3日目


「じゃあまたねーなまえ」
「お疲れ〜」

 明日もテストが残っているという友達と図書館前で別れ、校門を目指す。私の方はテストもレポートも終わって晴れて自由の身……じゃなかった。まだ重要な、とびきり重要な問題が残っていた。
 はあ、とため息を吐いてマフラーに顔を埋める。その問題……ランサーを冬木へ帰すという任務が終わらない限り私に春休みが訪れることはない。
 今も調査で街を回っているだろうランサーは、何か掴んだだろうか。私にも何か手伝いができればいいのに、生憎と魔術師でもないただの一般人でしかなく。
 彼の役に立ちたい。彼に必要とされたい。ぐるぐると回る感情に胸が飽和した時──何やら騒がしい校門に気がついた。

「何……?」

 何かを中心にして(主に女子の)人だかりができている。きゃっきゃっとかしましく騒いでいる彼女たちの群れから飛び出ているあの青い頭は──!?

「は、え?ランサー?!」

 急いで校門に駆け寄る。その間にもケルトの大英雄は身振り手振りで何やら話し、女だちを喜ばせていて。……楽しそうな彼に、少しだけ胸が痛んだ。その胸元を掴み、リュックを背負い直して、なまえは声を上げる。

「ランサー……!」
「おーなまえ!やっと来たか」

 やっと来たか、じゃない!なんでここにいて、なんでナンパしてるの!
 口をつきそうになった文句を飲み込み、ランサーの腕を掴んで女子の群れから引きずり出す。「嬢ちゃんたちまたな〜!」なんて呑気に後ろに手を振っている犬を連れて、校門を抜けた。

「……ランサー、どうしてここにいるの」
「ちょいと近くまで寄ったからよ、迎えに来た。心配せずともルーンを使っている。今のオレはお前以外には黒髪のただの日本人にしか見えてねえよ」

 先回りして答えられた疑問に、なまえは「そう」と頷いた。よかった、青髪赤目の外国人の噂が広まってしまうという心配は無駄だったようだ。流石の大英雄、そういうところは抜け目ない。
 「今日も収穫なしだ」並んで家の方へと歩く。背の高いランサーと視線を合わせるには首が痛くなるくらい見上げるしかない。日光に照らされた青が眩しくて、なまえは目を細めた。

「この街は平和だな」
「え?そうかな」
「ああ。退屈するくらいに」
「あはは、確かに貴方にとってはつまらない世界だろうね」

 戦いを望んで現世に召喚されたランサーにとってはこの世界に留まる価値など欠片もないのだ。そんなことは分かっていたのに、勝手に喜んで勝手に浮かれて、勝手に……、

「ああそうだ。帰ったら試したいことがある。付き合ってもらうが、いいな?」
「ええ、もちろん。……なんだってするよ」

 ランサーの役に立ちたい。ランサーに必要とされたい。だから彼が望むのならばどんなことだってする。
 どんなことだって。



「ランサー、お風呂上がったよ。……ランサー?どうか、し──ッ!?」

 いきなり壁に強く押し付けられて数秒息が止まる。首にかけていたタオルが床に落ち、濡れた後頭部が壁紙に擦れた。ピリリと張りつめた空気に言葉を発することもできず、なまえはただ己の体を拘束している男を見やった。

「なぁ、お前」

 紅い瞳が、獣のように細まる。舌なめずりをしたランサーはなまえの首に歯を立てた。

「すげぇ美味そうな匂いが、する」

 カチリ。時計の針が12を越える音がいやに響いた。



  
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