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「いちろ、はーなーしーてー!」
四畳半ほどの空間にベッドと小さなサイドチェストしかない『盛り部屋』と呼ばれる休憩室に入り、何となく勢いで鬼原課長をベッドに押し倒し、手の中でじたばたと暴れるちびっ子を放してやる。
相変わらずマイペースな妖精は、小さな羽根をぱたっと羽ばたかせて宙に逃れ「ひさしぶりに会えたのに乱暴ひどい!」と不満げに頬を膨らませて俺の目の前でぷりぷりのケツを真っ赤に染めて怒っていた。
「アニキ……」
幻覚なんかじゃない。本当に、小さなやんちゃ坊主が帰ってきたんだ。
まさか、姿を消してしまった小さな友人に、もう一度こうして会うことができるなんて。
震える声で名前を呼んだ瞬間、それに応えるように、意外なところから声が返ってきた。
「――分かった」
「え?」
声の方に視線をやると、何故か真剣な表情でベッドの上に胡坐をかいた鬼原課長の姿が。
目を閉じて深く息を吐いた課長は、顔を上げて背筋を伸ばし、真っ直ぐに俺を見つめて口を開いた。
「元々ノンケのお前に手を出した以上、お前だけに受け入れる側を押し付けることはできないとは思っていた」
「……んん?」
俺だけに受け入れる側を押し付けることはできない?
それはつまり、えっちなことをする時の……役割分担のことを言っているんだろうか。
課長が突然何を言い出したのかまったく理解できずに、俺はぼんやりと、今までの自分の行動を順序立てて思い出してみた。
怪しげな薬入りのビールを飲んで、それで俺にだけアニキの姿が見えるようになって。
周りに皆がいる状態では話ができないと思ったから、とにかくアニキと鬼原課長を連れてゆっくり事情を聞ける盛り部屋に移動しようと……思って。
「あの、課長?」
もしかしたら鬼原課長は、俺がうっかり口にしてしまった『ムラムラしたからちょっと抜いてくる』という言葉をものすごくストレートに捉えて何やら誤解してしまっているのかもしれない。
そんな恐れは、課長の口から飛び出してきた言葉で確定的なものになった。
「俺も男だ、腹を括ろう。お前を女にしたい訳じゃないし、決していい加減な気持ちでお前に惚れた訳じゃないからな」
「か、課長……!」
「正直に言うと掘られる側というのは初めてだが……お前がそうしたいなら、俺にも覚悟がある」
やっぱり!
俺が課長のケツを掘る気満々で部屋に連れ込んだんだと誤解されている。
「いちろ、かちょーさんどうしたの?」
心配そうに課長と俺の顔をチラチラ見比べるアニキを他所に、男らしく腹を括ったらしい鬼原課長は、出陣前の武士の面持ちで「好きにしてくれ」とばかりに堂々とベッドの上で胡坐をかいて俺待ちの状態になっているけど。
元々同性に対してそういった興味を持ったことのない俺がそんな男らしい課長のケツをどうこうしたいと思えるはずもなく。
ただ、そこまで俺のことを想ってくれているんだという気持ちだけがじわじわと嬉しくて、俺は優しい恋人の唇に軽く触れるだけのキスをして、その隣に腰を下ろした。
「アニキ、課長にもお前が見えるようにしないとご挨拶できないだろ」
「あ、そっか!」
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