◎ 14
「「あ…、」」
向かい合った俺と麻衣子っちが足を止めたのは同時だった。
予定より15分早くそこに着いて、麻衣子っちを待つつもりだった。だって待ち合わせで女の子を待たせるなんてとんでもない。
ごめんね待った? いいや今来たばっかりだよ。とか、お決まりの台詞を吐いたりなんかして…だとか思ってた。
「おはようございます、涼太さん」
「おはよっス。…見事に同時だったっスね」
「気が合いますね」
くすっと笑う彼女を上から下まで目だけで見てみれば、初めて見る私服になんだか感動を覚えた。
「では早速、行きましょうか」
「はいっス!」
―――この状況に至る経緯を追おう。
一緒に昼を食べるようになって数日、麻衣子っちの俺に対する気持ちの中に紛れもない信頼感があるのを感じていた。元々人を疑ったりしないんだろうけど、それでも他の奴に比べたら俺への意識の方が強いだろうと。そして俺から彼女に対してもそうだった。
そう考えれば考えるほど擽ぐったくなった。ファンの女の子達からどんなに好きだと言われても、俺自身がこうも高揚感を抱くことなんてなかったのに。
「この子、ニューフェイスなんです!首輪がついてるので飼い猫なんでしょうけど。恥ずかしがりやの男の子です」
「まだ小さいっスねー。それにしても、麻衣子っちが抱いてると恥ずかしがりやなんて信じられないんスけど」
「そうですか?」
まるで我が子を抱くように麻衣子っちは小さな猫を抱いている。彼女の腕の中で心底安心した様子の猫は、その胸に寄り添って目を細めている。
…オスのくせにヤラシー。これが男だったらセクハラだセクハラ。
「…この間、」
「ん、…?」
小さな猫に妙な殺気を抱いていると、同じ猫を見下ろしながらゆっくりと撫でる麻衣子っちが静かに言った。
「涼太さんこの間私に訊きましたよね、寂しくないかって」
「ああ…」
「あれから私、少し落ち着いて考えてみたんです。私自身の正直な気持ちはどうなんだろうって」
俺はなんて無神経な奴なんだと自己嫌悪した。俺のせいで悩ませちゃうなんて最低じゃんか…。
何と言ったらいいのか皆目分からない。謝るのも場違いな気がする。
「正直なところ、決して寂しいわけではないんです。動物や植物に触れてて楽しいですし、癒されたりもするので、寂しいとか思うことはありません。これでも充実した日々を送ってるつもりです」
「…麻衣子っちらしいっス」
「…でもやっぱり、人と人との友情というものに、全く憧れないと言えば嘘になります。帰りにお友達とどこかに寄ったり、休日に遊んだり。…いえ、ただ学校で本の貸し借りをしたりっていうことだけでも、いいなぁって思う自分がいるんです」
ポツリ呟いたその言葉が麻衣子っちの本心で、そして微笑んでるはずのその横顔が寂しそうだというのは、さすがに俺にでも感じ取れた。いつも先輩や同級生に「空気読めコノヤロ!」と怒られる俺でも。
「それもこれも、私がこうやって逃げちゃってるからなんですけどね」
辛気くさい話をしてごめんなさい、忘れてください。そう言って笑う麻衣子っちから目が離せなくなった。
彼女はどこか少し不器用なのかもしれない。無愛想というわけでもないけれど、自分から大勢の中に話し掛けていくことができない、とか。
俺の前では、よく喋る普通の女の子なのに。
「――じゃあ俺、麻衣子っちの友達第一号っス!」
「…え?あの、それって、」
「ってか、もうずっと前から友達のつもりだったんスけど。…俺じゃ不満?」
「まさか!」
俺の言葉にその顔は真っ赤になっている。よほど予想外だったのか、目線はどこにすればいいか分からないとでも言うようにあちらこちらへ。
「お友達、ですか……涼太さんと私が…」
「同じ女の子同士じゃないってところは勘弁して欲しいんスけど」
「嬉しい、です…!」
真っ赤な顔がゆっくりと綻んで俺を見上げてくる。ヤバい、ここまで嬉しそうな笑顔はちょっと…クるかも。
真っ直ぐすぎるその笑顔を直視しきれず、俺はカレンダーを思い浮かべてポンと手を打った。
「今週末空いてますか?」
「? 大丈夫ですけど…」
「俺も部活オフなんで、どっか遊びに行きたいっス。――友達なんスから」
「……はいっ!」
―――そして冒頭へ至る。
楽しみにしてるという麻衣子っちの言葉に塵ほどの嘘もないことは、今の彼女を見れば一目瞭然。いつも笑顔だけど、それ以上。
「帽子に眼鏡って、まるで芸能人さんみたいですね」
みたいじゃなくて…。
喉まで出かかった言葉はとりあえず飲み込んでおいた。
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