言峰誕2019


「誕生日おめでとう、綺礼」

 少女が『おたんじょうびおめでとう きれいくん』と書かれたチョコプレートを齧りながら言う。クリスマスを終え、年末年始のミサに向けて休む暇もなく動いていた言峰綺礼は、その言葉を聞いてようやく今日が自身の誕生日であったことを思い出した。
 疲れの溜まった体を引きずりながら、少女の向かいの席に座ると、ちょうど彼女がプレートを食べ終えた。ケーキ屋の店員も、まさか『きれいくん』が30代後半の大男だとは露ほども思っていないだろう。少女が『きれいくんと書いてください』と店員に頼む様を想像して、言峰は嫌悪のあまりもぞもぞと動いた。まったく酷い光景だ。
 「それで」言峰は食卓に頬杖をつき、少女を見遣った。聖職者として褒められた態度ではないが信徒が見ているわけでもないし構わないだろう。青い犬も金色の王もいないダイニングはとても静かで、ただ時計が時を刻む音だけが響いている。「何故お前がケーキを食べている。それは私の誕生日ケーキではないのか」
 言峰の疑問に、少女はあっけらかんと答えた。

「だって綺礼甘いもの嫌いじゃない。だから私が食べてるの」
「……」
「それに誕生日を祝われるのも嫌いだろうから、これも勝手に私が祝ってるだけ」

 続いて少女の小さな手が握るフォークは、チョコレートケーキに突き刺さった。ぐいっと奥まで差し込むと、炎に飲まれ倒壊する建物のように、ケーキが崩れる。
 ケーキの切れ端が口内に運ばれ、咀嚼され、飲み込まれ、少女の赤い舌がフォークについたチョコレートをぺろりと舐める様を、言峰は昏い瞳で見つめていた。

「勝手に人の誕生日を祝うな」
「不快に思った?」
「ああ。酷く」
「そっか。でも私は勝手だから、自分の好きなようにするわ」
「勝手な女だな」

 言峰の言葉に少女は小さく笑った。
 例えば、その手からフォークを奪いその瞳に突き立てたとして、それでも彼女は笑うだろうか。
 綺礼のことが大好きだからと、激痛に喘ぎながら、両目から血を流しながら、笑うだろうか。

「綺礼」
「ああ」
「これは私の独り言だから、聞き流してくれていいんだけど」
「ああ」
「誕生日おめでとう」

 静かなダイニングには、時計の秒針の音だけが響いている。
 母という生き物は、きっとこういう風に笑うのだろうなと思った。我が子の誕生を祝福し、無償の愛を注ぐ。子が良いものであろうが悪いものであろうが、きっと母親はそのすべてを受け入れるのだ。
 言峰は口を開け、顔を寄せた。

「一口、貰おう」
 

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