Death anniversary
例えば、恋する乙女の日、2月14日にチョコという名の思いの丈を渡したとして。
例えば、相手が思いの丈ごと笑って、照れたように笑って受け取ったとして。
例えば、その日、二人が結ばれたとして。
2人の関係は一体いつまで続くのだろう。
──私と彼は、奇跡が起こらない限り、期間限定の関係でしかないのに。
「セイバー。美味しそうだからって自分で食べちゃダメよー」
「な!そのようなこと考えてません!」
「ヨダレ出てるけど」
「う、嘘だ!?」
「ウソウソ」
名前!と目を吊り上げたセイバーが、湯煎したチョコが入ったボウルを持ったまま居間乗り込んでくる前に、凛が首根っこを掴んで引き止める。ギギギ、と歯ぎしりをしたセイバーが大人しく台所へ向き直るのを、私はちゃぶ台にだらんと上半身を預けたまま眺めていた。衛宮家の台所には、恋する乙女が3人、並んで協力したり時に邪魔し合ったりしながらバレンタインのプレゼントを作っている。きゃっきゃと騒ぐ声が、テレビの音と混ざり合って延々と私の耳に流れ込んでいた。「名前先輩」こちらを振り向いた桜の笑顔が眩しすぎて、思わず目を細める。
「先輩の分の生チョコ、出来ましたよ。どうぞ召し上がれ」
「わーいありがと!私、桜の生チョコ大好き」
バレンタインに彼女の作ったお菓子を食べるのはもう3度目になる。4度目は、きっと来ないだろう。だから私はじっくりと、味わうように忘れないように口に含んだ。と、同時に桜の口からため息が漏れる。
「先輩は、作らないんですか」
「んー?既製品だけど、準備はしてるよ?日頃の感謝も込めて、ちゃんとあげなくちゃね」
士郎に、アーチャーでしょ、渡す相手の名を挙げながら煎餅に手を伸ばす。甘いものの次にはさっぱりしたものが食べたくなるのは万人共通だと思う。
「その中に、ランサーさんはいないのに?」
バリ、と煎餅が割れた音が居間に響いた。
ゆっくりと視線を移して桜をじっと見つめると、彼女は恐れるように目線を逸らした。心外だ。後輩の怖がられるような真似はしてない。
「ランサーは、ほら」私は大げさに明るい声音を出した。
「バイト先からたくさん貰ってくるよ」
彼って意外とファンが多いんだから。笑っても、桜は笑ってくれなかった。もう一度、今度は詰まった息を吐いて、台所へと戻っていく。
「バレンタインなんて」呟いた声は自分の耳に届くこともなかった。食べやすいようにと砕いた煎餅は粉々になりすぎて返って食べにくかった。
「私には、関係ない」
▽
関係ないと突っぱねたくせに、何故か私は手作りクッキーを手にランサーの帰りを待っていた。それはアーチャーの背にハッピーバレンタインと板チョコを投げつけたらぷんすかと叱られ、一からクッキーの作り方を指導された、残り物だった。クッキーなんて初めて作ったから形は歪だし、包装のリボンも不器用に歪んでいる。本当に、バレンタインには相応しくない代物だ。相応しくないからこそ、私はこれを彼に渡せる。
「お、ついに渡す気になったのか?」
突然背後から聞こえた声に私は振り向かないまま、机に突っ伏していた。青いリボンを指先で弄る。
「今年はいくつ貰ったの」
「数え切れないくらいだな」
「わー流石ケルトの大英雄。モテモテ」
「まあ全部断ったけどな」
リボンを弄る指が止まる。ランサーに手を握られたからだった。
「なあ、いいだろ。いい加減くれても」
彼の手は大きかった。私のなんて、見えなくなるくらい。
答えを聞く前にランサーはひょいっとクッキーの袋をつまみ上げた。リボンを解いて、彼は笑った。私は相変わらずランサーに背を向けたままだけれど、そのくらい簡単に分かる。3度この日を迎えるくらい、一緒にいたんだから。
「なんだこれ、動物か?」
「犬だよ」
「犬!無理があるだろ!だってこれ耳ねえぜ?」
「うるさい。食べたらなんだって一緒でしょ」
笑い声ごと彼はクッキーを咀嚼する。耳のない犬は噛み砕かれて、エーテルになる。
「うーん、味はまあまあだな」そりゃそうよ。アーチャー監修なんだから。それなりの食べれるものじゃないと困る。「ま、来年は、」来年、という言葉に弾かれたように振り向いた。ランサーの笑顔が眩しくて、でも瞼を閉じることはしなかった。むしろずっともっと見開いて、彼の笑顔を脳裏に焼き付けた。
「ちゃんと耳のついてる犬にしてくれよ?」
▽
例えば、恋する乙女の日、2月14日にチョコという名の思いの丈を渡したとして。
例えば、相手が思いの丈ごと笑って、照れたように笑って受け取ったとして。
例えば、その日、二人が結ばれたとして。
2人の関係は一体いつまで続くのだろう。
「暑い」
いや、この場合は熱い、の方が正しいのかな。燃え盛る炎はやがて屋敷全体を覆い、逃げ道をなくす。
走馬灯ではなくて、虚しい夢を見た。未来のない関係から目を逸らすために頑なに渡すことを拒んだ2月14日。3度目のバレンタインは、今日だ。私が救いたかった人と、私が恋した人が死んだ日。そして私も燃えて無くなる。
バレンタインなんて、恋する乙女の日なんて、そんなもの私には彼には関係なかった。ただ虚しいだけだった。未来のない、期間限定の恋。思った通り、それは今日終わる。
「あー、でも、」
どうせ期間限定なら、1回ぐらい渡せばよかったかな。なんて気まぐれ、今更何の意味もないんだけど。
焼け朽ちた天井が、私の頭目掛けて落ちてくる。
次は、ちゃんと耳のついてる犬をあげよう。
──まあ次なんて永遠に来ないんだけどね。
暗転。