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 本当に、このちびっ子妖精のマイペースっぷりにはいつも振り回される。

「かちょーさんにもごあいさつ、しなきゃだもんね!」

 ふんふんと頷きながら褌の中からもぞもぞといつもの怪しげな道具を取り出したアニキが、鬼原課長の顔にシュッと何かを吹き付けて……。

「……っ!」
「課長! 大丈夫ですか!」

 訳も分からないまま突然怪しげなものを吹き付けられて咳き込んでしまった課長の背中を慌ててさすり、俺はやんちゃ坊主の顔を睨み付けた。

「おい、課長にいきなり変なもの吸わせるなよ!」
「だいじょうぶ。『ヨク・ミエール』と『キコエール』をブレンドした、おはだにやさしいミストタイプのスプレーだから」

 何が大丈夫なのかまったく分からないが、相変わらずのゆるさに突っ込む気にもなれない。

 何とか呼吸を整えて復活した課長は、いつの間にか目の前でぷりぷりと揺れていた柔らかそうなケツを凝視して切れ長の目を大きく見開いた。

「アニキさん……!」

 やっぱり“さん”付けなんですか。課長。

 どうやら、鬼原課長の中でこのちびっ子はすっかりビジネススキルの高い優秀な企業戦士的な位置付けになっているらしい。

 名前を覚えていてもらえたことが嬉しいのか、やんちゃなちびっ子妖精は、俺の方にぷりぷりのケツを向けて課長の方に向き直り、褌の中からまたしても何かをもぞもぞと取り出してぺこりと頭を下げた。

「ごぶさたしておりますっ。その節はおせわになりまして、あっ、これかちょーさんといちろにおみやです。つまらないものですがおふたりでめしあがってください」
「ああ、これはどうも……わざわざご丁寧に」

 ストイックな男前兄貴が、褌一丁で姿勢をただして人形のようなちびっこいイガグリ坊主とやり取りをしている様子はなかなかにシュールなものがある。
 しかも、食べ物かと思われるお土産を褌の中から取り出して渡すのは褌妖精の国ではどうなんだろう。マナー違反にはならないのだろうか。

「ていうか!」

 目の前でぴるぴると羽ばたく羽根ごとちびっ子の身体を掴み、俺は小さなそのケツを高速でぷにぷにと突き回した。

「何普通にお土産とか持ってご挨拶しちゃってるんだよ! お前国に帰ったんじゃないの!?」
「やんっ! やんっ! やめてーっ! お尻ぷにぷにしないでっ」
「また悪戯して追い出されたのか!」
「ちがうもん!」
「もう一生会えないかと思って……俺が、どんな気持ちでいたと……!」

 寂しくて寂しくて、でも鬼原課長を心配させてくなくて。
 我慢しなきゃと思っていた気持ちが、アニキに会えたことで溢れ出してくる。

 俺があまりにも容赦なくケツをぷにぷにするものだから、見兼ねた課長が手からアニキを奪い取り、自分の手に避難させた。

「田中、乱暴なことをするな。アニキさんが嫌がっているだろうが」
「だって……俺、本当にもう、アニキには会えないんだと思っていたから……」

 課長の手の上で大して乱れてもいないツンツンの前髪を整えたちびっ子は、クリクリの目で俺を見上げて、小さな手を伸ばす。

「ごめんね、いちろ。しんぱいさせちゃった」

 伸ばされた小さな手に指先を当てて、俺はじわじわとこみ上げる涙をこぼすまいと、震えそうになる声を抑えて言葉を紡いだ。

「心配っていうか……寂しかったんだよ。俺には鬼原課長がいてくれるから毎日楽しくて幸せだけど。でも、ここにお前がいたらもっと楽しいだろうなって」
「うんうん。あのね、おれも勘違いしてたんだけど、桃ポイントカードのポイントがぜんぶ貯まると『ゴールド桃ポイントカード』になるみたいなの」
「……」

 何故ここで、カードの説明を。

 突然始まった怪しげなカードの説明に、湿っぽい空気が一気にカサカサに乾き上がった。

「ゴールド桃ポイントカードがあれば、いつでも褌妖精の国と人間界を行き来できるんだよ! だから真ん中の兄上はこのカードを使って人間界の会社に出勤してるの」

 便利だよねえ、としみじみ頷くアニキに、鬼原課長が「それはすごいですね」と、相槌を打っていて、感動の再会の場面は一気に混沌の場と化していた。

「とにかく……」

 お気に入りの大きな手の上でまったり寛ぐちびっ子を甘やかしながら、課長が安堵の息を吐いて俺に向き直る。

「お前が突然俺をサカり部屋に連れ込んでケツを掘るつもりじゃなかったことは分かった」
「しませんよ、そんなこと! ちびっ子の前でケツとか掘るとか言わないでください!」

 アニキには既に教育上よろしくないところを見られてしまっているが、これ以上おかしな知識を植え付ける訳にはいかない。
 そんな俺の心配を他所に、褌姿の男前兄貴は普段滅多に表情を変えないその鉄仮面の顔にニヤリと危険な笑みを浮かべて囁いた。

「お前が本気でそうしたいならケツを貸してもいいくらい惚れているのは嘘じゃないが、安心したぞ」
「か、課長……」

 ちょっと笑っただけで雄の色気がダダ漏れになるなんて、危険すぎる。

 今にも牙を剥いて襲い掛かってきそうな勢いの野獣の手の上で、ちびっ子妖精は相変わらずのんびりした様子で俺と課長の顔を見比べ、うんうんと満足げに頷いた。

「かちょーさんといちろが仲良くなってよかった!」
「どうですかね。田中はアニキさんがいないと寂しいみたいで、俺には心の隙間を埋められませんでしたから」
「えーっ! だって、かちょーさんがいちろの一番たいせつなひとなのに」
「まだまだ一番にはなれないのかもしれませんね」

 鬼原課長が小さな妖精とのんびり会話している間も、課長と俺の指を繋ぐ『運命の六尺褌』は、柔らかな金色の光に包まれている。

 触れることのできない不思議な布を辿って、アニキを乗せた鬼原課長の手に自分の手を重ね合わせると、課長の心の動きを表す六尺褌がふわりと揺れた。

「ちびすけ相手に変なヤキモチを焼かないでくださいよ、課長」

 鬼原課長が俺のことを心配してくれていたのも、アニキ相手にほんの少しだけ大人げないヤキモチを焼いていたことも、ちゃんと分かっている。

 運命の六尺褌が見えなくても、以前はまったく分からなかったポーカーフェイスの下の素顔が少しずつ見えるようになってきたから。

「恋人と友達は別じゃないですか」
「ともだち? おれは、いちろのともだちなの?」

 友達、という言葉に、アニキは大きな目を更に大きくして、頬を紅潮させて俺の顔を見上げてきた。

「俺は親友だと思ってるけど」
「……!」

 やんちゃなちびっ子妖精の顔がパアッと眩しく輝いて、次の瞬間、顔面に勢いよく飛びつかれる。

「うれしい! おれもいちろ大好きだもん!」
「それは分かったからとりあえず離れろ。痛いし苦しい」
「いちろとおれは親友!」

 大はしゃぎするちびっ子の向こうで、鬼原課長が「敵わんな」と微かに笑って、俺とアニキの頭をワシャワシャ撫でた。




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