十話 | ナノ


Episode.10 
「―――……お前、まさか……」




ガタン、ガタンと揺れる馬車の荷台の中、レイは丸く束ねられた藁の上に座り、イチゴのジャムがたっぷり塗られた丸パンを頬張っていた。


「うんめぇえーっ!!すごいな、イチゴってこんな味するのか!あ、ギルその紫色のヤツなんだ?ウミウシ?」
「ちげーよブルーベリーだよ!なんだウミウシって!」
「あれ食べるの?ていうか食べれるの?ジャムにして?」
「食うな!想像するな!」

いつの間にやらボケとツッコミが成立しはじめた三人が大声できゃいきゃいとやり取りをしていると、馬車の前方から、ガハハという豪快な笑い声が聞こえてきた。
レイが口の端にイチゴジャムをつけたまま、パンから顔を上げる。


「お嬢ちゃんたち面白ェなぁ!息もピッタリじゃねぇか!もしかして、旅劇座かなんかの人らかい?」

そうやって背中をむけたまま声をかけてきたのは、レイトブルクで出会った宿屋の店主が紹介してくれた馬車引きの男性、ルッキーノだった。
大きな身体を窮屈そうに席へ詰め込み、短い赤毛を靡かせながら巧みに馬を操っている。

問いのなかの単語がわからずに、レイは首をかしげた。

「たびげきざ……?おじさん、なんだそれ」

「なんでぇ、知らないのかい?旅劇座ってのはなぁ、いろんなところを旅して回って、芸を見せて金を稼いでる集団のことさ。あんたらの会話があんまりにもおかしかったもんだから、劇の練習でもしてんのかと思ったんだよ」

ルッキーノの説明を聞き、いまいちわかっているのかいないのか、レイがふーんと斜め上を見上げた。
特にそこに何があるわけでもない。
つまりはわかっていないのだろうと、ギルは短い間に理解したレイのしぐさを分析して悟った。

ふう、と吐いたため息にレイがこちらを向いて不思議そうにしているのは無視する。


「―――ああ、そういや旅劇座といえば…」

思い出した、という風に、ルッキーノが声を発した。
三人の視線が彼の大きな背中に向けられる。

宿屋の店主がいった「人懐こい大男」というのは本当で、ルッキーノは素性も知れない子供たち三人を、事情を少しきいただけで快く馬車に乗せてくれた。
接する態度も明朗快活で、身体に見合った大きな声でいろいろなことを話してくれていた。

「今向かってるメンデルに、つい最近『ファンタジスタ』っつーえらい人気な旅劇座がやってきたらしいんだよ。お嬢ちゃん等、知ってるかい?」

「『ファンタジスタ』…そういえば、一度だけ見かけたことがあります。芸をちゃんと見たわけじゃないけど…」
ミューが輪切りにされたフランスパンにバターを塗りながら、あいまいな記憶を手繰り寄せて答えた。
傍らでギルも頷いている。
これまでの旅で世界をあちこち回っていた二人である。一度くらい、どこかで見かけていてもおかしくはない。

「へぇー、そうかい!あいつらはどこの国にでも出没するらしいんだが、俺は一回も見たことねぇんだ。ものすごいうわさになってるんだぜ?なんでも一番の目玉は雷鳥族の兄弟らしくてなぁ、それがまた美しいやらカッコイイやらって、若い娘っこがキャーキャーいってんだよ」
「雷鳥族?って、あの鳥人の?」

ルッキーノの話に興味がうせたようにひたすらもくもくとパンを頬張っていたレイが、「雷鳥族」ときいた瞬間、突然顔を上げて食いついてきた。
すぐ隣に座っていたミューはびくっと身体をはねさせ、思わず上半身を退かせる。



雷鳥族、というのは、鳥と人間の姿を持つ種族「鳥人」のなかでも希少な民族の総称であった。

一族全体が紫の髪に金の瞳、エルフに近い尖った耳を持つ。
しかし特徴は外見だけにとどまらず、彼等の存在が希少とされるのは、「雷雲を呼ぶ」能力のためであった。
雷(いかずち)を自在に操るその姿は、嵐を司る神ゼクトゥスの化身とも呼ばれ、そこから「雷鳥族」という名がついたのである。

しかし彼の種族は混血の誕生を恐れて外界との交流を拒む傾向にあり、集落に閉じこもったまま滅多に出てこないといわれていたはずだ。
にも関わらず、よりにもよって旅劇座という他者の目に触れやすいところにいるのは何故なのだろうか。


「ああ、そうらしいね。なんだ嬢ちゃん、あんた、旅劇座は知らないのに雷鳥族は知ってるんだなぁ」
「え?…ああ、うん、ちょっと。調べてたことがあって…」

レイはいつもはっきりとした明るい物言いをする。
しかし、ルッキーノに声をかけられたレイは、ふと瞳を伏せて、ためらいがちに言葉を紡いだ。

ギルとミューは、その姿を見て、なんとなく理解した。

レイはきっと、己の種族のことを調べていたのだろう。その過程で希少種族である雷鳥族のことを知ったのだ。
遥か太古に滅びた最強の種族、竜人。その真実は2000年経った今では失われたことのほうが多く、その存在を解明することは容易ではない。
生ける伝説となり、記憶を失ったレイは、今ではもう、己のことを理解することすらできないのだ。



「……お、見えたぞ。あれだよ、ロックウォート王国屈指の商業都市、メンデル」

ルッキーノが手綱を握っていた手の片方を離し、前方を指差した。
三人は立ち上がると、荷台と操縦席との間でルッキーノ越しに身を乗り出す。


心地よいスピードで道を走り続ける馬車の前方に、赤いレンガ作りの大きな門が見えていた。
門の両脇に兵士らしき人影がひとつずつ立っており、その門の上にも、こちらを見下ろす影が小さく見える。
レイたちの乗っている馬車がきたほうとは違う道をいったのだろう、旅人らしき人物が兵士に何かを見せ、頷きが返されるとともに中へ入っていく。
どうやら検問のようだった。

その光景を目にし、ルッキーノが眉間に皺を寄せて困ったような顔で首を傾げる。

「あれ?っかしーなぁ…前までは検問なんてなかったはずだぜ?」

メンデルは大きな商業都市であるが、同時に優れた軍事施設も存在している。
ゆえにわざと検問を設けず、外部からの敵の侵入があった場合は街を覆う門をすべて閉じ、中に閉じ込めて一気に叩き潰す戦法をとっていた。
そのため周囲からは「袋小路都市」と揶揄され、メンデルを経由して犯罪を行おうとするものは滅多にいないのである。

しかし、何故か今日に限ってそれが設置されているのだ。



馬の走る速度が落ち、歩き始め、やがてその足も止まった。
門のそばにいた兵士たちが気付き、そのうちひとりが歩み寄ってくる。
その兵士は大きく尖った耳を持ち、肌が白く高身長だった。もう一人の兵士も同じである。

その特徴はまさしく、たったひとつの種族にしか当てはまらないものだった。



「……!エルフ!?なんでこんなところに…」

ルッキーノの背中から顔を覗かせるように外を伺っていたギルが、その姿を目にした途端目を見開き声を上げた。
ひかえめな声ではあったが、それでも驚きと動揺が隠せないようである。

ルッキーノが操縦席から降りると、兵士はその前に立ち彼を見上げた。
しなやかな細身に銀の装飾が施された黒い軍服をまとったそのエルフ兵は、背に矢筒、腰に弓を装備している。
軍帽に翳ったその顔はエルフ特有の秀麗さを持っていた。

冷たい色を宿した瞳が、ルッキーノを射抜くように眺める。


「その馬車…レイトブルクのものだな。荷台はなんだ?」
「へ、へえ。藁とリンゴ、それからブドウです。今日ついたばっかりのヤツで」
「ふむ……名前は?」
「ル、ルッキーノ・ヘンダールです。……と、通れませんかね…?」

いくらエルフが高身長といっても、それより背が高くガタイのいいルッキーノと並ぶといくらか小さく見える。
しかし、今までになかった検問という状況か相手が兵士であるというプレッシャーか、ルッキーノは広い肩幅を目いっぱいすぼめて、おどおどと対応していた。
エルフ兵は片手に持っていた資料らしき紙面に目を走らせると、しばらくして顔を上げた。


「…記載してある。通ってよし」
「あっ、ありがとうございます!よかったぁ、いったいどうなることかと……」
「―――だが、」

ルッキーノが満面の笑みで頭を下げ安心しきった表情で馬車へと戻っていくと、馬を走らせようとした彼を、エルフ兵の手が止めた。
その瞳が、操縦席の後ろへ向けられる。

「"生き物の運搬"とは書いていないな。…そこの三人、降りろ」


エルフの目にはすべてお見通しだった。
席の背後に隠れるようにして座り込んでいたレイたちは、存在を示され、ゆっくりと降り始めた。
それを見たルッキーノは、あわててエルフ兵へ訴えかける。

「ち、違うんです!この子らは旅の途中で、足がねぇからっつってここまで乗せてきてやっただけで…」
「お前には聞いていないのだ愚か者め。もう用は済んだだろう、早く行け!」

ルッキーノの声をさえぎるようにしてエルフ兵が声を上げ手を横に凪ぐと、もうひとりのエルフ兵が走り寄り、鞭で馬の一頭を思いっきりたたきつけた。
刺激された馬が前足を上げて嘶くと、それに影響された周囲の馬たちが、いっせいに走り出してしまった。
痛みに脅された馬はルッキーノの言うこともきかず、馬車をひいて勢いよく門をくぐっていく。

その場に取り残されたレイ、ギル、ミューは、礼もいえぬまま彼と別れたことを少し後悔した。


「――…旅の途中だ、といったな。そんな子供三人でか?」

声のするほうへ顔を向けると、エルフ兵が射抜くような瞳で三人をつま先から頭まで値踏みするように眺めていた。
物言いにカチンときたのだろう、ギルがむすっとしたような表情になり、相手を睨み返す。

「子供だからなんだってたんだよ、悪ィか」
「ふん、…悪い、とまでは言わないがな。武器を持っているわけでもなし、体術に特化しているようにも見えない……戦闘もろくに出来そうにないガキ三人が、どうやって食べていっているのか気になっただけだ。―――そう、スリとか、な」

エルフは自らより遥かに年下であろう三人を見下ろすと、馬鹿にしたような嘲笑を浮かべてみせた。

ギルの金の瞳が、カッ、と見開かれる。
握り締めた両手と奥歯に力を入れるのが見ていてもわかった。

プライドを傷つけられた少年の拳が振り上げられて――――そこで、ぴたりと静止した。


「……っ離せよ、レイ!俺たち泥棒だって疑われてんだぞ!悔しくねぇのか!?」
「でもギル、殴ったって解決しないぞ。相手は大人なんだから、話せばわかってくれる。そうやって暴れてるほうが子供っぽくてみっともないぞ」

言葉を聞き入れたのか、腕を振りほどこうともがいていたギルの動きがピタととまった。
レイが手を離すと、握られたままの拳が、そっと降りて身体の脇に垂れ下がる。

アイスブルーの瞳をエルフ兵のほうへ向けると、彼はふん、といった感心したような様子でレイを見つめていた。

「ふむ、その娘は少なくとも頭が切れるようだ。……ん?」


エルフ兵がそう呟いたかと思うと、唐突に表情を険しいものへ変え、レイへ一歩近付いた。
レイは退かない。ただ静かに、まっすぐに兵士を見返している。
エルフ兵はもう一歩大きく踏み出すと、レイの顔を覗き込むようにぐいと顔を近づけた。

隣にいたミューが、思わずレイの腕をそっと掴んで軽く引く。
避けろ、という意味だろう。



「―――……お前、まさか……」



エルフ兵が何かを感じ取り、口にしようとした、そのとき。
兵士の背後の門のほうから、やけにボリュームの大きい男の声が聞こえてきた。




「あーっ、やぁーっと見つけたーっ!ったく遅いじゃねェかー」


兵士とレイたち三人が驚いて声のするほうを見ると、そこにはすらりとした長身の男が立っていた。
男の笑顔はこちらへ向けられているが、もちろん面識はない。

ぽかん、とする一行をよそに男はずかずかと近付いてきたかと思うと、レイとミューの肩に、極親しげに両手を置いた。


「ずーっと待ってたんだぜー?ミーシャにぃ、フィオナちゃん!ほらそこの召使、さっさと荷物持って来い!お前の手配が遅いせいで俺様ご立腹なんだからなーっ」

男はレイとミューをまったく別の名で呼んだかと思うと、ギルのほうを向き、表情を急に険しいものへ変えて召使呼ばわりした。
状況にまったくついていけていないレイとミューの手を握り、怒りに今にも食って掛かりそうなギルを引き連れて門のほうへ歩き出そうとすると、はっと我に返ったエルフ兵があわてて止めに入る。


「っ、おい貴様!いったい何をしている?こいつらは素性の知れない侵入者だぞ!」
「素性の知れないぃ?なーにいってんだよ、この子等は俺様のイトコ!数年ぶりに会うことになってたから召使よこしたんだけどうっかりミスで手形渡すの忘れちゃってさぁー、ゴメンね?」

男は飄々とした態度で毅然として答えるも、レイたちはおろおろとするばかりである。
しかし逸早く状況を読み込んだギルが男のそばへ寄ると、彼へ向けてさっと頭を下げた。


「申し訳ございません、旦那様。私が不甲斐ないばかりに…」
「んー、まあ、仕方ないから今回は許してやる!次回やったらソッコでクビだかんな、バカ執事!」
「……御意」

ノッた、とはいえギルはギルだ。バカといわれては腹が立つ。
地面を向いた顔が般若の形相に変わりゆくのを他四人が目にすることはなく、兵士はますますワケがわからないとばかりに眉をキッと吊り上げる。

「バカをいうなっ、根拠もないことをしゃあしゃあと!不審者として連行するぞ!」
「なーによ、不審者なのはあんたらでしょーよぉ?いくらメンデルが軍事施設に特化してるからって、エルフ兵なんか雇ってないってのはみーんな知ってんだぜ?…いったいどこの回しモンなワケ?」
「……っぐ、」

男の言葉がいたいところを突いたのだろうか、エルフ兵の細面が苦々しくゆがむ。
男は勝利を確信したようににんまりと笑むと、「じゃあね」と言葉を残し再び二人の手をひいて歩き出した。

エルフ兵はそれ以上つっかかってくることはなく、門をくぐりぬける四人の背中を、恨めしそうに睨み付けていた。








「はーっ、危機一髪ってトコだねぇ。お嬢さんたち、大丈夫?あのエルフ野郎にケガさせられたりとかしてない?」


門をくぐり街中をある程度歩くと、少し人通りの少ない道に出たところで、男は二人の腕をぱっと離して振り向いた。
二人の視線に合わせるように腰をかがめると、心配そうに眉を下げながら問いかけてくる。

あまりに必至そうに問う見知らぬ男にたじろぎながら、ミューが小さく頷く。


「は、はい。ケガとかは、特に…」
「そっかそっか、よかったー!女の子いじめるなんてマジ許せねェ、思わず嘘吐いてきちゃったぜ!あっぶねーっ」

二人の無事を知ると、男はとたんにぱっと明るい顔になり、高いトーンで一気に喋り始めた。
基本的にテンションは高めなようである。
少女二人ばかりを相手していることに腹が立ったのだろう、むすっとした顔でギルが言葉を男へ向けて発する。

「…なぁおい、アンタ。助けてくれたのはありがてェが、いったい何者なんだ?」
「んー?なんだ少年、ヤキモチ?あ、てゆーか気になる系?」

ミューの頭をひたすら撫で回していた手を止めた男がくるりとギルを振り返ると、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら冗談まじりに紡ぐ。

ギルはこのとき、「あ、コイツ俺に合わねェ」と瞬間的に悟った。


相手はといえば、そんなギルの胸中を知る由もなく、顎に手を当てて考え込むようなポーズをとっている。
沈黙してたっぷり勿体つけたかと思うと、男は片目を瞑り、もう片方の視線を横に流しながら口を開いた。


「んー。教えてあげたいのはやまやまなんだけどさァ、俺様ってばいろいろあるから、そう簡単には教えてあげらんないんだよねー。……だ・か・ら、」





ぐい、と、男の顔がレイへ迫る。

あわてて止めに入ろうとするギルとミューとは対象に、レイは、己のアイスブルーと対峙するアッシュグレーをまっすぐに見つめて。
視界に広がる美しい顔の後ろ、こちらへ迫るベルの音と、馬が馬車を引く音を聞いた。



ギルとミューはあっけにとられていた。

さっきまでがらんとしていた通りに、大きなベルを鳴らして、着飾った巨大な馬車が入ってきたからだった。
そしてそれはあろうことか、レイに詰め寄っていた男の背後に停車した。






「今日の午後8時、北の広場に来て。とっておきのショーがある」





男はそういってうっそりと微笑むと、レイの手をとり、チュ、と音をたてて口付けをひとつ落とした。

固まるミューの元へ歩み寄ると、彼女にも同じように、手の甲へキスを送る。

ギルへは一度視線を遣りひとつ微笑みを向けると、くるりと紫色の髪を翻し、軽やかな足取りで馬車へ飛び乗った。







「きっとおいでよ、お嬢さん方、ついでに少年!この俺様が誰だかわかるだろうから!」




優雅に礼をひとつ。馬車は走り出し、道の奥へと消えていった。
三人はぽかんとした顔を見合わせる。


今のはいったいなんだったのか。あの男はいったい何者なのだろうか。

わからないことだらけである。



手のひらに妙な感覚を覚えてレイが手を開くと、その中にはいつのまに握らされたのやら、黒地に赤い文字の躍る細長い紙が三枚あった。
広げて見て、覗き込んでいたミューの目が見開かれる。




「っこ、これ!もしかして、『ファンタジア』の招待状……!?」


ミューの発したとおり、チケットと思しき紙には、確かに『ファンタジア』という単語が示されていた。
しかしそれ以外には何もない。ただ、同じ赤色の装飾が華やかに施されているばかりである。

首を傾げるギルとミューの間で、ぽかんとチケットを見つめていたレイが、にっこりと笑った。





「今日の午後8時、か………よし、いってみよう!」

「「えええぇえぇええ!?」」




このときばかりは、レイの純粋さにはただただ驚かされる。

得体の知れない男から得体の知れない劇団の得体の知れない招待状を貰って、それに行こうといっているのだ。
世間知らずはときに恐ろしい。


「だっ、だってレイ、こんなの罠かもしれないんだよ!?」
「でもあの人、助けてくれただろ?悪い人じゃないよ」
「でももし行ってすげェ量の見物金請求されたら……」
「私たち見てたら騙し取れるほどお金持ってるとは思わないって」
「「うっ……」」


まったくもって正論である。

そもそも、ギルとミューが「いかないほうがいい」と主張するのに、理論的な根拠はなにひとつない。
それなりに苦労してきた彼らだからこそ心配しているのだが、それを言葉にしようとすると、いまひとつ説得力が足りないのだ。
故に、直感的な部分で「心配だ」といっている二人と、直感的だが根拠を持って「大丈夫だ」といっているレイとでは、軍配はどうやらレイのほうにあがりそうである。


そして結果、この短い期間でレイに対しどうにも甘くなった気がするギルが、ついに折れた。



「…っしかたねェ、わかった!行こうじゃねーか!ただしレイ、もし何かあったらお前盾にして逃げるからな!」
「そんなシビア!?」
「わーいやったぁー!」
「レイも気づいて!盾!盾にされるんだよ!」

"何か"についてよほど自信があるのか、ギルの「そこまでするか」とでもいいたくなるようなリスクに対し手放しで喜ぶレイ。
ずっと欲しかったおもちゃをようやく買ってもらえた子供のような喜び方に、ミューは思わず双方へツッコミをいれた。


そんなこんなで夜から劇を見にいくこととなった一行。


ひとまず宿を探そうとして歩き始める足。
ギルとミューの後ろを着いて歩くレイは、歩みを進めながら、そっと片方のバングルを撫でた。



ギルとミューが、初めてあったときにいった「神器」というもの。
それが今、無性に疼いている。
無機物であるはずのそれが、意思を持って、うごめいている気がするのだ。



きっとあの男には、何かある。

根拠などなにもない、けれど、それはたしかにある。

そしてそれはきっと自分たちに関わることだ。






心にざわり、とした不安を抱えて。



レイは、"よからぬ何か"を感じるあの男へ、自ら会いに行こうとしているのだった。







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