◎ 60
「いらっしゃいませ、こんにちは!」
賑わうクラスの中で、私も懸命に声を出す。アルバイトなんてしたことが無いものだから、接客はもうほとんど見よう見まねのような状態なのだけれど…
「水谷さんに当たってよかったよー!指名とかできないからさ」
…接客、悪くはないという解釈でいいんです…よね?きっと…。
同じようことを何度か言われる度に、どう答えていいものかわからなくて曖昧に笑うことしかできない。見た感じたぶん同じ1年生のこの方も、かなり気さくに話しかけてくれる。
それにしても、どうして私の名前が知られているんだろう?もしどこかでお話したことがある人とかだったら…本当に申し訳ないです。
「ばーか、指名なんかにしたら麻衣子ちゃん引っ張りだこになって、ますます当たらねーよ!」
「そんなことよりさぁ、この後一緒に回らない?」
「あっコラ聞けっつーの!」
お客様方を中へ蹴り入れて、席に座らせて、樋口さんは早々に注文を取る。なんだかイライラしているようだけどキチンと仕事をこなす、しっかりした人だ。
「注文も水谷さんに取ってもらいたかったなァ」
「っせーな、俺じゃ不満ってのかよ」
「不満も何も、客に水かけんのがコンセプトなのかこのクラスは」
「すみませんねぇ、サービスでおヒヤを出そうとしたら躓いちゃいまして」
「てめぇ、ワザとだな!?」
賑やかなやり取りは、それでも目立つことはない。誰もが楽しそうな時間、これが学校祭というものなんだろう。
「ねぇ水谷さん、手空いてたらお会計の方頼める?係の奴がトイレ行っちゃっていないのよ」
「あ、すみません気が利かなくて」
「伝票見て計算して受け取るだけだから。よろしくね」
「はい」
お会計の席に向かいながら考える。自分が探している影のこと。
“麻衣子っちが仕事してる時間に絶対行くっス!”
やっと普通にお話できたと思ったのに、会えないだなんて。
同じような身長の人を見かける度に首を少しだけ伸ばして確認してしまう自分に辟易する。涼太さんだって忙しいんだもの。私の我が儘で困らせるわけにはいかない。きっと大勢の女の子に同じように想われているはず。そんな中で私のことだけに付き合わせるなんて、迷惑以外の何物でもない。
(来て欲しかったなぁ、なんて、)
私に思う権利はない。
*
「ほんっとにゴメン!」
「そんなに謝らないでください。私のことなんてお気になさらずに…」
私と樋口さんの仕事時間がちょうど終わった時、調理に使う器具が不調を起こして、家庭科室にある物と交換しなければならなくなった。運搬から取り付けまで意外と重労働で、樋口さんを含む男の子数名がその仕事を任された。
私も手伝おうとしたけれど、危険且つ寧ろ(はっきりとは言われなかったものの)邪魔になってしまうという理由で、一人で自由行動をすることになった。
「マジでゴメンね〜…!麻衣子ちゃんを一人にさせるとか自分が憎いわ〜!」
「私は大丈夫ですよ。それより、樋口さんが羨ましいくらいです、クラスの役に立てて…。私、何もできなくて…」
「それこそ気にすることじゃないって!つか麻衣子ちゃんめっちゃ役に立ってたし。麻衣子ちゃん目当てで来てた奴がどんだけいたことか……って、そーじゃなくて!俺が気がかりなのは麻衣子ちゃんが変な奴に絡まれたりしないかってことで!」
「…?」
「とにかく!知らない奴から馴れ馴れしく話し掛けられても絶対についてっちゃダメだかんね!オーケー?」
「よ、よくわかりませんが、気をつけます」
「じゃっ、行ってくるね!」
「ええ、お願いします」
皆の問題の解決へと進んでいく樋口さんの背中はとても大きく見えた。私とは比べ物にならなくて、何もできない自分が嫌になってしまう。
そして、一人でクラスを出たものの、どうにも進めなくなってしまった。
大抵の場所は樋口さんと一緒に行くことができていた。樋口さんの行動力というか、ペースというか、プランは完璧で、これ以上ないくらい効率よく回れた。だから数少ないまだ行っていないところに行こうと思ったんだけど…
「ねー君どこのクラス?案内してよ、すぐ行くからさ」
「それよりさー、俺らと別んとこ行かない?どーせ今なら学校抜け出してもバレないしさー」
やはりこの格好で出てきたのがまずかったんだろう。
廊下の人混みでも目立つ格好だったからだと思う。そうでなければ見知らぬ男の人数人から声をかけられることなんてないはず。
「宣伝も兼ねて、そのカッコでうろうろしてきな!」と、衣装を製作した瀬戸口さんに言われ、着の身着のまま出てきたのだけど…どうしよう…。
見る限り上級生。でも樋口さんからはついて行くなと言われているし、そもそも学校を抜け出すなんていけないし…。
「私、予定がありますので、…すみません」
「えーいいじゃん少しくらいさー!そうだ、ウチのクラス来なよ、特別にサービスしてあげるからさ!」
何となく、嫌な予感がした。
「ね、ほら、行こ!」
「…っ!」
腕を掴まれて、全く振りほどけない。これは本格的に…!
「麻衣子ちゃん、随分可愛い格好してるね。俺からも誘うよ、俺達のクラスに来ないか?」
「森山さん…!」
後ろから聞こえた声に振り向くと、見慣れたその人がいて、自分でも気づかないうちに震えていた私の肩にそっと手を置いた。
「というわけで、麻衣子ちゃんは俺が連れていくから、お前らは引き続き勧誘を頼む」
「お、おう…」
そう言って、去っていった。
「俺のクラスの奴等がすまない。サボって何をしているかと思えば、麻衣子ちゃんに迷惑かけてたなんて…」
「いえ…ありがとうございました」
「時間が会いてれば、今から本当に俺のクラスに来ない?お詫びにサービスするよ」
「サービスは結構ですが、是非お邪魔させてください。ちょうど今どこに行こうかと迷っていたところなんです。森山さんのクラスは何をなさっているんですか?」
隣を歩きながら尋ねる。森山さんが一緒だと、人混みでも足を止める事無く歩けるから不思議。
「それは着いてからのお楽しみ。ところで、誰かと一緒じゃないのか?黄瀬が嘆いてた気がしてたが…」
「…?同じクラスの友達と一緒だったんですけど、お仕事の時間の関係で、今は一人なんです」
「そうか…。あ、着いたよ」
「この様相はもしかして…」
「そう、お化け屋敷」
一目でわかるその出で立ち。窓は暗幕で全て塞がれていて、中から悲鳴も聞こえる。
「人も少ないし、サービスで料金は俺が代わりに出しとくよ。それじゃ頑張ってね」
「い、いえ、私は…っ!」
冷や汗を流しながら抗議しても、森山さんは構わず私の肩を押しながら入り口へと向かう。
しかも一人でだなんて…!
「もし気に入ったお化けがいたら特別に持ち帰ってもいいよ。はい、行ってらっしゃい」
そのまま中に入れられて、
「そんな…っ!待っ…」
扉は閉じられた。
後には、暗闇しかなかった。
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