだろ?」

 白い、ヴェール。言われてぱちぱちと瞬きを数回。まさかランサーは私にシーツを被せることで花嫁に見立てているんじゃないのかと思い至って、カッと顔が熱くなる。乗り気じゃなさそうな返答をしておいて、こういうことを何気なくやってくるの、ずるい。
 ランサーが額を合わせてくる。紅い目が苦しくなるくらい近くにあって、私はもうどうしようもなくなる。

「誓いの言葉、言ってくれよ。オレ知らねえから」
「いつも綺礼が言ってるの聞いてるでしょ」
「言峰の言葉なんか覚えてねえよ」
「もう……」

 花嫁と神父を兼任なんて前代未聞だ。はあ、とため息をついて口を開く。

「汝、クー・フーリンは、名字名前を妻とし、健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しきときも、死が二人を分かつまで、愛し合うと誓いますか?」
「──誓います」

 教会の裏庭で、シーツをヴェールにして、子供みたいなささやかな儀式。ランサーの逸話を思えば、随分と穏やかな結婚式だ。

「あーっと、汝、名前はオレを夫とし、健やかなるときも病めるときも、えー」
「富めるときも貧しきときも」
「富めるときも貧しきときも!」
「……死が、二人を分かつまで」
「死が二人を分かつときまで……いいやオレたちが離れ離れになっても」

 愛すると、誓いますか。

「誓います」

 それでは、誓いのキスを。
 腰を落とすと、ランサーがシーツを捲る。しばらく見つめ合って、ゆっくりと目を閉じる。
 ウェディングドレスもタキシードも着ていない。けれど、唇に触れたその感覚だけで、私は誰にも負けないくらい幸せな花嫁になれた。

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