そうして貴方の指が私の髪を梳かす、


 紺色の着流しを片手で畳み直し、膝の上に広げた風呂敷の上へ置く。昼間は鍛錬に隊士の稽古にその他雑務、夜は本業の鬼殺と1日のほとんどを黒い隊服を纏って動き回っていたあの人は、私服を着るなんて稀にしかなかった。だから、極たまに着流し姿を見ると惚れ惚れしてしまって。照れて黙りこくる私をあの人は不思議そうに見ては、時々からかってきたっけ。顔に体に大きな傷があるとはいえ、一度『滅殺』の字を脱ぎ捨ててしまえば、彼は至極普通の男性に見えた。刀なんて振わない、血なんて浴びない、ただ静かに幸せを享受出来る人に見えた。
 次に引き出しの中から出てきたのは、塗り薬の入った小瓶と数本の包帯だった。これはあの人のために蟲柱が用意したものだ。蟲柱から受け取り、この引き出しに仕舞ったのは私自身だから、よく分かっている。度々傷をこさえて帰ってくるあの人を手当てするのは私の役目だった。裂けた皮膚に薬を塗り込み、丁寧に包帯を巻く。薄明の中で行われる一種の儀式のようなそれを、私が楽しみにしていたと言ったら、あの人は呆れるだろうか。彼が自分自身を傷つけるのはもちろん嫌だったけれど、手当てとはいえその肌に触れることが出来るのが楽しみだったのだ。それから、伏せ目がちに私を見つめる彼を見ることが出来るのも好きだった。朝日に照らされて透ける睫毛が酷く美しくて。
 それで、それであの人は──いつの間にか小瓶を握り締めたまま止まっていた己が手に気づき、ハッと我に返る。……駄目だなあ、ここにいるとあの人との思い出ばかりが蘇ってきて、身動きが取れなくなる。あの人の記憶を抱きしめたまま、ずっとここに蹲っていたくなる。
 早く終わらせよう。自分を叱咤しながら、引き出しの中に手を入れる。そうして転がり出てきた物に、私の呼吸は一瞬止まった。

「う、そ……」

 心臓が激しく脈打っている。
 ……出てきたのは椿の花が描かれた櫛と、浅葱色の飾り玉がついた簪だった。飾り玉は、ちょうどあの人……実弥さんが持っていた日輪刀の刃と同じ色で。
 震える手で、もう一度引き出しの中を探った。指先に何かが当たる。取り出してみれば、それは折り畳まれた紙だった。封筒にさえ入っていない、無骨な手紙。

『どちらが良いか分からなかったから、両方用意した』
『ずっと最初から、お慕いしておりました』

 たった二行しかない、あまりにも短い言葉。
 ひどく不器用な、告白。
 けれど今まで実弥さんから贈られた言葉の中で一番、彼の心の内を露わにしていた。

「ぁ、ああ……ああああ……ッ」

 嗚咽を漏らしながら手紙を抱きしめる。止まるところを知らず溢れる続ける涙が、膝上の着流しを濡らした。
 櫛と、簪を。手に取った時の実弥さんの想いを想像すると胸が張り裂けて死んでしまいそうだった。苦しくて苦しくて堪らなかった。
 彼、は。とてもとても臆病な人だった。大切なものを失くしすぎて臆病になってしまった人だった。また失くすのが怖くて、傷つくのが怖くて、大切なものを作らないようにしていた。本当に愛するものは自分のそばに置かず、遠く遠くに遠ざける人だった。
 その実弥さんが、私と夫婦になろうとしてくれた。いずれ傷つくのを承知で、そばに置いてくれようとしていた。その覚悟を思うと、全身が震えて身動き出来なくなる。
 ──実弥さん。実弥さん、実弥さん。……実弥、さん。
 あの人のいろんな顔が浮かんでは消える。眦を下げて静かに微笑むところが好きだった。唇を噛み締めて泣くところが好きだった。……怒った顔が好きと言ったら、趣味が悪いと言われたのを覚えている。でもね私は本当に貴方の怒ったところが好きだったんだよ。私のことを心配して怒ってくれているのを知っていたから。貴方のやさしさを一番実感出来たから。

「実弥さん、」

 私も、私もお慕いしております。
 初めて会った時から、貴方のことだけを愛しております。



「おい、こっちは片付いたかァ?──って、なんで泣いてんだァ!?」
「ざね゛み゛ざん゛……ッ!」

 振り返ればお布団を抱えた実弥さんがいた。私がえぐえぐ泣いているのに気づくと、お布団を置いて駆け寄ってくる。

「腹でも痛ェんかァ?」
「違います!これっ……これ!ずっと黙ってるなんて水臭いじゃないですかあ……!」

 ぐいっと簪と櫛を眼前に突き出せば、実弥さんはぱちくりと瞬きをした後、目を逸らした。照れたように耳を赤くして。

「見つけちまったかァ……」
「見つけちゃいましたよ!どうして今まで黙ってたんですか」
「あの状況で言えるか。……それに俺ァ、もう先も長くねえ。なおさら……」
「実弥さん」

 実弥さんの右手に自分の手を重ねる。指が二本欠けてしまったから少し違和感はあるけれど、温もりは変わらない。この人を守ることの出来る手が、私は何よりも愛おしかった。

「長く生きられないのは、私も同じです。だからちょうどいいじゃないですか。短い命同士、一緒になりませんか」
「……」
「ねえ実弥さん、簪つけて?」

 根負けしたようにため息をついた実弥さんが、一度だけ私の髪に手櫛を通す。
 それから、ゆっくりと、簪を手にした。
 

 

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