6日目


 帰る方法が分かった。そう告げた時の少女の表情が、瞼に張り付いて離れない。



 この世界で生きる人間たちの体の中では、膨大な魔力が生成されている。ランサーがそのことに気づいたのはこちらへ飛ばされてきてすぐ、あちらへ戻るための手がかりを探しに街を見回っていた時だった。
 空腹でもないのに何かに噛みつきたくて仕方がない。とてつもなく甘い香りが鼻孔を擽っている。それは街角のパンケーキ店から香ってくるものではなく……魔力の、匂いだった。それも酷く上質な。魔術師がいるのかと思い駆け出そうとした足を、ランサーはすぐに止めた。そして駅前の、人混みの中で立ち尽くす。
 甘い匂いは街ゆく人々全員から漏れ出していた。

「お前たちの持つ魔力量は優秀な魔術師の持つそれよりも遥かに上回っている。つまりは、本来マナの助けなくして発動できない大魔術を、自分のオドだけでやってのけられるってことだ」

 ローテーブルを挟んで向かいに座るなまえに人差し指を向け、それからランサーは自身を指差した。

「例えば離れた場所にサーヴァントを瞬間移動させる、とかな」
「離れた場所って言っても……」
「ああ、分かってる。オレたちの場合離れた場所どころじゃねえ。世界を跨ぐなんぞ魔法の域だ。だがお前のその魔力が要因の1つであることは間違いない」

 ランサーの言葉になまえはしばらく黙り込んだ。膨大な魔力が自分の中にあることが信じられないのか、じっと己の掌を見つめている。
 「……それじゃあ、今も魔術できたり、するの?」不安と、そして彼女にとっては妄想の域にあるものが実現できるかもしれないという期待が入り混じった声音で問われるが、ランサーは首を振った。「いや無理だろ」今のなまえの力量では溢れ出る魔力を制御できない。自分が召喚されたのもたまたまに過ぎないのだろうと、ランサーは思っている。なまえの魔力とその他の要因……例えば聖杯とか……が運よく重なり合って偶然発動した。一回きりの奇跡だ。

「そっか……」
「……まあ修行したらできるようになるかもしれねえけど」
「本当!?」

 パアっと目を輝かせ「強化とか投影とか重力操作とかできたりする!?」とはしゃぐなまえにランサーは噴き出す。魔術、聖杯……物語で知っていたとはいえ彼女にとっては未知のもの異質なものでしかない。自分の力の埒外にあるものが体の中に住んでいるというのにこの反応とは。変なところで肝が据わっているというか、なんというか……。
 ああつまりオレは──こいつを気に入ったんだな。ランサーは今になってようやくなまえへの好意を自覚した。

「…………それで、帰る方法って……どう、するの?」
「……初めと逆のことをすりゃあいいんじゃねえかと思ってる。つまりお前が“ランサーよ帰れ〜”って念じて魔力をオレの方に流す。ついでに逆から詠唱を唱えとくか?」
「なにそれ適当過ぎない?」
「仕方ねえだろ〜魔術なんてまどろっこしいもんは槍兵の仕事じゃねえんだよ。一回きりの奇跡がもう一度起きることを祈るしかねーの」
「奇跡、か」

 俯くなまえを見つめる。彼女に『帰れ』と願わせるのはなんと酷なことだろうか。いっそ奇跡が起きなければ……いや、やめよう。己はサーヴァント。戦うために召喚された使い魔。槍を持たなければ存在する意味がない。

「決行は明日の夜だ。それまでなまえのやりたいことをやるか」
「私のやりたいこと?」
「ああ。世話になった礼になんでもやるぜ」

 じゃあ、となまえが笑む。今にも泣き出しそうな目をして。

「貴方の話が、聞きたいわ」



  
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -